巨人もワインに完敗
ワイン専門の酒場が次々と登場し、日本もすっかりワインが定着してきたように思われる。
バーにおいても、ワインを飲ませる店も増え、やれボルドーだブルーゴニュのコート・ド・ニュイとか、これはまさしくカベルネ・ソーヴィニヨンだ、メルロのスミレのような香りがたまらない・・・などと薀蓄をひけらかす輩が多くなった。本屋に行けばワインの本がずらりと並んでおり、ソムリエを目指す人は数知れず。ワインを知らずして鮭を語ることなかれ。そんな風潮さえ生まれつつある。
10数年前のワインブーム(甘口のドイツ・ワインが中心)に比べ、確かに裾野が広がり、家庭にも定着してきており、ワイン人口は間違いなく増加した。けれども今回のブームの最大の追い風になったのは、赤ワインにポリフェノールという物質が多く含まれているされる科学的根拠に基づくもので、そのあたりが健康志向にやっと目覚めた日本人の琴線に触れ、やがてお得意の<右に倣え方式>で猫も杓子もといった状況の中発展していったようだ。いかにもブームに弱い日本人らしいワインの接し方だったと思う。現在はさしずめ焼酎ブームのまっただなかか・・・。
さて、ワインの歴史を簡単に紹介する。ワインはいつごろから飲まれるようになったのか?その歴史は古い。古代エジプト人ぶどうからつくられるこの酒を愛し、古代ギリシアの詩人ホメロスは「ワインのような色をした深い海」と詩のなかでワインを比喩に用いている。そのホメロスの叙事詩『オデュッセイア』を題材にしたカーク・ダグラス主演の『 ユリシーズ
』(1954年)にワインをつくるシーンが出てくる。
ギリシア・イカサ国の王ユリシーズ(ダグラス)が宿敵トロイを滅ぼし、愛する妻子の待つ故郷へかいる途中、勇壮な戦士達を率いてある孤島に上陸したが、そこで一つ目の巨人が住む洞窟に閉じ込められてしまった。腹をすかした巨人が戦士達を食べ始め、そこは絶体絶命のピンチ。そのときユリシーズの頭に妙案がひらめいた。
「巨人にワインを飲ませよう。」
「酔っ払わせて眠らせてしまえば、こちらのもの」
早速、手持ちのワインを飲ませると、初めて口にした巨人はその美味しさにびっくり。調子に乗って次から次へワインをがぶ飲みしはじめた。
「おい、もっとくれ。ウィーッ、いい気持ちだ」
狙いは的中したが、すぐにワインが底をついた。そこでユリシーズたちはその場でワインをつくり始めた。いったいどうしたのか。巨人がもぎ取ってきたブドウを戦士達が足で踏みつけたのである。視の絞り汁がワインというわけ。そんなにはやく発酵するはずがないので、単なるブドウ・ジュースでしかないのだが、映画のなかではワインになっていた!?結局ユリシーズたちは酔いつぶれた巨人の眼をつぶし、無事脱出することが出来た。
「ブドウで巨人をやっつけた!!」
そう豪語するユリシーズの雄姿が銀幕のなかに映えていた。
時代は紀元前8世紀頃。つくり方はどうあれ、古代ギリシアではワインが日常的飲まれていたことが伺える。
時代は下り、巨匠ウイリアム・ワイラーのスペクタル大作『 ベン・ハー
』(1959年)のなか。〈BR〉
ローマ帝国が発展する紀元一世紀の始め、現在のイスラエルの主とエルサレムの首都に赴任してきたローマの指揮官メッサラ(ジャック・ホーキンス)と地元の豪族の息子ベン・ハー(チャールストン・へストン)が永久の友情の証にとワインを飲み交わしていた。腕をお互いからませて、盃を傾けた二人だったが、ベン・ハーがユダヤ人として生き抜こうとしたことで、やがて宿命のライバルとなっていく・・・。〈BR〉
この時期、彼らの酒といえばワイン。ローマの酒の神バッカスは、まさしくワインの神様でもあった。