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玲子35~自惚れ~


「今日はごめんなさい。ここのところ色々あって、精神的に疲れてしまっていて・・・
言い訳にならないけど・・・。久賀さんに、ぶしつけに失礼なことばかり申し上げて。
私ったら、どうかしてたわ」
「いいえ、もういいんです。判ってくださったのなら、それで。」
「本当だったら、失礼極まりないことをしたんですもの、久賀さんに責められてもしかたないのに、
話を聞いてくださるなんて優しく言っていただいて。私、なんて言っていいのか・・・
本当にお電話してもいいかどうか迷ったんですけど、やっぱり久賀さんに聞いてほしくて。」
女の声は、まるで男に媚びるように甘ったるく響いた。
そうやって、この女は男に依存してきたのだろう。
今度はアタシに、すがろうとしている。
慎司と何度もベッドを共にした、このアタシに。
そう思うと、あざ笑いたくなった。
「お話を聞くぐらいしか何も力にはなれませんけど、それで少しでも奥様の気が楽になるなら。
お電話じゃなんですから、日をあらためて逢いましょうよ。いつがよろしいですか?」
アタシは女と、逢う約束を交わした。

慎司が出張から戻り、一人喫煙室でタバコを吸っていたので、周りを気にしながら
こっそり声をかけた。
「ねえ、私があなたの後押しで、正社員に登用されるってどういうこと?」
「え?もう耳に入ってるの?誰から聞いた?」慎司は驚いて訊き返した。
「誰だっていいじゃない。どういうつもりよ。そんなこと頼んだ覚えないわよ」
「なんで怒ってるんだよ」
「そういうの、いやなの。」
「そういうのって、どういうの?」
「関係を引きずって、何かをあてがわれる、みたいなこと」私は声を低くして言った。
「なんだよそれ」慎司がむっとした。
「俺が玲子との仲を引きずって、正社員にしてやってくれって上に頼んだとでも?」
「・・・・」私は気になってガラス戸の向うに目をやる。幸いなことに誰もいない。
「俺の後押しとかって言ったけど、正確にはそうじゃない。部長が打診してきたから
「いいんじゃないですか?」程度に返事したまでだよ。玲子さぁ・・・」
慎司がタバコの煙を吐き出して言った。
「職場での自分の価値について、もうちょっとプライド持ってもいいんじゃないの?
俺は仕事で自分の評価が下がるようなことはしないの。
役に立たないようなヤツを、私情を挟んで上司に推したりなんかしない。
そういうこと、過去にあったの?」
慎司はタバコを灰皿に押し付けて、火をもみ消す。
「俺がそこまでやると思った?あんまり自惚れるなよ」
慎司は顔も見ずに、私の横を通り過ぎた。

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