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玲子34~「妻」という名の女 2~


私は相手をできるだけ刺激しないように、言葉と声のトーンを選ばなければならなかった。
「お言葉を返すようですが、正社員の話なんて聞いていませんし、
もし仮にそういう話が浮上しているとしても、それだけで私と瀬川さん・・・だんな様が
そういう間柄だと決め付けるのって、どうなんでしょう。
他になにか、奥様が確信するようなことがあるんですか?
あるなら今、おっしゃってください。」
瀬川の妻は、何も言わなかった。ただ、黙ってこちらを睨んでいる。
ということは、ただそれだけのことで、浮気相手が私だと、無言電話の相手が私だと
決め付けたというのだろうか。だとしたら、あまりにも軽率すぎやしないか。
浮気をしているのは前からわかっている、でもそれは瀬川にとって単なる遊びで、
こちらは気になどしていないと言うが、瀬川がいない時を狙って、さしたる証拠もないままに
こうやって私を呼びつけているところをみると、この女はかなり気持ち的に
追い込まれているのではないのか?
見ると、膝に置いた両手で、力いっぱいハンカチを握っている。

「奥様・・・」私は、諭すような口調で女に話しかけた。
「もし、そういった証拠がないままに私を呼びつけて、今のようなお話をされたのなら、
私は大変心外です。何度も言いますけど、瀬川さんは私の直属の上司にあたる方ですから、
お仕事ではなにかとお世話になっています。でも、それ以上の仲なんかじゃ、決してありません。
私、社内に、大切に思っている人がいるんです。その人の耳に入ったりしたらと思うと、
どうしたらいいのか・・・奥様だって私の気持ち、お分かりになるでしょう?」
最後はすがるような目で、北山とのことを持ち出した。
北山には、こういう時に役に立ってもらわなくては。
私は続ける。
「奥様は、大変疲れていらっしゃるようにお見受けします。
私にこんなことをお話されるにあたって、すごく悩まれたと思いますし、
何度も思いとどまったに違いありませんもの。
でも、こうやっていらっしゃって、私に話をされた。大変な勇気がいったと思います。
奥様、本当はとってもお辛いんでしょう?同じ女ですから、分かります。
私、話を聞くだけしかできませんけれど、私にこうして話してくださったのも何かの縁のような
気がするんです。よかったら話してくださいませんか?
話すことによって気持ちが救われるってこと、あると思うんです」

自分でも驚いた。こんな臭いセリフを、しっかりと女の目を見て話すことができたからだ。
そしてもっと驚いたことに、黙ってじっと私を見ていた女の目から、
いきなり大粒の涙が溢れ出したのだ。
勝負はついた。
「お辛いのですね。申し訳ないけれど、今日は時間がありません。
もしよかったら、あらためてお電話ください。一緒に考えましょう。
今日のことは、瀬川さんには黙っておきますから」そう言って携帯の番号を教えた。

慎司は遊び慣れている。携帯の履歴を残すなんてヘマはやるはずがなかったし、
妻も携帯のことについてなにも言わなかった。
私の携帯番号を教えたところで、足がつくとは思えなかった。

そんなことより、これからどうしようか。
あの女ををどうやって料理しよう。
アタシの中の悪魔が、あれこれと囁く。

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