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長寿と性格
◆1500人を80年間追跡調査 米国研究資料「長寿と性格」◆
今まで「長生きできる方法」ばかりが議論されてきた。結論は出ていない。だからある科学者は、「長生きする生き方」を検証した。それはあらゆる常識を覆すものだった。「性格を変えれば、寿命も変わる」。
「真面目」な人ほど長生きする
人はどうすれば長生きできるのか。適度な運動が必要だ、食事は腹八分がいい、ストレスや心配事は病気を誘発する?様々な研究が繰り返されてきた。
そういった医学界の「常識」に一石を投じる、ある医学ノンフィクションがアメリカで話題になっている。その書籍のタイトルは、『The Longevity Project』。直訳すれば『長寿計画』となる。
抗加齢医学を専門とする高輪メディカルクリニックの久保明院長(東海大医学部教授)は、この本に「衝撃を受けた」という。
「これほどの長期間にわたって多くの人間を追跡調査し、彼らの性格や人生を分析した本は過去に例がない。感動すら覚えました。
この本では、人が長く健康で生きられることには、個人の性格や社会生活などが密接に関係しているという研究結果を示しているのです」
調査が始まったのは1921年。スタンフォード大学のルイス・ターマン教授が当時、10歳前後の児童1528人を対象に性格を分析。その後どのような人生を歩んでいくのか5~10年おきにインタビューを行う形式で研究を開始した。
ターマン教授の死後、カリフォルニア大学リバーサイド校特別教授のハワード・S・フリードマン博士が残された資料を基に対象者の追跡調査の継続をスタートし、ようやく今年になって、足掛け80年間にわたる研究の結果を、一般読者向けの平易な医学ノンフィクションとして発表したのだ。
前述のように『The Longevity?』は、「長寿の原因」だとされてきた幾つかの常識を、調査の結果から、ハッキリと否定している。著者であるフリードマン教授が言う。
「定期的な医療検査や適度な運動、ビタミン補給や積極的な緑色野菜の摂取?これらは、どれも、長く健康でいるための大切な要素と考えられてきたものばかりだ。ところが長寿者の中に、いわゆる健康オタクはいませんでした。それ以上に、70歳を超えて健在の高齢者には、ある共通する性格があることがわかったのです」
ではこの本で判明した「長寿向きの性格」とはどんなものなのか。そのキーワードとなるのが、「conscientious」という言葉だ。日本語に直すと「良心的」「慎重」「粘り強い」「計画性がある」といった意味となる。健康で長生きする人ほど、いわゆる「真面目」な性格を備えているというのだ。
本稿の3ページに『The Longevity?』にも掲載されている「conscientious」度を測れる自己診断テストを載せているので、ぜひ試していただきたい。
フリードマン教授は、その結果も、医学界のある常識を覆すものと主張する。
「従来、陽気で快活でポジティブな人は長生きをするケースが多く、また、声を出して笑うことは健康にいいと考えられてきました。だが、私たちの調査の結果、周囲に陽気と思われている人は、むしろ短命だということがわかった。たとえば、陽気さが売りのコメディアンは、一般の人より短命だというデータがある。それは彼らが辛い経験を押し隠すために、あえて明るくふるまったり、不健康な生活を送っている人が多いという背景があるからです。
明るく陽気な性格は不健康なライフスタイルにつながりやすく、健康リスクという点からみると、高血圧や高コレステロール並みに危険だといえるのです」
明治大学文学部心理社会学科教授の高良聖氏も、この結果に驚いたと話す。
「これまで、真面目で神経質な人は、視野が狭く、何事にも一生懸命になりすぎてしまうため、心に余裕がなくなるという見方が一般的でした。この性格はストレスを溜め込みやすいため、心筋梗塞などの病気を誘発する要因になり、長生きはできないとも言われてきた。こうした説を覆す、この本の指摘にはビックリさせられました」
「社交的な人気者」は早死にする
フリードマン教授によれば、調査対象となった1500人の3分の2が70歳以上まで生き、そのうち24人が、90歳以上となる今も健康に日常生活を送っている。
そして、70歳以上生きた対象者の幼少期における性格診断のデータを紐解くと、「陽気で面白い」「学校の人気者」と評価された人より、「親からの信頼が厚い」、「間違ったことをしない」、「ルールを守る」など、いわゆる「優等生」の印象をもたれた人間のほうが圧倒的に多かった。
本の中では、その象徴として、パトリシアという92歳まで生きた女性の性格について述べている。パトリシアが12歳のころの調査によると、彼女は両親と、小学校の教師から「思慮分別があり、読書好きのどちらかといえば控えめな少女」と評価を受けていた。それは「決してリーダーシップをとるタイプではなく、周囲の人気を得たいというタイプではない」と続く。フリードマン教授が補足する。
「彼女のように子供の頃、真面目な性格だった人は大人になってからも、私たちの質問に『ローンを組むときは慎重に考える』『やると決めたことは最後までやり遂げる』と答える。高い『conscientious』さを持っていた人物は、それをキープし続ける場合が多い」
幼少期より分別があり、目立ちたがりでもない「真面目」な人間は、成人後も堅実な生活を送っているケースが多いのだ。結果、「conscientious」度が高いほど、糖尿病や高血圧といった成人病にかかる例が少なくなっている。
また'01年の段階で、男性の70%、女性の51%が亡くなっている。故人の中でもっとも多かったのが「conscientious」指数の低い、いわゆる「真面目さに欠ける人」だった。彼らに共通するのが、「陽気」で「楽観的」との評価を幼少期に受けているということだ。それがフリードマン教授の言う「楽観主義=高コレステロール並みに危険」の根拠なのである。
「いわゆる楽観主義の人間は、『まあ大丈夫だろう』という慎重さに欠ける判断をあらゆる場面で下している。その積み重ねが、健康を害する生活習慣につながったり、不注意の交通事故を起こしたりするケースも見られた。幼少期の性格診断において『社交的な人気者』と教師らから評価された人の中には、大人になってから、人付き合いの手助けとなるアルコールやタバコが過剰摂取気味になり、早死ににつながった事例も多い」(フリードマン教授)
この見解について、ひろ内科クリニック院長の水口泰宏氏はこう推測する。
「この調査における性格診断では、『陽気で楽天的な人』という評価の中には、『いい加減』とか『無頓着』といった意味も含まれているのだと思います。
実際、私が生活指導している入院患者さんを見ても、いい加減な性格の方には、病院の指導を守らなかったり、薬を指示通りに飲まなかったりする人も結構います。当然、真面目な人ほど指導をきちんと守り、薬もちゃんと飲んでいる。このあたりに寿命の長短の差が出てしまうのかもしれませんね」
老後はのんびりは間違い
さらに本書は、労働と寿命の関係についても言及している。
仕事はあらゆる人にとって、日常生活における時間の大半を占めるものである。そのため業務上のストレスは、健康に大きく影響を及ぼすと言われてきた。仕事で神経をすり減らすより、田舎でのんびりした老後を送った方が長生きできるという考えの人は、決して少数ではないだろう。
今回の調査は、その「常識」を見事に否定している。フリードマン教授が言う。
「実は、『conscientious』以上に、長寿と密接に関係していると思われるのが、仕事上の成功なのです。社会的な評価を得続けている人は、真面目な人よりずっと長生きしていることがわかった」
その根拠のひとつとして本書が取り上げているのが、対象者の一人であり、のちにハリウッドの有名映画監督となったエドワード・ドミトリクの生きざまだ。
子供の頃、母親を亡くしたドミトリクは10代で家を出奔し各地を転々とする。映画界に入ってからも会社のメッセンジャーボーイとして安月給でこき使われるなど、散々に辛酸をなめたが、持ち前の「辛抱強さ」でじわじわとキャリアを積み重ね、ついに映画監督にまで上り詰める。
そんなドミトリクを新たな試練が襲ったのは1947年。折から全米に「赤狩り」の嵐が吹き荒れ、彼もまた共産主義シンパの一人として、非米活動委員会に出頭を命じられる。仲間の名前を明かすよう強要され、証言を拒否した彼は、連邦刑務所に収監される。離婚、失業と不幸は続き、疲弊はピークに達した。そして出所後、再度の出頭命令において仲間の名前を証言。転向した彼は、周囲から"裏切り者"のレッテルを貼られてしまう。
ドミトリクが受けたストレスがいかに大きかったかは、想像するに難くない。ところが彼は世間の非難や罵倒の嵐を受けながら、転向後、より監督業に精を出し、ハンフリー・ボガート主演の『ケイン号の叛乱』など代表作を次々と生み出した。クラーク・ゲーブルやエリザベス・テイラーなど、当時の大スターが出演する大作を撮り続け、90歳まで生きた。フリードマン教授が言う。
「私たちの調査でも、悲観的すぎる人間は短命だという結果が出ている。過度のストレスが体に悪いことも事実です。たとえば、調査対象者のなかには、幼少期、教師に叱られただけで『すべて私のせいだ』と思い込んでしまう少女がいました。そうした思考の人は、その多くが人生の上でアクシデントを抱え、キャリアにおいて成功をおさめることができなかった。
しかし、ドミトリクはそうしたストレスより、仕事で評価されることを強く望んだ。言い換えるなら、彼は常に野心や向上心を持ち続け、大変なストレスを感じるような場面でも、決して困難から逃げなかった。だからこそ、彼は長生きすることができたのです」
たとえ幼少期にストレスを抱え、長ずるに及んで仕事上の困難と直面しても、それを克服し成功を手に入れれば、それは長生きへのプラス材料になるのだ。
愛される必要はない
前出の久保院長は、仕事の成功が、結果的に寿命の長短にかかわっている事実に驚いたと言う。
「仕事で成功した人が、成功を実感していなかった人に比べて、平均で5年以上長生きしている。仕事に限らず、引退後に資格や賞を取るために努力を続けた人は、長寿を全うした。
日本の心療内科などでは、仕事上のストレス解消のために趣味をもつことがいいとされてきた。しかし、仕事上の満足を得るということは、代替のきかない健康法なのかもしれません」
調査対象の中でも、特に男性にとって、生産性のある生活を送ることは、長寿の獲得に密接な関係がある。その背景には、長生きにとって、「社会とのつながり」が大きな要素となっていることがある。
しかし、その「社交性」の質についても、「今までの俗説を打ち砕く結果になった」と、フリードマン教授は主張する。
「今までは、生きていく上で『他者から愛される感覚』が必要だと言われていました。それが、今回の結果では、愛されている実感は、寿命に直接影響することがなかった。
むしろ知人、友人が多く、定期的に会う相手がたくさんいる人ほど、つまり社交ネットワークが大きい人ほど、長生きできるということがわかったんです」
「愛されている」ことを実感できる深いつながりより、単純に人と接する機会が多ければ多いほど、いいというのだ。
この指摘について前出の高良教授が語る。
「私は心に"ゆとり"や"余裕"を持ち、自分の居場所のある人が健康で長生きすると思っているので、社会的ネットワークの広い人ほど長寿だという指摘には、我が意を得ました」
とすれば、健康で長生きするためのもっとも簡単な投資は、社交の輪を広げることなのかもしれない。
生涯独身の男性は長生きする
一方、対象者の結婚生活に目を向けると、男女において寿命に与える影響が全く違うことが明らかにされている。
「結婚という点で考えるなら、もっとも長命だったのは、一人の奥さんと生涯連れ添った男性で、その多くが70歳以上まで生き、奥さんに看取られて亡くなっています」(フリードマン教授)
この調査で次に長生きするのが意外にも生涯独身の男性。最も短命なのは離婚後、再婚をしなかった男性で、その65%以上が70歳に達する前に亡くなってしまっている。そして妻と死別した男性は、そのほとんどが数年後に息絶えた。
一方、女性に関しては男性とはまったく違う興味深い結果が出た。夫と離婚しても、あるいは夫に先立たれても、それは彼女たちの寿命にほとんど影響を与えないことがわかったのだ。
彼女たちは総じて長寿であり、むしろ夫がいなくなってからの方が生き生きと健康になったケースが目立つ。概して結婚生活の充実が男性にとって重要であるのに対し、女性には大きな影響がないのである。
フリードマン教授が解説する。
「仕事を持つ男にとって、毎日は戦いの連続ですから、結婚生活の幸せが支えになる。もともと一人の独身男性はいいのですが、愛する妻に先立たれると多くの旦那さんがガックリきて生きる意欲を失ってしまう。
結論からいうと、男性は、真面目で常に仕事に意欲を燃やし、夫婦円満で、適度に社交的であれば、もっとも長生きできるということになる。
「この本を読んで、確かにうなずける点も多い。結局は自己の評価と他者評価のギャップが小さい人ほど、長生きできるのかもしれない」(前出・久保院長)
当のフリードマン教授は、「誰かに愛されているという実感より、社会や家族から必要とされている実感の方が、人を長生きにする。哲学的に聞こえるかもしれないが、それが科学的事実なのだ」
と言う。そして、根が不真面目だったり、悲観的だったりする人でも、「性格は変えられる」とフリードマン教授は言う。
「自己診断の点が低かったからといって、諦めることはない。たとえば対象者の一人だったジェームズ氏は、子供の頃、目立ちたがり屋の人気者で、『conscientious』の指数はとても低かった。ところが、20年後の調査では、対象者の中で上位25%に入るまで高くなり、実際80歳近くまで生きました」
時間はかかる。でも人は努力によって、性格を変えていくことができるのだ。
そしてそれが、長寿への最短距離なのかもしれない。
(出典:現代ビジネス オンライン)
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