バカ足日記

飛び込み


ひとしきり説明を受け、先輩方の飛び込むのを見た。
「手を引っ張りますから、青い線目がけて前に出て下さい。ようい、」
ばしゃ。
たしかに、どん、と言うとも言わないとも仰らなかったけれど、よういで水の中。いやあんとかきゃあとか言う間も無かった。

ちびが赤ん坊のころから小学校入学直前までお世話になった老女医先生を思い出した。
「ちっくん、ってちょっと痛いけど我慢しようね。だいじょうぶ?」
「、、ウン、、」
「いい子だね、じゃあ、1、2の、3、でお注射するよ。」
「、、、(顔強張りばりばり)」
「はい、1、ぷすっ」
親のわたくしでさえ、せんせーフェイントっすかー!と驚いたがお見事。ちびはショックで泣くのも忘れ。
「ああ、やっぱりちびちゃんはえらいねえ。ああ、いい子だいい子だ。すごいねえ。」
我に帰ったちび、こう煽てられては泣くに泣けない。
先生はある朝自宅のお台所で倒れ、そのまま亡くなられた。前日にちびの友達が風邪で診ていただき、「明日またいらっしゃいね」と言われてそのとおりに伺って、受付の人に「先生が亡くなられて」と聞いた。この辺りに住む子供達みんなのお婆様、曽婆様のような方だった。
その後ちびは何年も病気らしい病気をせず、かかりつけ医を持たない。

プールの縁に足の指をかける。*
手の指先を両足の間の縁に当てる。*
目標位置を見る。*
前に進む。*

プールサイドの窓から下は20メートルくらいか。真下に歩道。その先には建設現場。そこに飛び込むつもりで窓ガラスに額を押し付け、*を締めて力を溜めてみる。下腹をもっと締める。
「台からいってみましょうか」
ええええっ?で、でも、いや、窓の外と言われるよりは青い線はすぐそこだ。
「今度は赤い線。ようい、はいっ!」
楽しい。

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