SENPAI 19
私は先輩を失った。私のすべてだった先輩を。
カラダの一部がもぎ取られたような、痛み。苦しみ。喪失感。
朝起きると、夢だったらいいのにと思う。でも、現実なんだ。
そう思うと、涙が止め処もなく溢れる。
夜になると、布団の中で声を殺して泣いた。抑えようと思っても抑えきれずに洩れる声。
「ごごっ。ぐっ」いったいどこから出てくるのだろう。自分でもはじめて聴く嗚咽。
息ができなかった。どうやって息をしていたんだっけ。わからない。胸が、苦しい。
ひとりでいられない私は、傷つけなくてもいい人たちを、たくさん傷つけた。
そして自分も傷つけた。先輩の代わりになる人なんていなかった。
私の中で終わっていないのに、むりやり誰かを好きになろうともがいていただけ。
先輩の部屋の鍵を、私に代って返してきてほしいとカナコに頼んだのは、
あの電話から１ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。
「ばかだよ、なんで、どうして別れたくないって、いやだよって、言わなかったの？
なんでわかったなんて、簡単に電話で返事しちゃったのよ！」
カナコは泣きながら私を叱ったけど、ぬけがらの私は、寂しく笑うだけだった。
いまさら、どうしようもない。
私のことなどお構いなしに、時は過ぎていく。
先輩達が卒業する季節を迎えようとしていた。
サークルでは卒業式の当日、式典の後に会場で後輩達が花を手渡すのが恒例になっていた。
その後、場所を移して卒業生を送る会が催される。
私はカナコに「行かなきゃ絶交」と脅されて、しぶしぶ行くことにした。
それでも当日は登校拒否の子供のように、怖くて行くことができない気がした。
先輩の姿を見たら、私、どうしたらいいんだろう。
「Ｋ先輩、実家の設計事務所を手伝うんだって。卒業式の後すぐ、秋田に帰っちゃうんだよ。
もう、逢えないんだよ。それでもいいの？」と、カナコは私を説得するように言って、
強引に引っ張っていった。
式典の終了した会場を出て、まだ肌寒い空の下でサークル全員が輪になって集まっている。
私は、一番後ろに隠れるように身を潜めていた。
それでもやっぱり私は、先輩のことを、そっと探す。勇気を振り絞って辺りを見回す。
まるで別人のように見慣れないスーツ姿で、優しい微笑を浮かべて先輩は立っていた。
後輩達に囲まれて、楽しそうに、そしてちょっと寂しそうに笑っていた。
「うさぎ」
声を掛けられて振り向くと、ユミ先輩が立っていた。
ユミ先輩は、袴姿で凛として見えた。
「これ、Ｋに渡して来なよ。ちょっとフライングだけど、早くしないと誰かに渡されちゃうよ。」
そう言って、スイートピーの小さな花束を差し出した。後輩が卒業する先輩達に渡す花だった。
「ほら、ぼーっとしてないで、早く！」ユミ先輩は、笑って私の背中を押す。
先輩を見るのはこれが最後。本当に最後なんだ。
そう思ったら、先輩の前に歩み出ていた。
先輩は、優しい笑顔のままで、私を迎えてくれた。
「おめでとうございます」ありきたりの言葉。
「ありがとう」そう言って、先輩は花を受け取った。
なにも言葉が出てこなかった。
先輩も、黙っていた。ただ、微笑んでいた。
私も、にっこり笑った。
（笑顔で、さよならできる。もう、これで、じゅうぶん）
耐え切れなくなって、背中を向けてその場を去った。
どんどん脚が早くなる。そして私は駆け出した。
後ろからカナコが叫んでいる。追ってくる。
それでも、私は脚をゆるめない。
坂道を思い切り駆けてゆく。
涙が溢れて、どうしようもなかった。
前が見えない。もう何も見えない。
（言葉に詰まるようじゃ、恋は終わりね・・・）
『いとしのエリー』の一小節が、浮かんでいた。
これで、ほんとうに、終わったんだ。
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