― R ’s  Bar ― 癒し系バーの威圧系バーテンダーのつぶやき・・・

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エール【ALE】

『詳説・エールについて』






■Ale(英)エール

■イギリス国民的飲料ビールのタイプのひとつである。

上面発酵菌によって作られる。
〔ドイツのビールは下面発酵〕


■「エールは、イギリス人にとって天与の美祿である。」
これはチェダー期の大家アンドリュー・ブアド(Andrew Boorde)の著述の中の言葉である。彼はエールを賞揚した最古の医師の一人である。また栄養学者でもあり、「5日たたないエールは飲んではいけない」ともいっている。

■アングロサクソン時代の古代英語では[ealu] [aul]などと綴っていたのが、中世英語から[ale]という綴りになった。
麦芽(モルト)の煎出液から発酵作業によって得た致酔性飲料である。エールとビアー(Beer)とは元は同義語であり、
「人間の間ではエールと呼び、神々の間ではビアーと呼ぶ」
などの説もあった。

■その後、ホップという雑草がイングランドに伝わり、苦味をつけるためホップ添加が行なわれたものを、一般にビールと呼んでいた。
エールの方は麦芽を焦がさないで製したより淡色のもを指している。
しかし、この両語の大衆の用法は地方によってまちまちである。現在では「ビアー」がすべての麦芽酒(Malt Liquor)を総称する名になっている。

■イギリスへは、ローマ軍の侵攻(B.C.55)以前、すでにサクソン人が「エール」を伝えていた。
9世紀ごろには、キリスト教修道院は「学問の府」であると同時に、「宿屋、酒場」(Inn,Ale-House)であった。
つまり修道院がエールの醸造場を経営していた。
咲く尊敬の王たちは、代々「エール・ハウス」(ビールの飲み屋)を取り締まる法律をつくったが、数世紀の間に、「大麦酒」(バレー・ブリュー)は「ミード」「メシグリアン」(蜂蜜酒、ハニー・ブリュー)、「サック」(スペイン産ぶどう酒)、「ライン・ワイン」、「ガスコン・ワイン」(ボルドー)などと競争したあげくナショナル・ドリンク(国民的飲料)となった。
又、修道僧たちは、大麦の品質改良や醸造用水の水質試験などにも貢献するとこも大であった。バートン(Burton)の水質のよさを発見したのは彼らであった。

■13世紀ごろにはエールは、国民にとってはパンと同じくらいの必需物資であった。そこで1266年ヘンリー3世(在位1216~72)は、パンとエールの価格公定法(Assize of Bread and Ale)を交布し、年の豊凶によって小麦の販売価格を上下させ、それと同時にパンとエールの公定価格を決めたのであった。このうちパンのアッサイズが廃止されたのは1815年という近世であった。「アッサイズ」とは、フランスゴアスワールからきており、「お白州」のことから転じて「掟」となった。

■イギリス式エールが上面発酵(top fermented type)に対し、ドイツ式ラガー・ビアーは下面発酵(bottom top fermented type)であることはすでに述べた。

■昔のエールが、生ぬるくて不味かったので、トーストした山りんごをジョッキに投入して回し飲みしたことから、乾杯することを「トースト」といったとある。しかし、ラガー・ビアーほどガスが強くないので、げっぷ(イギリス人が最低の無作法と思うこと)が出ないので、不味くても捨てられないそうである。

■日本へは安政5年(1858年)横浜開港と同時に、イギリス本国の「バス・エール」が輸入されたのであったが、清酒になれた日本人の嗜好に合わなかったようで、次第にドイツ式ラガー・ビアーのほうへ志向が移ったようだ。
キリンビールの元祖のジャパン・ブリュワリーも発起人はイギリス人達だが、最初からドイツ式ラガー・ビアーを企画した。


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