(3)

kasa
(3)

 彼の家に着くと、そこには思いがけずK君がいた。
 私は卒業以来、初めてK君に会った。
 彼が、力なく不安げな笑顔で
「うっどちゃんに、この場におって欲しくてな」
と言った。
 私はK君との間に流れる、少し気まずい雰囲気を感じていた。
「・・・久しぶりやね」
「・・・ああ、うん。せやな。」
 K君は明らかに不機嫌だった。

 私からすると、元カレと今好きな人。
 私だっていい気はしない。
 K君からすると、仲の良い友達とあまり会いたくない元カノ。
 機嫌が悪くなるのは当然か・・・。

「うっどちゃん、オレ、今日はKに本当のことを言おうと思ってんねん。だから、うっどちゃんにこの場におって欲しかった。オレがいろいろ相談させてもらってて、事情を良く知ってるし、冷静に見れる第三者がいないと、オレ自分自身が怖かったから」
 彼はそう切り出した。

 ――でも、間違ってるよ。
 ――私は冷静にこの場にいることなどできない。

 だけど、私はその言葉を胸の奥に押し込んで、黙って小さくうなずいた。
 Kは、面倒くさそうな顔をして、テーブルの一点を見つめていた。

 そして、彼は話しはじめた。

「オレ、お前の劇団の芝居を手伝って、Kと話をするようになってから、なんだか変な感覚になることがあって、はじめはKのパーソナリティ・パワーでそうなるのかと思って、それで、うっどちゃんにいろいろ話を聞いてもらったり、Kのこと教えてもらおうって思ったりしたんや。
 でも、違うって最近気がついた。オレ、Kが言う言葉とか、何度も何度も考えたりしてしまうんや。お前がうちに遊びに来たりすると、またいつか来るんかなぁとか、思ってしまう。終電の時間が来ると、そろそろ来るんかなぁとか、今日は来んかったとか、、、、オレ、そんなん考えている自分が嫌で嫌でたまらんかった。絶対嘘やって思いたかったし、自分で認めるのが怖かった。でも、認めんなしゃーないって思った。オレ、お前の夢を見た。お前と一緒に布団に入って、抱き合って眠る夢やねん。なんか、小さい頃にお母さんと一緒に寝ているような、すごい安心して満たされた感じの夢やった。その夢を見て目が覚めて、認めなしゃーないって思ったんや。・・・なんか、オレ、お前のことを好きになってしまったみたいなんや・・・」

 聞いているのがつらかった。
 これまで、彼と電話で何時間も話してきたけど、そのときのことが、走馬灯のようにぐるぐると私の頭の中を駆け巡った。
 彼が、K君を好きだと認めた日、受話器越しに泣いていた彼の声を思い出した。ふるえたため息も、鼻をすする音も、真夜中で真っ暗な窓から、ぼんやりと入ってきていた街灯の光も、私が流した涙のことも。

 長い沈黙が流れた。
 彼は、次に何を言いたいのか?
 どうしたいのか、自分でもわからんと言っていた、その彼が、この続きをどのように選ぼうとしているのか?

 沈黙を破ったのはK君だった。
「それで?」
 冷静な声で、相変わらずテーブルの一点を見つめ、当たり前の話を聞いたような顔に見えた。K君は、やっぱり彼の気持ちに気づいていたんだと、この時私は確信した。
 そして、いきなり彼はKに向き直り、突き飛ばすような言葉の勢いで、こう告げた。

「もう二度と、うちに来んといて欲しいんや」

 この言葉を、彼がどんなつらさで口に出したのか、私にはわからなかった。これまで、ずっと話を聞いてきて、彼が本当に求めているのは、こういう答えじゃないとわかっていた。それでも敢えて、幕をひこうとする彼が、私には逃げているように思えてしまった。

「ちょっと待ってよ、それでいいの?そんな答えを出したかったの?今、ここまで話すことができて、ここまで聞いてもらうことができたのに、あなたが本当に思っていることをぶつけないで、どうすんの?」

 私がそういうと、K君がニヤリと笑い初めて私の顔を見た。
「あんたも変わってないね。ここで、そんな正論ぶったってどうしようもないでしょ」
そして
「わかったよ。じゃあ、もう来ない。それでいいんだろ。」
とぶっきらぼうに彼に言った。
 彼は動かなかった。

 帰り際、K君は独り言のように、
「なんか、追い出されるみたいやな」
と言って、思いつめたような、切ない表情で私を見た。
 K君と私が同棲していた家を、K君が出て行くときに言った言葉と同じだった。
 これまでのことを、K君がどんな風に受けとめているのか、手がかりがなくて量りかねていた私は、K君もまた、自分の安らげる居場所を一つなくしたのだと、この時初めて気づいた。


 K君が出て行って扉が閉まるまで、彼は動かなかった。
 扉が完全に閉まってしまうと、彼は台所へ行き、暖かいお茶を入れてくれた。
 黙って二人でお茶を飲んだ。
 彼がポツリと
「もうすぐ年が変わるしな」
と言った。
 その日は、12月30日だった。


 彼の家に泊めてもらって、翌日。
 彼は、実家に帰る予定になっていた。
 毎年お正月には、行きつけの温泉に家族ででかけるのだそうだ。
 彼が、かばんに荷物をつめる間、私はテーブルでぼーっと前の晩のことを思い出していた。彼がもし、K君につき合ってくれと言っていたら、どうなっていたんだろう。きっとK君は彼の気持ちに気づいていたはずだから、それなりにうまく行っていたかもしれない。でも、何故彼はそれを言わなかったんだろうか?男を好きになるような自分は、幸せになる資格がない・・・なんて考えたんだろうか?そんなこと考えてたら、私、彼のことをひっぱたいてやる。
 そう思っていたら、まるで私のココロを見透かしたように、彼が言った。

「Kには好きな娘がおんねん。そうは言わんけど、なんとなくわかる。Kは、同じ劇団の○ちゃんが好きやねん」

 ニヤリと笑ったK君の顔が頭に浮かんだ。
 そうか、このことだったんだ。
 ・・・でも、って言うことは、K君はこうなることを予測していたということになる。
「やっぱりK君は私にはわからん。」
 ココロの中で言ったつもりだったけど、口をついて、声になっていた。
「オレもそう思う。だから、オレもうっどちゃんも、結局Kのことを受けとめる港にはなられへんってことや。」
 彼が淡々と言った。

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 荷物の準備ができた。
 彼の家から最寄の駅まで歩いていく。彼が実家に帰るのと、私が自宅へ帰るのとは、途中まで同じ電車だ。

 家から出て、鍵を閉めようと取っ手を見ると、コンビニの袋がかかっていた。中には、2本のお茶と「ごめんね。ありがとう」と書かれたメモが入っていた。

 たぶん、K君がここに戻って来たときには、このお茶は暖かかっただろう。K君が出て行った扉が閉まった後で、彼が入れてくれたお茶の記憶と重なって、胸が切なくなった。
 私たちが、それぞれの思いで黙り込んでお茶を飲んでいたとき、K君は寒空の下で暖かいお茶を3本買い、2本をここに置いて、遠い道のりを歩いて帰っていったのだ。帰り際のK君の思いつめた表情を思い出して、どれほどK君がこの扉を開けたかったかと思うと、やりきれない思いで一杯になった。
 K君は、そういう、何とも不器用な人だった。
 彼は複雑な顔でそれを見ると、
「追い出されたヤツが、こんなことすんなよなぁ」
と言い、お茶を一本私に投げてよこした。
 そして、まるで初めて私を見たような顔をして、
「こうやってると、俺たち夫婦みたいに見えるかなぁ」
とおどけて見せた。

 途中まで同じ電車で行き、別々に分かれる乗換駅に来たとき、彼は私に、
「うっどちゃん、手を出して」
と言った。
「え?」
「いいから手を出して」
 恐る恐る手を出すと、その手を大きく包み込むように、大げさに手を握り返してきた。
 とてもしっかりした握手を交わし、私の顔を覗き込むように真正面から見つめて、
「ありがとう。本当に、ありがとう。」
と言った。
 私は涙が出そうで、曖昧な笑顔しか返せなかった。

「じゃ、良いお年を」
お互いに手を振って、別れた。
 彼はもう一度私の方へ振り返り、
「来年は絶対いい年にするからなー!」
と叫んだ。
 やっと普通の笑顔ができるようになって、私も手を振りかえした。



(4) へつづく



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