三人が息を呑んで見守る中、
3階からひとり降りてきた左片ちゃん。
ひどくさみしそうな瞳で我々三人を見つめて一言。
「着替えられなかった...」
ここでちょっと説明しよう。
お客さんのところで仕事をし、予定より早く作業が終わって
さぁ帰ろうという時、
左片ちゃんを除く 我々三名
(一升瓶・新河・丸ちゃん)は
作業の後片付けを行い、その後各自 着替えをする時間があった
のだが
左片ちゃんのみ
、お客さんへ今日の仕事の内容と
明日の大まかな予定を打合せしていた為に
着替えることが出来ず、作業服のままで投宿
という事になったのだ。
「今着替えてもフロに入れば又着るんだから、このまま行っちゃおう...」
と、思ったのだろう。いや、 ビジネスホテル
であればこの判断は正しいし
かえって効率的ですらある。
ところが今回の宿はビジネスホテルではなく 料理旅館
であり、
更に 温泉旅館でもない
ために、 フロは女将が湯を沸かさないと入れない
という
まぁよくよく考えればアタリマエだけど、一般のビジネスマンにとっては
アタリマエ...じゃなくて イガイネ!
な状態になってしまったのだ。
で、
左片ちゃんを案内したおかみさんは彼の部屋のみを案内し、
そのでっかい部屋(宴会場を除く全ての客室で、一番広い部屋)
に敷かれた4つの布団のうち、三つをたたみ始めた。
左片ちゃんはこの部屋で着替えたかったらしいのだが、
この部屋に到る迄のおかみさんの様子から、
この状況下で服を脱ぐのはあまりにも危険すぎる
と判断したのだ。
注)実際の女将さんはそんなひとではありません。これは左片ちゃんの思い込みです。多分w
「いいや、僕このままご飯食べに行きます」
すっかりしょぼんな感じの左片ちゃん。
今回の仕事も左片ちゃんの段取りのよさと機敏な働きによって
予定時間を大幅に短縮することが出来たのであり、
そう言った意味においてはまさに 勲一等
であるのにこの しおれっぷりw
こんな時は 飲むに限る!
と言うことで気分一新で飲み&喰いに向かう。
おかみさんの粋な計らいで、宿のご主人に今夜の宴の場、すし政まで車で送ってもらう。
道中、 新河
が後部座席の我々三人に説明し始める。
ふーん、なるほど。そういえばおかみさんも準備が終わったらココに来るって行ってたっけ。
地元のひとが勧めるんだから間違いは無いだろう。それは確実だ。
しかし気になる点もある。それは 値段
だ。
コッチは 赤貧の企業内廃人
であり、後の三人はそれぞれ 独身とディンクス
。
既に敗色(何の?)濃厚ではないか...
俺は新河に恐る恐る聞いてみた。
オイオイホンマカイナ。地物の新鮮な魚介類をたらふく食べて十分酔っ払い、
しかも三千円でナントカなるなんてスバラシイ。サスガだぜ新河ちゃん!
って褒めてやろうと思ったらアッサリ到着。
宿のご主人に礼をいい、暖簾をくぐる。
板さんといっても多分40歳まで行っていないだろう。色の白いマジメそうな板さんだ。
奥さんもまだ若い。いかにもおすし屋さんの奥さんといった純日本風の美人だ。
この三人の会話を聞いていると、新河のヤツ、相当この店に通ったと見える。
まだ新入社員だった新河が通えたんだから、値段的には相当リーズナブルなんだろう。
板さんの問い掛けに新河が我々に向かって低く言った。
板さんに向いてた顔をくるりとコチラに向けて、新河が言い放つ。
えー もずく酢
ってよくスーパーで売ってるあの カップのぬるぬる
だろう?
どこで喰ってもぬるぬるなんじゃねーの?
参考例:よくスーパーで売ってるもずく
ぬるぬるぬる...
などとぼんやりしてたら大生(言うまでも無く生ビールの大ジョッキね)
がどんとでてきた。
お互いジョッキをカチンと合わせ、あとはグビグビと喉に流し込む。
お客さんの所では作業場内は飲食厳禁だったので、みんなのどカラカラ。
すっかり水気がなくなっていた体内に、キンと冷えたビールがものすごい勢いで染込んでいく...
そこに出てきました もずく酢
。しかし俺の知るもずく酢とはだいぶ様子が違う。
まず一本一本のもずくが太い。またスーパー等で売っているソレと違い、
ピーンとまっすぐになっている。あの糸こんにゃくのようなだらしない姿ではないのだ。
わりばしでつまんで口に運ぶ。一口食べて仰天した。
違う。
たまにスーパーで買ってくるもずく酢とは全く別物だ。
シャキシャキとした歯ごたえ。濃厚な磯の香り。そしてほどよい上品な甘さ...
続いて カニのすり身揚げ
。カニの身をすって丸め、油で揚げたもの。
(っていうとなんだか手抜き料理みたいに聞こえるなw)
アツアツの揚げたてを口の中に放り込む。これがまたウマいんだなw
外側は油で揚げたことにより、カニ本来のこうばしさとカニのもつ香りが
バン!と出ている。中はすり身のほっくりとした食感とカニの身そのものがもつ
自然の甘み。外はカリッと香ばしく中はほっくりの二重奏。 もはや芸術品
。
このあと刺身や煮付け、寿司と4人で食いまくり、酒の類もビールから 日本酒
へとスイッチ。
大方の作業を終えてたという充実感と開放感で、 飲み食いが止まらない状態
に。
その後、宿のおかみさんとご主人も合流。にぎやか、そして陽気に宴は進んでいく。
(ホントは新河からキャバクラ嬢のハナシを聞き出そうと思っていたがよっぱらって忘れたw)
全員もう 食えない状態まで食い
、 飲めない所まで飲んで
店を出た。
外に出るとサスガに北陸。山から吹き降ろしてくるのか、火照った頬に
ひんやりとした風が心地イイ。
時計を見ると既に11時過ぎ。本厚木あたりでは酒客の喧騒で賑わいを見せている時間だが
この泊宿ではまるで深夜かと見紛うばかりの様相で、しぃーーーんと静まり返っている。
泊の夜景
...って、こーゆーのは夜景って言わんだろw
この地区は昔は宿場町、近代に至っては紡績の町として
大変な賑わいだったのだが、紡績産業の衰退と、生産拠点を
海外に移した結果、このようなゴーストタウンのようになってしまったのだ。
ふと 羽田空港で見た妙な夢
のイメージと重なる。
この何一つ動かない風景と、ひんやりとした空気。
何か感慨深いものを感じた。
コンビニによってから宿に帰る。
酔いでフラつきながら30分以上もテクテクと歩く。
道中、新河が丸ちゃんに向かって妙なおねだりをする。
アニキさえ篭絡すればかわいい妹が手に入ると考えている時点で
新河の××加減がわかるというものだ。
場をわきまえない新河の声が、静寂に包まれた泊宿に響き渡る。
あの日、うるさくしてたのは俺達です。ごめんなさい。
一足先に秋を感じさせる、泊宿の夜だった。
翌日の朝
瓶「おー昨日の食事代、清算してなかったな。ひとりいくら?」
↓
や、やってもうた...orz
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