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自滅した日本
◆自滅した日本 「足し算の民主党」では経済は立ち直らない
政府は10月16日、2010年度予算の概算要求総額が95兆380億円となり、概算要求総額としては過去最大となったことを明らかにした。この空前絶後の巨費は、民主党がマニフェストで掲げた新規重点施策の要求額が膨らんだ結果である。要するに、自民党のやったことと民主党がやりたいことを合わせるという「足し算の政策」で進めるからこういうことになる。これでは国民が自民党を否定し、民主党を選んだ意味がない。
すでにこんなにある民主党の「足し算の政策」
国民が選択したのに、民主党が選択しない。足し算は自民党だけの時よりも悪くなる。いくつかの例を挙げよう。
1.八ツ場ダムをやめよう。しかし、今までに自治体の払った分は補償する――。これでは今までに使った2500億円と、補償部分の2500億円で完成する場合に比べて納税者の負担は1500億円多くなる。合意の上で支払った自治体も共同責任者なのだから補償など必要ない。
2.県外移転を標榜していた民主党や社民党に腹案がなかったことが露呈。普天間基地の移転を嘉手納に、と突如岡田外相。よほど嘉手納町への補償を弾まなければ受け入れは困難。今までに普天間に使った費用はどうなるのだ?
3.東アジア共同体提案でアメリカが硬化。結局アメリカを入れるのか? ASEAN+3に落ち着くのか? オーストラリアなどの加入も考えていくとAPECとどう違うのか? 東南アジア全体が入るのか? インドなど南アジアも、など次々と足し算していき、ついにはアジア太平洋? ユーラシア大陸? トルコから極東ロシアまで?
4.子ども手当? 高校の授業料無料化? 母子手当? 生活保護拡充? などあらゆる手当が拡充し、働くよりも手当をもらう方が高額所得者に。結婚しているより、偽装離婚して母子手当と生活保護をもらいながら同居するのが日本の流行に? 旦那が20万円稼ぐと子供二人で合計月収43万円。中流の中、という素晴らしい福祉国家に。全部が「足し算」できる、という前提なら。
5.羽田空港のハブ化は稀に見るクリーンヒットであったが、森田健作千葉県知事に突っ込まれると、羽田と一体経営、と足し算になってしまった。国は羽田をピカピカに磨くので、成田の使い方は自分たちで考えろ、と言わなくては不便で競争力のない状態がいつまでも続く。イギリスのヒースロー空港に対するギャトウイック空港みたいに海外資本に売り飛ばしてもいいから生き残り策を考えろ、と言えば、少しは自民党との違いが分かるのに……。
6.金利も元本もモラトリアム。どうせ銀行は預金者にもたいした金利払ってないんだから、借りた方も銀行に金利払わない、というのは一理ある! 住宅ローンの支払いも苦しければモラトリアム。「お借り入れは計画的に!」とサラ金が言っているが、計画性がなかった人が得する社会が遂に来た。それで銀行が破綻したら、そこも公的資金で救済。これも足し算。誰が負担しているのか、言わないところが民主党の人気の秘密。
このような足し算内閣が90兆円を超える歴史的な予算をまさに生み出そうとしている。しかし、こうした浮ついた無駄遣いは金融の世界では見逃されることはなく、いずれ国債の暴落となってくる。今のところ民主党のアイデアは郵政事業を再度国営化し、郵貯と簡保の資金をそのまま国債買い取りに向かわせよう、という戦術らしいので、一応やっていることは首尾一貫している。
しかし、郵便局がアブナイ国債を買うだけ、という内情が明らかになれば、いずれにしてもどこかで「裸の王様」がバレる。その時アルゼンチン(2002年)と同じデフォルトになるのか、それとも、国民に詫びて「徳政令」をだすしか方法はないだろう。将来の少ない人口でGDPの2倍にもなってきている巨大な旧国債を償還する能力は到底ないだろう。おそらくデフォルトしたあとで4割くらい割り引いた新国債と交換してあげる!などの徳政令しか、政府にはあまり打ち手がないことも事実だ。
新政権を取った民主党は行政の無駄をなくします、と言いながら、当面はマニフェスト優先で「足し算」状態が続くのであろう。国民がいつ気が付き、どのあたりから怒りがこみ上げてくるのか、自民党政権を少なくとも10年くらいは延命させすぎてしまった国民性から見て、余り楽観視はできない。
過去10年間、成長していない日本のGDP
これまでの日本の経済状況を米国、中国と比較しながら確認してみよう。まず見てほしいのは次の「日米中のGDPの推移」のグラフだ。
1990年代半ばまでは、米国の上昇に合わせて日本も右肩上がりになっている。ところが、その後は500兆円で横ばい状態だ。日本が伸び悩んでいる間、米国は上昇を続け、21世紀に入ってからは中国が急成長して日本を追い抜こうとしている。
中国商務省は10月15日、9月の海外から中国への投資額を発表した。それによると、前年同月比18.9%増の78億9900万ドル(約7060億円)になったという。さらに中国政府は株式相場対策を相次いで打ち出している。中国の政府系ファンドは、中国公証銀行など国有大手商業銀行3行の株式を買い増す方針も明らかにした。
中国がやろうとしているのは、PKO(プライス・キーピング・オペレーション=株価維持策)を政府系ファンドで実行することだ。そもそもマーケットには、中国に対する投資は回復しているという安心感がある。さらに不動産ブームと消費ブームが起きている。年率8%のペースでいけば間違いなく来年は日本のGDP(国内総生産)を抜くだろう。いや、もしかしたら今年中に抜くかもしれない。
では、米国と中国が伸びているのに、日本だけが横ばいになっているのはなぜか。どうして日本だけが取り残されているのだろうか。
日本が採り入れてきたマクロ経済政策は何の効果も生まなかった
日本が成長路線から外れた1990年代半ば、国民の金融資産は700兆円だった。今は1400兆円に達しているので、国民はこの10年で700兆円ほど積み上げてきたことになる。ところがその積み上げた分がマーケットに出てこなかった。もしマーケットに投資されていたのなら、日本も成長路線を歩み続けることができたであろう。GDPは毎年50兆円くらいずつ伸びてもおかしくはなかったのだ。
国民が持てる金を使わなかったのは、日本の将来に不安を持っているからにほかならない。つまり日本はお金がなくて成長できなかったのではなく、将来に対する不安があったために国民が身構えてしまい、その結果成長しなかったのだ。つまりは心理的な要因でお金が市場に出てこないので経済成長が止まったのである。
日本の経済政策は20世紀の使い古されたマクロ経済学を駆使して突き進んできた。金利をゼロにする、マネーサプライを過剰なくらいやって、市場をジャブジャブにする。その結果は、先ほどのGDPのグラフに表れている。つまり、マクロ経済学には何の効果もなかったのだ。
ケインズ経済学では公共工事が需要の創出には有効、とばかり、この10年くらいの間に300兆円くらいの財政投融資を行った。北海道に高速道路をつくり、全国をハコモノでコンクリート漬けにした。今、民主党は「コンクリートから人へ」と投資先をシフトすると言っているが、削るものがはっきりしない。GDPのグラフは「もはやマクロ経済学は効かない」という何よりの証拠である。
マクロ経済学者は上記のグラフで日本だけの経済成長が誰にも頼まれないのに完全に止まってしまったのは彼らが使う経済理論が完全に破綻していることを認めるべきである。また政治家はそうした古い理論を振り回してニセものの景気刺激策を繰り返してきたことを反省しなくてはいけない。亀井金融担当大臣も、金さえばらまけば景気は良くなる、などという(古巣の自民党で学んだ)亜説・俗説はメモリークリアしてもらいたい。国民が身構えたら先進国では政府がいくら鐘や太鼓で鼓舞しても経済は(すなわち消費は)上向かない、ということを肝に命ずるべきなのだ。
では、これから日本はどうしたらよいのか。かねてよりわたしの提唱する『心理経済学』(講談社)をベースに政策を考え直す必要がある。国民の将来に対する不安を取り除く形で経済政策を打ち出すことができれば、国民の金融資産は市場に出てくる。また、もし公的資金を使うなら需要のない田舎で公共工事をやって使うのではなく、民間資金が乗っかりやすい需要のある都市部を中心とするべきだ。具体的には都市再開発である。本連載「国の借金を減らすための大前プランを示そう」でも詳しく紹介したが、都市を開発することで有効需要につながり、乗数効果が出てくる。
このことを理解してないのは日本だけでなく、米国も同様だ。嘆かわしいことに米国は時代に逆行して、10年前の日本の真似をやり始めた。オバマ政権は金利をゼロにして、マーケットをお金でジャブジャブにしてしまった。テネシー峡谷大開発(TVA)よろしく公共工事などで有効需要を政府自らがつくり出すという。この結果どうなるか? 1990年代半ば以降の日本と同じ道をたどるのである。実際、先ほどのグラフを見ても米国のGDPは横ばいになってきたではないか。このままでは、米国の10年後は今の日本と同じ状態になるだろう。
そもそもゼロ金利政策そのものが良くない。銀行が努力をしなくなるからだ。銀行は、借りたお金をもとにお金を貸し出して、その利率の差で利益を上げる。ゼロ金利であれば、貸す先を無理に探す必要はない。1.5%程度の利回りがある国債を買えば、銀行は確実に利益が出せる。そのうえ、ゼロ金利という国のお墨付きがあるのだから、預かっているお金に対して金利をほとんど払わなくてもいい。こうして銀行は経営努力をしなくなる。
現に銀行は今、個人にも法人にもほとんど貸し出しをしていない。個人には傘下の消費者金融会社を通じて、法人には金融庁の審査の及ばないファンドを通じて貸し出す、という末期的症状である。大銀行はまさに郵便局と同じように集めた金を国債を買って運用する「銀行の郵貯化」が進行してしまったのである。どうして政治家や役人はこういう簡単なことがわからないのだろうか。
赤字国債をやめるのが民主党の考えではなかったのか
ここ10年間余り、日本の経済が成長していないことは、あらゆる調査、あらゆる数字が雄弁に物語っている。そこに民主党が政権を奪取して、自民党時代よりも激しいばらまきを始めようとしている。先に経済を活性化させなくてはいけないのに、民主党には経済を活性化するための政策がない。友愛、安全、安心、福祉、母子手当、子ども手当、授業料の無料化、モラトリアム、炭酸ガス排出削減などなど目白押しだが、日本は一体何でメシを食っていくのだろうか? 民主党は産業に関して一体何を考えているのだろう。
自民党がやっていた無駄な経済政策の上に、民主党がばらまきを増やしているのだから、ますます財政は悪化する。自民党の悪い伝統と民主党のマニフェストを両方とも実行しようというのだから、わたしはこれを「足し算の民主党」と呼んでいる。
政府が発表した予算の概算要求総額は、冒頭で述べた通り過去最高の95兆380億円だったわけだが、当然ながらそれだけの税収があるはずはない。藤井財務大臣は「新規国債として44兆円」と述べたが、無駄を省いて赤字国債を出さないようにするのが「税金の無駄を排す」と主張していた民主党の考えであったはずだ。
ここで一般会計税収と国債新規発行額の推移を見てみよう。
これまではだいたい50兆円程度の税収に対して、30兆円前後の赤字国債が発行されていた。小泉さんの頃には赤字国債は30兆円を超えない、ということが公約として謳われていた。ところが2009年度は不景気のあおりを受けて、税収が40兆円を割り込むことも予想される。にもかかわらず、この予算で進めようというのであれば、税収より国債発行額のほうが上回り、GDPの10%に匹敵する50兆円にもなる。これを涼しい顔をしていう政府も政府だが、マスコミ、識者も、もう少し真面目に抵抗すべきではないか?
次に国債発行額の内訳を見てみよう。
国債には財投債、借換債、新規財源債がある。40兆円云々と言っていたのは、このうちの新規財源債のことだ。借換債とは、以前から借りていた国債を返済するメドが立たないために期日が来たらそのまま借り換えするもの。こういうものを全部合わせたら、驚くべきことに国債の年間発行額は140兆円にも達する。日本という国はとんでもない額の国債を毎年発行し、遂にGDPの2倍もの累積債務を抱えるようになったのである。
ここに、先ほどの「銀行とゼロ金利の関係」が重なってくる。この巨額の国債を銀行と郵貯・簡保が買う。政府にとって銀行はありがたいお客様だ。銀行は国債を買っていれば、1.5%程度の金利がもらえる。とんでもない話である。その結果、民間企業にはお金を貸さないでも済むことになる。亀井金融担当大臣は銀行の貸し渋り・貸しはがし防止を訴えているが、銀行とゼロ金利の関係式を理解しているのだろうか。貸し出しをしなくても国債を買っていれば済むような低金利こそが銀行の機能不全を招いている、ということを理解してもらいたい。
自民党の残した2009年度の2次補正予算はすべて無視すべき
本来、民主党がやらなくてはいけないのは、自民党との違いを明確に打ち出すことだ。そして無駄を削ることである。特に問題視したいのは、自民党が最後に強行した15兆円の09年度2次補正予算だ。あれは麻生前首相が、選挙対策のために打ち出したものに過ぎず、効果は期待できない。だから15兆円すべてを取りやめにしてしかるべきものである。ところが鳩山政権が執行停止とするのは15兆円のうちの、わずか3兆円である。
しかも、この3兆円もバッサリと切ったわけではない。役人たちに中止できる事業のリストを一度出させて、それでは足りないからもう少し追加してほしいとお願いして、やっと積み上げたのがこの3兆円なのである。もう役人から小馬鹿にされているとしか言いようがない。このやりとりで民主党の前途が見えたような気がする。
これでは国民の期待に応えられるはずもないし、日本の経済と財政を立て直すことは夢のまた夢である。鳩山首相も先ほどのグラフを見て、日本の経済がこの10年間、どのように推移してきたのかをしっかりと認識してほしい。この停滞こそが、国民の怒りを買い民主党を政権に押し上げた原動力である。この長期停滞と先行き不安を拭わない限り、再び政権交代が起こることは目に見えている。
経済のパイを大きくする。再び成長軌道に乗せる。それには国民の持つ金融資産が安心して市場に出てくる(消費する)環境を作らなくてはいけない。政府が借金してまでばらまくのではなく、国民が安心して消費する環境・制度を構築しなくてはならない。大都市圏の住環境、通勤環境など刺激すればいくらでも民間資金が出てくる分野に大胆な施策を打っていかなくてはならない。民主党の言葉で言えば、基礎自治体に建築基準法などを立案する権限を委譲して各自治体が競って都市再生を行うような法整備が急務である。
国際社会から脱落していく日本経済
世界における日本の重要度は下がる一方である。中国のGDPは早ければ今年中に、遅くとも来年には日本を抜く。アメリカとG2の話し合いもすでに定期的に行う取り決めになっている。リスボン条約が発効すると来年から世界最大の国家となるEU(欧州連合)などは日本の経済を視野に入れていない。欧州のある要人は私に「日本は15年ほど前に“経済の世界地図”から忽然と消えてしまった」と言った。誰にも頼まれないのに、自ら裃(かみしも)につまずいて転(こ)けている、という指摘は最初に示したGDPのグラフを見る限り正鵠を射ている。このグラフを見て改めて「自民党最後の15年は実に重たい失政の歴史であった」と知るのである。
日本は自滅したのである。「自滅」という言葉を聞くと厳しい表現に思われる読者もあろうが、これがもっとも日本経済にふさわしい言葉だとわたしは思っている。EUから見れば、日本は間違いなくそのように映るのだろうし、実際それが日本の本当の姿である。
日本の真の姿を見ずに、日本の経済を語っていても意味はない。民主党も野党も、このGDPのグラフを頭の中に刻み込んでほしい。これを理解することで、本当の意味で日本を語ることができ、何をやってはいけないのか、何をやらなくてはいけないのか、という新しい知恵が出てくるはずだ。
2009年10月27日
大前研一の「産業突然死」時代の人生論
国際的に活躍する経営コンサルタントの大前研一氏が、先行き不透明な時代を、グローバルな視点と大胆な発想、そして豊富なデータで読み解く。
(出典:NIKKEI BPNET)
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