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玲子38~『Bar D』にて 3~


たまには家を出て愉しんだほうがいいわ。
いつも家に篭っていたら、辛いことばかり考えてしまうでしょう?」
アタシの言葉に、尚子はゆっくりと顔を上げた。まつげが濡れている。
「ご主人も好きなことをしているんですもの。
あなただって、自由に愉しむ時間を持ったっていいはずよ」
「そうかしら」
「そうよ。たまにはこういう店で、ユースケみたいな若い男の子と話をするだけでも
気分転換になると思うわ。
私もストレスが溜まったら、ここへ来て話をしてガス抜きをするんです。
そういうのって大事よ」
「そうね・・・」
「酷なようだけど、お話を聞いていると今のところご主人は変わりそうもないわ。
だったら自分が変わるしかないと思うの。尚子さん、まだまだ若いんですもの。
もっと外に出て愉しみましょうよ。そうしたら、きっと今より前向きになれるわよ」
尚子はアタシの顔を見た。
そして「そうよね・・・」と、寂しげに微笑んだ。

「今日は特別に、僕からサービスです」そう言ってユースケが、そっとフルーツを出してきた。
「知り合いから沖縄の土産にマンゴーをもらったので、よかったらどうぞ」
皿にはマンゴーの他に、パイナップルやオレンジ、チェリーも盛られていた。
「まあ、ユースケ、ありがとう!尚子さん、ほら、おいしそう!」
アタシは大げさに喜んで見せた。
「ほんとね。」尚子の顔にも、笑顔が戻った。
「オレ、女性の涙に弱いんです。尚子さん、元気出してください」
優しくユースケは尚子に微笑みかけた。
今度は尚子も、しっかりとユースケの顔を見て微笑み返す。

いい感じじゃない、ユースケ。アタシは心の中で、ほくそ笑んだ。

「へぇ、ユースケって女の涙に弱かったの?知らなかったわ。」アタシはいたずらっぽく言う。
「玲子さん、ひどいなぁ。オレ、女にはめちゃくちゃ優しいんだけどなぁ~」
ユースケも、おどけて返す。
尚子はアタシたちのやり取りを見て、楽しげに笑う。すっかり雰囲気が和らいだ。
「もしよかったら、ホント、いつでも来てくださいね。ほとんど毎日店開けてるし。
オレがいなくても、誰かしら代わりに話し相手になるヤツはいるんで。
尚子さん、オレのタイプだし、いつでも大歓迎ですよ。」
ユースケは、にっこりと尚子に話しかけた。
「あら、ユースケったら、さりげなく口説いてるの?
ホント、よかったらこの店使ってやってくださいね。
カウンターだけの狭い店だし、いつもヒマだから、ゆっくり落ち着いて話ができますよ。」
「玲子さん、『いつもヒマ』は、余計~」
アタシたちは、前からの友達のように笑いあった。
尚子とユースケは、楽しげに話をしはじめる。

たぶん、尚子はひとりでもまた来るだろう。
そうやって、またひとりユースケの毒牙にかかる。
アタシには関係ないことだ。別に、アタシがユースケに頼んだわけじゃない。
尚子が勝手にここへ脚を運んで、勝手にユースケにはまっていくのだから。

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