夏の 香り

夏の 香り


部誌に載せた短編小説っす。
B5の用紙 片面計算で5枚だったのでハイライトっぽくなっちゃいました^^;
短編慣れてないから(ィィヮヶ

xTakax

 町立中学の制服を着た少年が、一人、左右に青々とした田圃が広がる畦道をとぼとぼと歩いている。周囲は山に囲まれており、少年の後方数百メートルのところに小さな市街地が見える。ここは『町』と言っても、最近まで『村』だったので、田圃や畑は彼方此方にあり、片田舎という言葉が一番しっくりと当てはまるところだ。少年はそんな『片田舎』の空を見上げる。青く晴れ渡り、雲はほとんどない。周辺の山々からは蝉の鳴き声が聞こえる。七月半ばの昼すぎだというのに気温があまり高くなく、涼しいそよ風が田園を吹きぬけ、少年の頬を優しく撫でる。学校から結構な距離を歩いて、多少熱を帯びた体に気持ちがいい。
「浩太~っ、待ってよー」
 突然、後ろから、聞きなれた威勢の良い声がした。振り返ると、浩太よりも幾分か背の低い少年が手を振りながら猛スピードで駆けてきた。そして、浩太に追いつくなり、勢い余って彼に体当たりしてしまった。
「うぉっ」
 二人ともぶつかった衝撃で田圃に転げ落ちる。幸か不幸か、その田圃だけ水が張っていなかったので、泥だらけになることはなかったが、地面に当たったときの衝撃は強かった。
「痛ててて……」
 頭をさすりながら背の低いほうの少年が浩太の上から起き上がる。
「……ったく、なんなんだよっ、優紀!」
 優紀の下敷きになっていた浩太が軽く怒ったように言った。
「ごめん、ごめん」
 さほど悪びれた様子もなく、優紀は浩太に手を貸す。
「よっ…と」
 彼の手を借りて起き上がり、ズボンをぱんぱんっと払った。クリーニングに出したばかりの制服がもう汚れてしまった。家に帰ったら母親に怒られるだろうなぁ、と思いつつ、田圃から畦道へと上り、またとぼとぼと歩き始めた。彼らの間には何か隙間があるような、なんとなくぎこちない雰囲気が流れている。
「あ、あのさ、今日、楽しかったね。お別れ会…」
 優紀が言った。その声から、嬉しさは伝わるものの、先ほどの元気は感じられない。
「あぁ、そうだな」
 確かに楽しかった。でも、今は寂しい気分……かな。
「浩太がみんなにやろうって呼びかけてくれたんだって?」
 優紀が浩太を除き込むように見ながら言った。
「おう。お前が転校するって知った次の日から計画立ててたんだぜ」
 浩太はちょっと得意げになっていった。
「二週間、長かったなぁ。ずっとその事で頭が一いっぱいでよ。やっぱ最後にいい思い出作りたいしな」
 そういって、浩太は笑顔を作ろうと努力をしたのだが、それと反対の気持ちが邪魔をして、中途半端な表情になってしまった。
「ありがと」
「いや、礼なんていらねぇよ……」
……。
 一瞬、二人の間を強い風が吹き抜け、田圃の稲をなびかせる。夏の香りがした。この風が、哀しい気分を乗せてってくれればいいのにな。
「なぁ優紀、まだ時間あるんだろ?」
 突然、何かをひらめいたように浩太が言った。
「う、うん、あるよ。まだお昼だしね」
「それじゃぁ、あの神社に行かない? よく昔遊んだ」
 浩太の提案を予想していたかのように、優紀は答えた。
「いいよー。じゃぁ帰宅してから集合だね」
二人は一度家に帰り、カバンを置いたあと、神社に集合をすることにした。

 浩太は畦道の終わりの三叉路で優紀と別れ、一人田舎道を歩いている。すると、前方左手にこの町内に相応しくない、三階建ての建物が見えてきた。この町に七年前に出来た病院である。
「そういえば、ここが、始まりだったんだなぁ」
 建物を見上げながら、懐かしそうに、そういった。

――浩太と優紀の出会いは今から五年前、小学校五年生の時に同じクラスになった時である。学年がはじまったころは、まだお互い全くといっていいほど、関わりがなかった。というのも、浩太が明るくて活発的な性格なのに対して、当時の優紀は内向的で、浩太とは正反対の性格だったからだ。彼らが仲良くなるきっかけになったのは、浩太が体育の時間にあやまって優紀に怪我をさせてしまったときである。
 優紀の怪我は全治三週間で結構な怪我だった。浩太は始は優紀のことを、内向的で苦手だな、と思っていたが、何度もお見舞いに行き、話したりしていると以外に面白いやつだということがわかり、優紀が退院するころには、既に普通の友達以上に仲が良くなっていた。
それからは二人にとって今まで以上に、楽しい日々が続いた。優紀との思い出を上げればきりがない。周りの友達たちからも「お前らほんとーに、仲いいよな、実は付き合ってるんじゃねぇ」などと、からかわれたりもした。それほど純粋に仲が良かったのである。優紀とは学校だけではなく、プライベートでも多くの時間を一緒に過ごした。そして、気づいたときには、二人は親友と呼べる仲になっていたのである。
 そんなこんなで、今日までやってきたのだが、出会いがあれば、別れもあるというように、今日が「その日」なのだ。
浩太が優紀から転校すると聞かされたのは、今から二週間前の事だった。理由は父親の仕事の関係らしい。転校先は、日本ではない。イギリスのロンドンなのだ。あまりにも遠すぎる、と、浩太は思った。聞かされた時、浩太はかなり落ち込んだ。しかし、ずっとそうやっているわけにも行かず、優紀が気持ちよく行けるように、彼は前向きにこの二週間を過ごしてきたのだ。――長いようで、短かった。
――「お、やべぇ、急がねぇと時間がなくなっちまう」
 時計を見た浩太は慌てて家路を走って言った。

 古ぼけたその神社は、周りを青々とした葉を茂らせる木々に囲まれて、長い階段の上にポツンと寂しげに佇んでいる。浩太はその神社の境内にいた。夜になったら怖そうだが、昼間は薄明るくてそれほどでもない。先に着いた彼は、神社の境内に仰向けになって寝転がった。木々の葉が空を多い尽くし、空気がひんやりとしていて気持ちがよかった。木漏れ日が、ゆらゆらと風にゆれる葉っぱの間から差し込み、辺りを照らす。浩太はそっと瞳を閉じ、耳を澄ます。近くの木から聞こえる蝉の声に混じって、木々の葉っぱが風でこすれあう音が聞こえてきた。普段なら騒がしい蝉の声も、今は何故か哀愁を誘う。
コツコツコツ
誰かが神社の階段を上がってくる足音が聞こえる。きっと優紀だろう。
「――ぉーぃ」
 遠くから、彼の声が聞こえてきた。
「ごめん、ちょっと遅くなって」
 優紀は神社の階段を、息を切らせながら上がってきた。
「いいって、そんなの」
 浩太は優紀の息が整うのを待ってから出発した。

 岬までの距離は歩いて約二十分だが、彼らにはもっと短く感じられた。薄暗い森の小道を抜けると、目の前には太平洋が広がっていた。見渡す限りの大海原で、海水面に陽光が反射していて美しい光景だ。彼方には水平線があり、地球は丸い、ということが、どういうことなのかわかったよいうな気がする。このどこにでもありそうな広い岬は、この町に住んでいる人も知っている人があまりいない、彼ら二人の特別な場所だった。浩太が先立って、岬の先端に歩いていく。波が崖下の岩にぶつかる音が、聞こえる。今にも飛沫が吹き上げてきそうな音だった。先端につき、崖の下をのぞきこむと、潮風が力強く吹き付けてくる。風が、強い。
「よく来たよな。ここ」
 浩太が優紀の方を振り向いて言った。
「うん、いつもはお互い、一人できていたけどね」
「あぁ、そうだな」
「落ち込んだ時とかに来る場所だったからね。一人になりたいときとかさ」
「今日が二人で来た初めての日、そして……」
 浩太は途中まで言うと言葉を詰まらせた。優紀も何も言えないでいる。波が打ちつける音、強い風が吹く音、それらに支配されながらも、彼らの空間だけ、静寂に包まれているようだった。
「ちょっと下がって、座ろうぜ」
 彼らは岬の先端から森側に移動し、適当な場所に腰を下ろした。
「楽しかったな、今まで」
「小学校五年生からだっけ? 仲良くなったの」
「そうだよ。俺が怪我させちまってさ」
 頭の後ろをかきながら浩太が言った。
「懐かしいね。浩太が一番思い出に残ってるのってなに?」
 優紀が浩太の方を向く。
「やっぱ、一月前に行った中学の修学旅行かな」
「歩き疲れたのだけ覚えてるよ」
「あっ、そういえばさ、お前二日目の――」

――思い出話に花を咲かせる二人、数時間の時が流れ、帰らなくてはならない時刻がやってきた。
「もう、時間だね」
 優紀の声に元気はない。
「そうか」
 浩太の声も同様だ。ちょっとの間ボーっと海を眺めて、二人は立ち上がった。
「あのさ、カメラ持ってきたから最後に撮らない?」
 優紀はそういってバッグから小さなインスタントカメラを出しだ。
「準備いいじゃ~ん」
 さっそく海をバックに二人で並び、肩を組んで二枚撮った。
「はい、浩太の。しっかりとっておいよね」
「わかってるよ。大切な思い出の品だしね」
 そう言って二人は写真をそれぞれのポケットに大事にしまった。
「あっ、あとさ、向こうに着いたら手紙くれよ」
「うん。しつこいくらい送るから心配しないで」
そういって二人は笑顔になる。
優紀――親友の笑顔だ。もうしばらく見ることがないだろう。今まで二人で当たり前のようにやってきたこと、遊んだり、喧嘩したり、辛いときは慰めあったり、そんなことも、もう出来なくなる。そう考えるとちょっとつらくなる。でも、永遠のお別れじゃないんだ。笑ってお別れをしよう。浩太はそう心に決めて、いまここにいる。だから、彼は胸からあふれ出ようとする熱い思いを必死で堪えようとしていた。それは、優紀も同様である。
「じゃぁ、これで」
 浩太が手を差し出した。お別れの握手だ。男同士はこうやってさっぱり別れるのがカッコいい、はず。
「うん。じゃぁね」
 二人は握手を交わした。うん、いい感じだ。さっぱりしてる。でも……。
 優紀が背を向けて森の小道へと歩きだした。もう、潮の音も風の音も浩太には聞こえない。彼は今、この地から去ろうとしている親友を見るので精一杯だった。見送りには行かないことにしている。これは二人で決めたことだった。笑顔でお別れをしたいから。優紀の姿が森へと消えようとしている。まだ、だめだ。泣いちゃいけない。森の中へと消える寸前、優紀が腕で顔の辺りを拭うような動作をした。その瞬間、浩太の熱い思いはそれをずっと待ちかねていたかのように、あふれ出す。視界が涙でぼやける。その熱い涙が物語るものは、彼らの五年間の思い出、友情、そして初めて体験する、親友との別れの辛さであった。

――さよなら、俺の親友。また今度。

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