しあわせカフェ&ショップ

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    3,4  

流氷をさがして 3


えっ、と思ったが、仕方なく肩からたすきがけする。
これがエラクダサい。
こんなもの下げて歩けるかよ、と思ったが「いやーこれならいいわ」
と褒めるものだから、そこまで言うのならと買ってしまった。
最高級羅臼昆布1束3000円、だから本当に安いに違いないのだが
これ、どうしたらいいのよー。
まだ旅は始まったばかりなのに。

右肩に着替えなどが入ったショルダーバッグ。
左肩から昆布をたすきがけした22歳のうら若き乙女は
旅の帰路のような大荷物を抱え、宿を後にする。
はあ~、これからどうしよう。
流氷ははるか沖合いに停滞中だし、荷物は重いし
いや中身は昆布だから重くはないのだが、恥ずかしいし。

その時、宿のおばちゃんが歩き始めた私を呼び止める。
「このヒトさぁ、これから札幌に帰るんだってー。
乗せてもらったらいいっしょー」
この宿の常連さんで、仕事で札幌から来ていたそうだ。
「乗ってくかい?」
人のよさそうなおじさんである。
これといって予定もなかったので乗せてもらうことにする。


「あのぉ、私周遊券なんで
どこか通りがかりの駅に降ろしてもらえればいいですから」
「駅たってさあ、こねえよ汽車」
北海道は主要な線でも1日に何本かしか列車が通らないとのこと。
この寒い中、待つのは大変だから、札幌まで出た方がいいと言う。
親切はありがたいが、こちらは旅人なので、別に待っても何でもないのだが。
「何が面白くてこんな寒い中来るんだかねぇ。わからんよ」
仕事をしている人にとってはそうだろうなあ、
何だか呑気に旅しているのが申し訳ないような気がした。
「それにしても最近の女子大生ってのはホントにテレビでみるようなの
ばっかなんだろうか」
当時、女子大生ブームでちゃらちゃらした女子大生がTVを占拠していた、
そのことを言っているのだ。
今で言う「コギャル」と同じか。
(あのころは、今の長野県知事も、
女子大生と一緒の深夜番組なんかに出ていたよなあ。なつかしいー)
「違うよ、おじさん。あんなのはほんの一握りで
ほとんどはアタシみたいのだってば」
「ははは、そうかい。アンタみたいな子ばっかりじゃ安心だ」
どう安心だというのか?
「今夜どうするの。おじさん付き合おうか」
はぁ? も、もしかしてナンパしてるの?
冗談じゃない、いくらおじさんも安心の田舎っぽい娘で
その上昆布まで下げてるからって、ホイホイ付いて行くと思ったら大間違い

次の駅で降ろしてください!、という言葉をぐっと飲み込む。
すごい吹雪、さっきまでいい天気だったのに。
「いやー、こりゃアンタ、歩いて行かなくてよかったわ。
こんなんじゃ、観光も無理っしょ。今夜うち来るかい?
娘が2人いるんだけどさぁ。東京行きたいってうるさいから、いろいろ
教えてやってくれないかねえ」
なんだ、この人ってば、いいヒト。
ナンパだなんて、ああ、勘違い。
(もてないヤツほど勘違いが多いんだな、恥ずかしー)

なんだかんだで結局お世話になってしまいました。
似たようなことは、この後何度も経験した。
北海道の人はすぐ泊まって行けと言う。
基本的に助け合いの精神があるようだ。親切が体に染み付いているのだ。
中には、キャンプは大変だろうから、うちへ泊まれという親切な(?)
キャンプ場の管理人もいたくらいだ。
だからと言って、すべてよい人とは限らないのでご用心。

次の日、特急で4時間かけて網走へ戻る。
なーにやってんだか、と思うだろうが、それも旅の醍醐味なのだ。
さて旅の目的は、流氷だった。
今度こそ真近に見れるか。

例のおばちゃんの家のそばに道産子に乗れる牧場があると聞き、
早速、大事に持って歩いている昆布と共に行ってみることにした。


流氷をさがして 4

「どさんこ花園牧場」は、今は廃線となってしまった釧網線、
北浜駅から徒歩5分ほどのところにあった。
白鳥が越冬するため飛来するので有名なトーフツ湖のほとりにある。
サクサクと雪を踏みしめながら歩くと、
寒い、プラス誰もいない寂しさで
最果てを旅しているのだなあと実感する。

さて、すっかり旅人気分に浸ったまま、入り口の引き戸をガラリと開けた。
すると中は土間になっていて、若者3人、おじさん2人が
暖かそうなだるまストーブを囲んでいた。

「乗馬かい? 今行くから」
「いえ、今夜泊めていただきたいんですが」
「あ、そうかい。あっちに荷物置いて、ここでストーブあたりなさい」
と、隣の食堂を指差す。
「そっちで夕飯だから」
「ついてるよ~。今夜はジンギスカン。それも食べ放題だあ」
と若者の1人が答える。
「ははは。今夜ったって、ウチは毎晩ジンギスカンだよ」
と奥からおばちゃんが出てきた。

ジンギスカンと言うのは、北海道で一般的に食されている、
野菜焼肉のようなものだ。
肉はマトン、羊肉だ。
ちょっとクセのある肉だが、値段も安く、
甘辛いたれにつけて食べると最高だ。
家庭ごとにそれぞれ秘伝のたれがあり、
漬け込んでから焼く、焼いてからたれをつける、と食べ方もさまざま。
夏の間は野外で集まってバーべキュー、
の代わりにジンギスカンをやることも多いそうだ。
ちなみにこちらの人はそれを「ジンカン」と言うそうだ。
「ジンカンやるべー」と声が掛かると、
大勢が鍋釜持って集まり、野外で短い夏を堪能するのだ。

で、今は冬なので、「ジンカン」は家の中で。
夕食までまだ間があるので、
馬を馬舎に連れて行く手伝いをして来たら、と言われた。

馬達は日中、この宿の目の前の牧場で、客を乗せて働き、
夜は2キロほど離れた馬舎で休むのだそうだ。

「馬、乗るの、初めてかい?」
ロバは子供の頃乗ったことがあるが、馬はどうだったかなあ、
などと考えていると、
「ま、初めてでもだいじょうぶだ。
馬が自分で行きたい方に走って行くから、落ちさえしなけりゃ」
え? お、落ちる?
それは困るんですけど・・・。
「ははは、大丈夫、大丈夫。
道産子(ドサンコ)は丈が低いから、落ちても大したことねェ」

道産子は北海道特有の馬で足が短く、
サラブレッドのような気高さ、美しさこそないが、
見た目が愛らしく、気性も穏やかで辛抱強い。
確かに背は低いが、言われるまままたがってみると、結構な高さだ。

「ほれ、1週まわってみな」
おじさんに勧められ恐る恐る馬を進めるというか、
馬が勝手にコースをまわってくれる。

ぽこぽこ・・・。
なんだ、結構大丈夫じゃん、と思った瞬間、
馬が首をグッと下げた。
手綱を握っていた私は、当然前方に投げ出される。

イヒヒヒヒ~ン。
馬が笑った。
「ははは、アンタ馬になめられたな」
雪の中からよっこらショと立ち上がった私に
どこからか現れたおじいさんが言った。

話を聞くと、このおじいさんが宿の主人で、
おじさん2名が従業員で、若者の一人が孫で
後の二人は客だった。(宿の人だとばかり思っていた。
気に入って何度も来ているそうだ。

「アンタも何度も来るようになるさあ」

おじいさんの言う通り、
私はこの後、何度も北海道を訪れることになる。
おじいさん、どうしてわかったんだろう。

さて、練習はここまで。
馬が馬舎に帰る時間になった。
馬舎はどこかと尋ねる私に、孫クンが湖の向こう側を指差す。
「あっちだ」
あっちったって、どうやって行くの? まさか・・・。
「大丈夫、冬の間は凍ってるから。
それに危ない所は、ちゃんと馬が知ってるから。心配すんな」

心配するなといわれても、ねえ。

イヒヒン、イヒヒン。
馬が鳴き出す。
馬舎に帰れば、エサにありつけるので、ソワソワしているのだ。

「さ、行くよ。アンタはこいつにしな」
1番小さいプリンちゃんに乗っていくことになった。

ポコポコ、ポコポコ。
白く凍りついた湖の上を馬の一団が行く。
ポコポコ、ポコポコ。
お、楽勝じゃん、と思った途端、
先頭を行く孫クンが後ろを振り向いた。
「ソレ、行くよ~。Yuueee-Haaaaa!」

その掛け声で、各馬一斉に走り出しました!
(競馬のスタートのようだ)
小さいプリンちゃんも必死になって走り出した。
ええーっ?! 落ちる~う!
ボコボコボコボコ。
振り落とされそうな勢い。
お尻が割れるー。助けてー!

ボコボコがしばらく続いたその後だ。
突然、すうっと馬ごと中に浮いたような感じになって、
パカッ、パカッ、と馬が走り出した。

今までと違い、重心が移動せず、
まるで風のように走っている。
手を離しても全然大丈夫なくらいだ。

白い雪と夕暮れのほんのり赤く染まった空。
馬たちが、1列になって、風のように走っていく。
気持ちいーい。

それまでは馬に乗せられている、というカンジだったが、
今のそれは、まさに馬と一体になって駆けている
という気がするくらい。
うまく乗せてくれたプリンちゃん、ありがとう。
西部劇の保安官になった気分(?)だったよ。

その晩、ジンギスカンをたらふく食べた私は、
早めに床に着いた。
風が強く吹いている。
明日こそ、流氷を真近で見てみたいと思った。(続く)

ロバ
ロバに乗る私

プリン
20年後、馬に乗る私

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