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2008年10月20日
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カテゴリ: 雑学
一般に 和菓子 は植物性の原材料を使った嗜好品と説明されています。
歴史上の人物にも 和菓子を好んでいた方が少なくありません。

今回は水戸黄門でお馴染みの「徳川光圀公」(1628~1700)をとりあげたいと思います。

水戸光圀公 はなかなかの食通だったようです。
みずから蕎麦やうどんを打ち、ラーメンも食し、
イチジクやマルメロなど外来の珍しい果物を栽培させていたようです。

また黄門様みずから饅頭をデザインしていたようです!

その記録が皇室・将軍家御用達の「 とらや
「とらや」の創業は1500年代後半 室町時代です!
まさにとらやの歴史は和菓子の歴史といっても過言ではないでしょう。

その御用記録に
元禄13年 お公家さんの中院通茂(なかのいんみちしげ)の70歳の誕生日に
「福寿」と紅で書いた 
の饅頭を100個
 とらやに注文して 進上したとあります。
きっと 70歳のお祝いにちなんで70匁の饅頭をつくらせたのでしょう。
みすから蕎麦やうどんを打つ 光圀公らしい凝った注文ですね。

現在の饅頭は普通で一つ50gほどですので、260gの饅頭が100個というのは
びっくりする位のスケールです。
江戸時代の饅頭が約150gでいまの三倍だとしても、


これは 当時の当たり前なのでしょうか。
光圀公のスケールなのでしょうか。

こういう知識があると水戸黄門を見る目がかわってきますよね。
是非 番組の中でも黄門様の蕎麦うちシーンを取り入れて頂きたいです。






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最終更新日  2008年10月21日 00時06分17秒
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