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2006.11.28
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テーマ: 庭の植物(283)
カテゴリ: 植物(木本)


 我が家の庭には、紅葉、或いは、黄葉する木が少なく、また、今頃花の着く木も無いので晩秋は寂しい。しかし、そんな中で1本の柿の木の葉だけが橙色に輝いている。

 我が家の庭はごく狭いにも拘わらず、柿の木が3本もある。その3本とも品種が異なり、先日紹介した次郎柿の他は、善寺丸、百目柿という昔の品種で、かつて庭が広かった頃に植わっていたのを、兄が懐かしがって何処からか探してきて植えたものである。



 善寺丸はこの辺りに昔からあった柿で、小田急線沿いの地名(駅名でもある)「柿生」の由来は、この善寺丸が沢山植わっていたことによるとのこと。実際、私が子供の頃の生田や柿生は今とは全く異なり、雑木の生えた人家のない丘陵地帯が延々と続き、その間の低地に水田と農家があって、農家の庭には柿の実が沢山なっていたのを憶えている。



 昔話はさておき、我が家の善寺丸は未だ木が小さくてよく実が着かないから、今回は葉だけを紹介する。


柿の葉(善寺丸)1
柿の葉(善寺丸)(2006/11/18)



 私の理解するところに拠れば、柿の葉が紅葉するときには1枚の葉の中に赤い部分やまだ緑色の部分、或いは、濃い褐色に変色した部分などがあって、全体として渋い色具合になる筈なのだが、この善寺丸の葉は全体が均一に橙色である。

 百目柿の方は、紅葉しないでもう落ち始めているし、次郎柿の葉はまだ緑色のまま。同じ柿でも、紅葉の仕方が随分異なる。

柿の葉(善寺丸)2
柿の葉(善寺丸).まだ緑色がごく僅か残っている(2006/11/18)



 しかし、考えてみればカエデやモミジでも品種により紅葉の仕方が異なるし、ケヤキにも同じ種なのに紅葉するのと黄葉するのがある。カロチノイドやアントシアニンの合成系に何か違いがあるのだろう。色素の生合成は多くの酵素反応の連鎖によるので、それらの酵素の内の1つにでも異常が生じれば、連鎖が途中で止まってしまい、結果として色が異なったり、無色(花などの場合は白色)になったりする。


柿の葉(善寺丸)3
柿の葉(善寺丸)(2006/11/21)



 善寺丸の葉も、もう殆ど落ちてしまった。いよいよ苦手な冬が始まる。







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最終更新日  2006.11.28 09:42:45
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紅葉  
Kenpapa  さん
モミジも奇麗ですが、柿も、こんなに奇麗になるんですね。
私の実家の庭にも、かつて柿の木が1本ありましたが、なんという種類の柿なのかも知らないし、こんなに奇麗な葉はついてませんでしたね。

昔の柿生近辺の山々は、柿の葉で色づいていたんでしょうね。 (2006.11.28 13:15:25)

Re:紅葉(11/28)  
Kenpapaさん
>昔の柿生近辺の山々は、柿の葉で色づいていたんでしょうね。
-----
丘陵地帯は二次遷移林か薪炭林で、善寺丸は農家の庭先だけに植えられていました。
なお、この辺りの本来の植生の極相は、シイやシラカシだそうで、落葉広葉樹ではありません。
野川に沿った国分寺崖線付近に生えているコナラ、クヌギ、イヌシデなどは、ずっと昔(江戸時代以前)にシイやカシが切られた後、薪炭用に人工的に植えられたもので、現在ではそれが半野生化して一見天然林の様になったとされています。
(2006.11.29 12:04:06)

Re:柿の葉(紅葉:善寺丸)(11/28)  
尾張アキ  さん
王禅寺の禅寺丸柿と聞いた事があります。間違っているかもしれませんが。 (2006.11.29 16:14:38)

Re[1]:柿の葉(紅葉:善寺丸)(11/28)  
尾張アキさん
>王禅寺の禅寺丸柿と聞いた事があります。
-----
川崎市教育委員会のホームページの中に次のような記載がありました。
http://www.city.kawasaki.jp/88/88bunka/home/top/stop/dokuhon/t0712.htm

 王禅寺は、星宿山華厳院王禅寺と称する真言宗豊山(ぶざん)派の寺院です。慶安3年(1650)に王禅寺僧快尊が書いた「聖観世音菩薩略縁起」によると、王禅寺は孝謙天皇(718~770)の勅命によって某大徳が武蔵国都筑(つづき)郡二本松で発見した銅造聖観世音像を当地に祀ったのにはじまるとされている古刹です。中世には禅・律・真言の三宗兼学の道場として栄え、関東の高野山と呼ばれていました。また、戦国時代には後北条氏によって都筑郡麻生(あさお)郷に30貫文の寺領が安堵(あんど)されています。
 本堂前の庭には柿生(かきお)の地名のおこりとなったといわれている禅寺丸柿の原木(かながわの名木100選)が保存されており、次のような伝説が伝わっています。
 建保2年(1214)に王禅寺を中興した等海上人が寺再建のための用材を探しに山中深くわけていったとき、赤い実をつけた甘柿をみつけ、これを境内に移植する一方、間食用に村人にも栽培を奨励したため、この地で柿の栽培が盛んになったということです。江戸時代には江戸の市場へ出荷し、年間100両ほどの売上となり、村人の貴重な収入源となっていました。
 禅寺丸柿の原木の傍らには、王禅寺の自然を愛して度々訪れて、昭和10年に『王禅寺に想う』を執筆している北原白秋(1885~1942)の句碑が建立されています。この句碑は、昭和42年(1967)11月2日に白秋の門人「白菊会」の人々によって建立されたもので、白秋の自筆による「柿生」の句が刻まれています。
(2006.11.30 09:09:37)

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