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3
黒いスーツの襟の中の白いブラウスの胸元からときおり見えるmiffyの胸の谷間は最高に
白くてそして最高の形をした中身を想像させたが、オレはそれどころではなかった。
アダルトビデオの仕事をしたことがあると、たった今衝撃の告白したmiffyをどう扱って
いいのかわからなかった。飲み足りないからといって彼女をバーへ誘うことに成功したと
しても、もしアダルトビデオの撮影現場の話になったらオレは、どんな顔をして聞いたら
いいのだろう。宴会の最中にmiffyが見せてくれた名刺には、名の通った商社の名前と
「企画営業部」という肩書きが刷り込まれていて「これでも営業の仕事やってんだから」
と得意げに話していた。
アダルトビデオという反社会的な部分とは対局のところに位置していなければならないは
ずの彼女がかつてAV女優だったということをオレは告白されたが、それがオレや彼女自
身にとってどんな意味を持っているのかオレにはさっぱりわからなかった。
だからオレと彼女を乗せた山手線が池袋駅へ到着したときも、オレの意識は内へ内へとこ
もってしまい、告白のあとも彼女と会話を交わしてはいたがよく覚えていない。
最初からmiffyを口説く気なんてこれっぽっちもなかったような顔をしてオレはさわやかに、
「今日は楽しかったよありがとう。じゃ、明日も仕事がんばって。」といって別れを告げた。
miffyはアダルトビデオの告白をしたことなどもう忘れたように、
「うん。じゃあまたチャット行く。オフ会、楽しみだね」と西武線のホームへ向かっていった。
彼女の黒いスーツの後姿を見送っているときオレは、やっぱりこれ以上キレイな足の形は見た
ことないよな、とつくづく思った。
家へ帰る途中にレンタルビデオ屋へ立ち寄ったオレは、アダルトビデオコーナーへ行き、
miffyに似た顔立ちの女優のパッケージを探した。女優のような顔立ちのmiffyを探した。
もし本当にアダルトビデオのパッケージに写っているmiffyを見つけてしまったときの
オレのショックは計り知れないがしかしそれでもオレは、午前1時になろうとしてる
レンタルビデオ屋のアダルトコーナーで、必死になってmiffyのパッケージを探した。
オレは何をしようとしているのだろうか。男優に犯されて喜んで悲鳴をあげてるmiffyを
観て興奮して勃起してオナニーをしてしまうのだろうか。1回通して観て3回ぐらい抜いて、
巻き戻してまた気に入った部分へ早送りしてまたmiffyで抜いてしまうだろう。最低だ。
しかしmiffy主演のビデオは見つからなかった。2件目のビデオ屋でも見つからなかった。
オレは少し安心したが、急激に自己嫌悪と無気力感が襲ってきた。
部屋へ帰りネクタイだけ外し、ベッドに寝転がったまま動けずにいると、
いつの間にか眠ってしまっていた。
■16
翌日またチャットに繋ぐとStussyはすでに入室していて「おつかれ!昨日は楽しかったね!」
とあいかわらず陽気な口調で話しかけてくれた。オレは「うすおつかれ。miffyめちゃくちゃ
キレイだったよな」と応えた。お互いの印象や昨日の宴会の回想をしながらしばらく経った
ときmiffyが入室して「昨日はおつかれさま。楽しかったよ!」と労った。
Stussyはいつも通りすばやく「おっすmiffy!」と喜んだ。オレは内心複雑で、もしmiffyの
ビデオが見つかったときのオレの行為が頭をよぎり、彼女に後ろめたい気持ちになった。
どう対応したものか一瞬悩んだが、miffyはいつも通りだったし、今度はチャットと実物が
うまくシンクロして新鮮だったこともあって会話はいつになく盛り上がっていたから、
つまらないことを気にしているのはオレだけだと感じた。自分だけ悩むのもバカバカしく
なってきたから、もう昨日のmiffyのあの話は忘れることにした。実際には本当に忘れられる
はずはないから、振舞い方によって対外的に忘れたように思わせることが「忘れることにする」
という言葉の真相だ。
minaも入室してきて、オレやStussyやmiffyが会った時の印象や宴会のエピソードをminaに
話すと「ずるいよ東京だけ先に会うなんて」とか「なんかオフ会いきたくなくなってきた」
などと機嫌悪そうに応えたがこれは彼女のいつものポーズで本当にへそを曲げているわけでは
ないことは、このサイトの全員が知っていた。
この日、すなわちオレとともやとStussyとmiffyが初めて会った日の翌日、サイトにともやは
現れなかった。
全国オフにさきがけて東京組が会ったことでオフ会の信頼性は格段に高まり話は一気に現実
味を帯びてきた。参加表明は相次ぎ、メールや電話番号の交換による参加メンバー同士の親
密も深まっていった。サイトには、このオフ開催を快く思わない者による批判や中傷や荒し
行為が蔓延したが、心ない書き込みにStussyはマジギレし、オレは見下したような口調で彼
ら「荒し」をからかった。他のメンバーそろって毅然とした姿勢で立ち向かい、心無い奴ら
の書き込みは、オフ開催にとってマイナスになるどころか、参加者の集団に「団結」という
プラス側のベクトルを植え付ける結果となってしまった。
全国オフ開催まで残りの日にちがあとわずかとなったころ、ふとともやが、
「なあおっさんよ、ちょっと相談したいことがあるんだけどさ」といってオレをチャット室
へ誘ってきた。オレの返事を待たずにともやが先に入室しオレも無言で続いた。
「なんだよ、急に参加できないとかゆうなよな。おまえは絶対参加だからな。」
ともやの相談がオフ会参加キャンセルの話だと勝手に思いオレが先にそう牽制するとともやは、
「ちげーよ。オフはちゃんと行くよ」と答えた。
「じゃあなんだよ。」
「実はさ、miffyのことなんだけどさ」
オレは一瞬固まった。miffyのビデオを発見してしまったのだろうか。沈黙した。
「miffyが好きなんだよ。どうしたらいい?」
沈黙を破ってともやがいった。
「どうしたらって、どうにかしたいのかよ。」
ビデオの話ではないことに安心した。しかし、
「わかんねえよ。オフ会近づいてるしさ、今のうちにコクったほうがいいかな?」
オレはまた複雑な問題を抱えてしまった。
■17
いつも関西弁でチャットするfu-koが、誰か知らない男と話しているときにメールアドレスを
交換している現場に遭遇した。「ほんま?」「そんなんイヤやん」などの関西弁が非常に
新鮮だったことからオレはfu-koに興味を持ち始めていた。しかしfu-koはあまりオフ会の
話に参加しなかったしそれに彼女と話したがる奴は多くいて、いままで接点はなかった。
しかしラウンジでメールアドレスを公開するということは、不特定多数からもウエルカムだと
判断したオレは彼女にメールを出した。「おす。アドレス書いてあったから出してみた。オフ
には来ないの?」といった内容の短い文面だったが、すぐに返事が来た。
「いやぁ~ん、9696はんからメール来るなんてめっっちゃうれしいわ。ごめんなぁ、オフ会
ある日は、彼氏と大島いく予定あるねん。せやからいかれへん。でも、めっちゃ焼けてくるで」
声が聞こえてきそうな文面だった。それからというもの、関西弁のメールが楽しくてオレは
しばらく、1日に何度もfu-koとメールを交換した。
ともやとデートをしたと、miffyがチャットで話してきた。miffyが好きだと言ったともやに、
「とりあえずデートにでも誘って感触をつかめ。コクるのは、そういうステップを踏んだ後だ。」
というアドバイスをした。本当に誘ってしまったらしい。
「ディズニーランド行ってきた。楽しかったよ。彼、若いよねー」 miffyは話した。
「若い」という言葉の意味が、本当に若くて元気で体力があって無邪気な様子を賞賛している
のかあるいは、言葉や身のこなしや財布の中身がまだ幼稚なことを指す「若い」なのかはよく
わからなかった。「で、どうだった訳よ。」「・・・ちゃんとお家へ帰りました。(笑)」
ともや残念。いやいや、彼に同情してどうする。
誰かと朝食の話になったときオレは納豆が好きで毎日納豆でもかまわないし大粒かひきわり
かと問われたら大粒だけれどもひきわりでも全然かまわない納豆は最高の朝食だなんてこ
とを話していたら、あくび というハンドルネームの女から「オハヨウ、納豆セイジン!」という
メールが来ておもわず大笑いしそうになった。
あくびは結婚も仕事もしている26歳で、オレのことをいつも「おいクロスケ!」と呼ぶ。
旦那の話になったとき、「カプってしてあげなくていいのか?」というと、「かぷってすると、
おえってなっちゃうぢゃないかぁ」といった。同意を求められても、オレは「カプっ」ってしたこと
がないからわからない。
「行ってもいいけど、させてあげないよ?」といってあくびは、オフの参加表明をした。
「きょおう は あまり ひとがい ないみ たいだ さ みしいよっ っっ」
誘拐犯のような妙な区切り方の文を書く「えへへ」というふざけた名前のハンドルは、「あはは」
という控えめなキャラのハンドルと同じ学校へ通っている。この2人に関する情報はそれだけ
しかなくて、男か女かも、学校が大学なのか高校なのかも、誰も知らなかった。
「おまえ あたま おかしい よえへへ」 「うわあ あああ ああ たいへん だじゅぎょう におく れるっ」
猟奇的ですらあるこのとりわけ「えへへ」の書き込みは、周囲の反感を買い攻撃を浴びた。
しかしながら「いじ めるなよ かな しいよ」などと言いながらも「えへへ」と「あはは」は毎日サイト
に顔を出し、その気味の悪い文体はサイト中に知れ渡ることになった。
まずminaがこの2人に興味を持ち質問攻めにした。そしてついに住んでいる場所を聞きだした。
minaと同じ愛知だったことからますます2人に興味を持ち、オフ会への参加を促した。
当初こそ断り続けていたが、次第にminaの説得に耳を傾けるようになり、ちょうど東京に住んで
いるじいちゃんちへ遊びに行く予定があったことから結局、参加の意思を固めていったのだった。
■18
愛知から「えへへ」と「あはは」ともう一人のとりまきを連れてくることになったminaがある日、
「男の人ってさ、何考えてるか全然わかんないよ。」と珍しく弱気な発言をした。
何か悩んでいる。何か話したがっている。何か言葉を欲しがってる。
オレが、「人の考えてることがわかったら、そりゃたいしたもんだよ。」と軽くスウェイしても、
「なんだよ、人が真面目な話してるのにちゃんと聞けよ」といってつっかかってきた。
オレは彼女をチャットルームへ誘った。
「今の仕事辞めるかも」
「どうしたよ。これからはマルチメディアの時代なんだろ?」
「うるさいばか。仕事はいいんだけど、人間関係に疲れたよ」
「セクハラ上司でもいるのかよ。」
「近いものがあるかも」
「訴えてやれ。訴えてやるーっ!きー!っていえ。」
「あはは、いいねそれ。・・あのね、わたし会社の人と、不倫してた」
まただ。オレはしょっちゅうこんな相談ばかり受けてる気がする。
「なんでカタコトなんだよ。」
「カタコト?そんなことないよ。」
minaはおそらく今緊張状態になっていて、余裕がない。オレの冗談にも真面目な返答をした。
「で、それで会社辞めるのかよ。」
「もう駄目かもしれない。駄目なのは最初からわかってたけど、でもずっと続いちゃってて、
別れたりしたらやっぱり会社に居づらくなるし、なんかね、もう、疲れたんだよ」
一気にタイプされた文字列からminaの心境を推理するのに時間がかかってしまい、結果
として沈黙が生まれてしまった。
「なんかいえよ」
minaが沈黙に耐え切れずいった。彼女が欲しがっているのは言葉だ。何でもいいから、言葉
を欲しがっている。癒すような言葉でも、心をかき乱すような言葉でも、なんでもいい。
「トイレぐらいいかせろよ。会社辞めて東京こい。マルチメディアの会社にはことかかない。」
オレはずっとモニターの前にいたが、沈黙をトイレのせいにして話しはじめた。
「マルチメディアはもういいよ。ありがとう。泣きそうだよ」
と言った後もminaはしばらく恋愛感や幸福論について話をしたがっていた。
オレは、価値観とかバランスシートとか快楽とかデフレスパイラルとか役割分業とかリスク
ヘッジとかいう言葉を使って、だいぶ遅くまで恋愛について語った。
■19
オフ参加者は30名にものぼり、その過半数は東京へのアクセスが便利な地域からの参加で、
そして多くは夏休み中の学生だった。
オレは愛知からやってくるminaたちを迎える役目を請け負った。
「東京タワー登りたい」
せっかく東京へ遊びに来るのだから観光案内でもしてやろうと思い、どこへ行きたいか訊ねた。
するとminaはお台場でも銀座でも渋谷でもなく、東京タワーと答えた。
「べたべただな。もっとこう、買い物したいとかなんとかないのかよ。」
「いいじゃん東京タワー。1度も登ったことないし」
そういえばオレも子どものころに一度しか登ったことがない。展望室に「東京タワー水族館」
があった。ごく普通の大きさの水槽の中に、苔にまみれたナマズが一匹いるだけで水族館を
うたっているシュールなふてぶてしさに、子どもながら大笑いした記憶がある。あの水族館は
まだあるのだろうか。ナマズのことを思い出したオレは、また東京タワーに登ってみるのも悪くは
ないなと思った。
「今名古屋駅。みんなと会ったよ。」
午前11時過ぎ、minaからの電話で目覚めた。ケータイの向こうでは、駅員によるアナウンスや
電子的な音階が騒々しくなっていて、ときおり声が聞き取れなくて、「え?」とか「もしもし?」を間に
はさんだ非常にぎこちない会話になった。しかし、お互いにいよいよ今日会える、という緊張感で、
うまく話す言葉を見つけられずにもいたし、オレは寝起きだったから、いずれにしてもスムーズに
は会話を交わせなかっただろう。
「えへへに換われよ。」
「え?なに聞こえない」
「えへへに、換わってって。」
「・・・えへへ嫌だって」
「そうか。じゃあ気をつけて。」
「うん、ちゃんと来てよ」
「うん」
東京駅の中央乗り換え口まで迎えに行くにはまだ時間があったから、電話を切った後に、もう
少しだけ眠ろうと思って目を閉じたが眠れなかった。少し興奮していたからだ。昨夜のチャット
サイトは、オフを翌日に控えて異様な盛り上がり方をした。オレはビールを飲みながら、デタラメ
な文字列を明け方近くまで打ち込み続けていた。パソコンの隣のカウンターテーブルには、
ビールの空き缶が10本以上並んでいた。Stussyとビールの量を競い合い、彼が「今8本目!」
といったところまでは覚えているが、結局どっちが勝ったのかはわからない。
やかんでお湯をわかしインスタントコーヒーをいれた。ネバネバした口の中を、苦くて黒いだけの
液体でゆっくりと洗浄してゆく。妙なところに置いたままになっているライターをようやく探しだし、
不器用そうにタバコに火をつける。夏の強い日差しは容赦なく部屋に侵入してくる。エアコンの
温度を上げる。30分かけて朝の儀式を終えて鏡の前に立つ。まだ眠そうな顔をしているオレ。
いつもより前髪を少し気にして、入念に髭をあたった。新しいTシャツを着て、出かける。
東京駅。minaを迎えに行く。
■20
東海道新幹線の改札にほど近い中央乗り換え口を見渡せる位置で、腕を組んで足を肩幅に広げ
誰を探すともなくただ立ったままでいると、4人組の男女を発見した。
それが愛知から来たminaを含むオフ参加メンバーだということも、そしてその中の誰がminaで、
誰がえへへであははかも、残る男がたしか「ダミー」というハンドルのminaのとりまきであることも、
オレはなぜか一瞬のうちに判ってしまった。
白くて大きい帽子を目深に被り、旅行用の重そうなバッグから今ケータイを取り出しているのが
mina。おそらく鳴るのはオレのケータイ。ノースリーブの肩から少しはみ出たブラのヒモを気にして
それを直す腕は細くて白くて艶々している。肩ぐらいまでの長さのストレートな髪は明るめの茶。
赤いフレームのつりあがった形のメガネの奥の目は切れ長で、気の強そうな印象を受けたが、
笑ったところを想像できないぐらいに無表情ともいえるminaの整った顔からは、何かを閉ざして
いるとか、何かを頑なに拒絶しているとかいうような潜在意識のイメージが伝わってきた。
細身の黒いサブリナをはいた「えへへ」を見たときに一瞬、中学生ぐらいかなと思った。よく日に
焼けた細い腕や化粧っ気のない顔には若さがにじみ出ていた。サンダル履きのえへへは、
簡単な荷物しか持っていなくて、近所に買い物にでも行くようなたたずまいをしていた。
細い「えへへ」とは対照的に、丸い印象の「あはは」は、ジーンズにスニーカーという、この暑さ
には似合わないスタイルで控えめに、えへへの後ろに付き従っていた。
この時点で2人とも女だったことがわかったが、大学生なのか高校生なのか中学生なのかは、
全くわからなかった。
チェックのシャツのすそをジーパンの中へきっちりといれて折り目正しい格好の「ダミー」が、
オレに気付いてしきりに視線を送ってきた。短髪で、あごの骨格が印象的だった。銀縁のメガネ
の中の目は、鋭い割に焦点が定まらず、彼の視線はふわふわとした波形でオレに届いた。
目を合わせたらヤバそうだったからオレはいつまでも彼の視線に気付かないフリをしていた。
オレのケータイが鳴った。
minaがランダムに周りをみながらケータイを耳にあてている。オレもケータイを取り出して、
そこで初めて彼女らに気付いたように近づいていった。
minaは4人の中で一番身長が小さくて、オレは抱きしめたくなってしまった。
■21
minaがメガネを外して首を延ばし上を向いてコンタクトに付け替えて目を大きくパチパチさせてから
一息つくまで、えへへやあははやダミーはただ黙ってオレの顔を見たりオレと目が合うと視線を逸ら
したりして一言も喋らなかった。東京駅地下街のレストランに入り愛知から来た4人は全員カレーを
注文した。オレはさっき朝飯食ってきたばっかりだからとウソをついてビールと枝豆を注文した。
昨日飲みすぎたせいで少しアタマが痛かった。アタマの痛さと初対面の人間に会うときの緊張を
ごまかすためにビールを飲む必要があったからだ。オレが、飲み物はいらないの、と訊くとminaは
じゃあアイスコーヒー、と答えた。注文をとりに店員がやってくると彼女らはタイミングを見失ったよう
に黙っていたからオレが「じゃあオレビールと枝豆、彼女がシーフードカレーで、あとなんだっけ?」
と促すとえへへがものすごい勢いの早口で「あのあのあのあのこれ」といってメニューを指した。
チキンカレーでございますね、と店員が慇懃な口調で言うとえへへは首を縦に振っただけだった。
あ、わたしも、といってちょこんと左手を上げたのはあははだった。
ダミーは関西弁の抑揚で店員にミックスグリル定食について何と何と何のミックスなのか大きい声で
訊ねた。チキンと焼肉と白身魚のフライのミックスに決まってるだろうとオレは思ったがしかしダミー
はちゃんと何のミックスか明記してもらわないと困るぐらいの勢いでだいぶ長く店員に話していた。
オレはすぐにそれがダミーの「東京」というシステムへ対する虚勢であることを感じ取っていて、
うるせーから早く決めろ、といってひっぱたいてやりたかったがminaもえへへもあははも黙っていた
しオレも黙っていた。ダミーは結局ミックスグリル定食ではなく豚ロース生姜焼定食を注文したが、
オレはもうダミーとは一言も喋りたくなかった。注文し終わったあとのダミーはひっきりなしに鼻の
あたりに手をやったり椅子の座り心地を気にして何度も座りなおしていた。こんなに落ち着きのない
関西人を見たのは初めてだった。
店員が、お飲み物は、と尋ねるとminaがすぐにアイスコーヒー、というとえへへやあははやダミーは
あわてたようにメニューを取り出して広げ迷った。自分が飲みたいものとメニューのリストに書かれ
ている飲み物とがまだシンクロしていない。えへへはメロンソーダを発見して嬉しそうに店員に指を
指してあはははコーヒーフロートを注文した。またダミーが店員にうるさく尋ねるかと思ったオレは
深呼吸して自分の気持ちをなだめようとしたがそれは杞憂で彼は迷うことなくむしろ得意げな顔を
して「ジンジャエール」といってから鼻息を荒くしてニヤリと笑った。オレはこいつを階段から突き落
として殺してしまうかもしれない。
メガネを外してコンタクトに替えたminaをよく観てみると一重かと思っていた目は実は奥二重だった。
目を細めてオレにピントを合わせたminaは「ねーあのさー9696って、ハゲじゃなかったんだね」と
いった。オレが「おまえも結構優しそうな顔してんじゃん。イメージ違うよ」というとminaは笑顔を
浮かべた。minaの笑顔から、心から笑っていないかもしれない何か影のようなものを感じ取ったのは
イメージからくる彼女への先入観によるものなのだろうか。
それとも、何かのメッセージをオレは、受け取るべきなのだろうか。
■22
「仕事辞めることにしたんだっけ?」
「え?ああ、辞めるよ」
ナマズが一匹いるだけの「東京タワー水族館」は撤去されいた。ナマズだけで客を呼ぶ時代は
もう終わったのかもしれない。100円入れて覗ける望遠鏡にオレは子どものころだいぶ興奮した。
当時は、道路を這うミニカーのように見えるクルマを眺めていると時間を忘れたが、3分経つと
急に視界をシャットアウトされて悲しい気持ちになったものだ。今や大人になったオレには、道を
這うクルマが虫のようにしか見えないからすぐに飽きた。なにかめずらしい建物が無いか探すが、
見慣れたオフィスビルを望遠鏡越しに観ても何も変わらない。高層マンションに視点を移動して、
ベランダに裸の女がでてこないかなと祈っていると、3分経ってシャットアウトされた。
えへへとあははは真っ先にソフトクリーム買って嬉しそうに食い終わるとそろって展望室を探検
しはじめた。ダミーは一人で東京の街並みを見下ろす自分自身に陶酔しているようだった。
オレはダミーと話す言葉を持っていないからminaの姿を探した。minaは外を見るわけでもなく
窓の淵に座ってソフトクリームをなめていた。
「なんだよ、疲れてんの?」
「そんなことないよ、ねーえへへってさ、可愛くない?」
「ああまーね、あいついくつ?中学生みたくね?胸とかぺったんこだしさ。」
「そんなこといわないの。19歳だって。新幹線できいた」
「てことはあははもそうだよな。ダミーは?」
「同じぐらいじゃない?学生だっていってたし」
「ってゆーかさ、あいつ目つきヤバくね?」
「ちょっと怖いよね。でもちゃんとおとなしくしてたよ」
minaとは初対面だったが、オレはリラックスして話すことができた。minaもチャットの話し方に近
い話し方をして落ち着いていた。二人の会話にはときおり沈黙が流れたが、オレはその沈黙を
むしろ楽しんだ。minaも無理矢理話題を探すようなことはしなかった。
「仕事辞めることにしたんだっけ?」
オレはなんとなく、彼女のテーマの確信をついてみた。
「え?ああ、辞めるよ。彼さ、会社の中でやろうとか言い出すの。収拾つかないよ、ダメでしょ?」
「会社でヤったことあるの?」
「ないしょだ」
minaはそういって悪戯そうな微笑を浮かべたがいずれにしても、昼間から真夏の東京タワーで
酒も飲まずにする話じゃない。
■23
4人を新宿まで運んでマルイのヴァージンで待ち合わせたハルに引き渡した。ホテルへチェック
インさせるためだ。ハルはオレを指さして「ああ!」といって、オレが「よう」とだけ短く応えた。
ハルは体育会のノリで手際よく「新宿インに4つ部屋とってて今3時半だから集合5時でしょまあ
間に合うよ何かあったら連絡するね」と早口でまくしたてた。化粧をしていないハルの顔の額には
粒のような汗が浮かんでいて、ツアーコンダクターのような仕事ぶりをする自分自身を楽しんで
いるようにはりきっていた。ハルは足早に先頭に立って4人を連れて去っていった。
新宿西口交番前で次にあくびと4時半に待ち合わせていた。
地下1階の交番近くのグレイの柱を背にしてあくびのケータイを鳴らして辺りを見渡し、ケータイ
を取り出し耳にあてる女を捜したがうまく見つけられなくてあらぬ方向を見ているといきなり女の
声で、「おい!」と声をかけられた。長いスカートをはいてエレガントなファッションをしている
ショートカットの女ははオレのあごに向かって鋭いパンチを浴びせる真似をして当たる直前で止
めた。そして勢いよく「クロスケ!」と呼んだ。あくびだ。あくびはオレより少し慎重が高かったから、
女にしたらかなりデカイほうなのだろう。細身でしっかりした全身の骨格は、ばねのある筋力を
想像させた。バレーボール選手みたいだと思った。きっとあくびの腹筋は六つに割れている。
あくびの腹を、見たいと思った。
あくびと話してしばらくすると、ともやとStussyがそろってやってきて、二人ともサングラスをかけ
ていた。二人は先に待ち合わせていて喫茶店で1時間も話しつづけていたといった。オレは酒
なしでサシで男と喫茶店に1時間もいれない。
Stussyがオレの肩に腕を巻いてあくびから引き離して最初に訊いた。「minaどうだった?」
実物のminaの容姿や性格を確認することは、このオフのメインテーマのひとつでもある。
「普通だよ。チャットのあのまんまっちゃー、あのまんまな感じ。」とオレはこたえた。
「あのまんま?それ最悪じゃない?」
地方からの参加者とアルタ前で待ち合わせてから店へと向かった。オレが店選びでこだわった
点は「個室」だった。
■24
新宿アルタ前に集まったオフ参加メンバーはこの時点で20名に達する勢いだった。
長髪に赤いバンダナをハチマキのように巻いて、袖を肩からカットしたGジャンを着ている岐阜の男。
彼氏と二人で新潟から来て彼氏はどこかに置いてきたというピンクのワンピースの胸元があまい女。
テニスプレーヤーのような精悍な顔立ちの小柄な男。ケーシー高峰のようにはれぼったい顔をした
学生やその友達。なぜかスーツ姿で登場した薬剤師や、仙台からやってきた呉服屋のあととり息子。
実家で自営業を営む社長の次男は身体がボディービルダーで顔がカエルだった。
そのほとんどが10代か20代だったが一人だけ、自称船乗りだという中年男が紛れこんでいた。
緑と黄の横縞柄のポロ、日焼けしたたくましい腕には針金のような体毛が密集していて暑苦しかった。
フェイクな皮のセカンドバッグを抱えているし何も喋らないし、こいつだけはどうにもならなかった。
■25
大方の予想通り、まずStussyを観たいという女子が圧倒的に多く、オレがケータイでメンバーの確認
をしながら人を集める作業をしているとき二人組の女に、「ねえねえ、Stussyはどれ?」と訊かれ、
「あれがそう。」と応えてやると女たちはStussyのいる輪の中に加わっていって、その輪はどんどん
大きくなっていった。常にStussyの隣にいるともやも、女に囲まれて意気を上げ、声を張り上げて
はしゃぎ始めた。オレがその輪の中に入らず、もはや嫉妬も気後れすることもないまま、ただひたす
らケータイで人員の確認作業を淡々とこなしていたのは、なし崩し的ではあるとはいえ、このオフを
取り仕切っているのが自分自身なのだという優越感に浸っていたからだろう。
minaやえへへやあははやダミーがハルに連れられてホテルから集合場所へ来た。愛知からの4人
は大きな荷物からも解放されて身軽になっていた。オレがminaにまずStussyとともやを紹介してやり
minaが輪の中心でStussyやともやと挨拶を交わしていると今度はminaに人気が殺到した。
少し照れていたminaは、チャットほど言葉尻は強烈ではなかったものの落ち着いた口調で、とりまき
達の第一印象について痛烈な酷評を下していた。「キツいねー」と返されていたminaは無表情に
「そう?」などと悪びれた風も見せなかったが、酷評を下されたとりまきたちは、リアルなminaの毒舌
を厭うどころかむしろこの予定調和に身をあずけて楽しんでいるようだった。
次に、えへへは誰だ、ということになり、誰かが彼女に話しかけるとえへへは「いや、あの、あの、あの」
とものすごい早口で言いたいことをうまく言えず、下を向いてあははに助けを求めるようなしぐさをして
いると、女の誰かが「えへへかわいー」と声をあげた。
その後にオレのケータイが2回鳴って、1本はmiffyからで「ごめん、今からうち出るから遅れる。
よろしくやっててあとから行くから。ごめんね?」という内容だった。miffyは遅れてくる。そのことを
ともやに告げると「俺、迎えにいこうかな?彼女の家知ってるし」といった。
見る限りこのオフの参加者のほとんどが主体性も目的意識をもっておらず、何をしたいから集まった
のかわからないような連中ばかりだった。客として、目の前で繰り広げられる有名人のコントでも観に
来たような風情の中庸な客たちは、当然のことのようにStussyやminaに、何か期待しているような
まなざしをむけている。その傍らにいるともやは小心者だから、多くの視線に晒されるプレッシャーに
耐え切れなくなり、miffyを迎えにゆくという逃げ口上を思いついたに違いなかった。
「いいからあわてるな。おまえなんかより電車の乗り継ぎうまいよ。だいたい店の場所知ってるのかよ」
というとともやは二言三言オレに悪態をついてから、黙った。
もう1本のケータイはfu-koからだった。
「あんな、今からそっち行ってもええ?」
関西弁でチャットするfu-koはオフの日、彼氏と大島へ旅行する予定があり、不参加を表明していた。
「大島はどうしたよ?彼氏とラブラブなんじゃねーの?」
「あほか。あんなもんとっくに別れたわ。今からいくで?な?後輩連れてくから。女やで?」
30人からいる。2人増えてもわからないだろうと踏んだオレは、
「おう、来るんなら早くこい。後輩の女、可愛いか?」といった。
「わからん、よく言えば元気や。めっちゃウザいともゆうけどな。名前は、そうやんな、リンリンや!」
とfu-koはいって電話を切った。
■26
台湾屋台料理屋のパーティールームを借り切った。4つの大きな円卓を二つずつに分けた。
Stussyとともやがいる席を中心に、彼らを見にきただけの女と、どうでもいい男どもが配置についた。
オレはちょうど彼らとは対局に位置するテーブルの端に座り、隣にはminaとあくびを座らせた。
勝負だ、と言いたいところだが、オレはバランスを好むてんびん座だから勢力が一極に集中するこ
とを好まない。Stussyが「陽」とすれば対極のオレは「陰」だろうか。minaもいて悪くはない。
miffyはStussyとともやのところへ行くだろう。とすればfu-koは陰の勢力と見た。
勝敗の鍵を握る彼女たちは後からやってくるが今のところ、オレの書いた絵の通りだ。
■27
酒には2種類ある。静かな酒と、にぎやかな酒だ。
大抵の場合、にぎやかに騒いだりしたいから酒を飲む。4~8人程度の、比較的人数が多い場
合によく見られるのが、にぎやかな酒だ。アルコールで脳を麻痺させると理性をつかさどる部分
が機能しなくなり、いままで理性の影に隠れていた動物的な感情が露呈する。その露呈した感
情も実はアルコールによって麻痺しているから、それが「本性」とかいわれる所の本当の感情な
のかは誰にもわからないが、とにかく感情や欲望が精神を支配する。内から押し寄せてくる感情
の波は、大きな笑い声や緩慢な動作や、欲望をむき出しにした言葉によって外へ放出される。
言葉や動作や声の響きや視線は必ず他人に伝わる。感情的な言葉や動作は刺激的だから、
周囲は影響を受けてしまう。そうして、感情や欲望の増幅は連鎖してゆき、一体化へと向かう
カタルシスに酔う。高揚する。それが、にぎやかな酒だ。
一方、静かな酒というのは、神経を麻痺させ、おもに外的刺激つまりストレスを遮断することによ
り生ずる恍惚感を楽しむことをいう。1人、あるいは2人で飲む場合に多いケースだ。おおむね
酒場では、他人の視線があまり気にならなくなる。それは、自分自身も麻痺していることに加えて、
他の客も何かが麻痺しているということがわかっているからだ。そして酒場は、そうゆう場所だ。
だから1人の場合だったら、難しい顔をして妄想に耽っていてもいいし、感情的なアタマで本を
読むのも悪くない。2人の場合、とりわけ相手が異性だとすれば、周囲を気にすることなく相手を
口説いたり、潤んだ目で見つめることも容易だ。もしこれがランチだとしたら、隣の席のOL2人組
は視線で合図しながらいぶかしげな顔をして隣の話に聞き入った挙句にクスッとやってから
オフィスへ戻り「あのさ隣の席のオトコがさオンナ口説いててさもーまいったわよ」などと言うに
違いない。しかし酒場で、隣の男女が口説き口説かれていたところで、誰も驚きはしないし誰も
笑い話にしたりしない。酒場とは、そうゆうところだからだ。
異様な緊張状態に包まれていた。チャットで言葉を交わしているとはいえ、ほとんどが初対面だった。
30人にも及ぶ大宴会には、静かかにぎやかかの二つの局面では語られない複雑さがある。
開始直後には、めまぐるしく神経を消耗させながら誰かの顔色をうかがい敵か味方かを判断しつつ、
有名ハンドルという各拠点を軸にした勢力分布図を頭に描きながら、自尊心を維持するためだけに
隣の席の見知らぬ顔と意味もなく気軽に話す演技をする奴もいれば、ただ何かを期待した目で
誰かの顔を覗き込んでいるただの客もいる。
この宴会が目指すところは、にぎやかで騒がしくて排他的な一体感へのカタルシスに決まってい
たが、プレイヤーたちは、自他の戦力分析やポジション取りのために脳みそを働かせていて、
オレはそのことを彼らの小刻みな目の動きを見てキャッチし、すばやく分析した。
オレは、最初からリラックスして話せたminaとあくびを隣に置いて、全体を俯瞰していた。
■28
Stussyは注目を浴びていたが、彼は多くの視線にさらされたときに使うセリフをあまり持っていないらしく、
遠くからオレが「Stussy乾杯やれよ」といったときも、照れくさそうにオレがやるのか?といった面持ちで
立ち上がりただ「乾杯!」といっただけだった。その後一瞬、宴会の場は静まり返ってしまい、静寂をごま
かすように奇声を発して席についてそれからはただ、とにかく飲め、といってはピッチャーを掲げて誰かに
ビールを勧めていた。
ともやはStussyの隣にいて、たいして見られてもいないのに足の組み方や腕組みのポーズを気にしていた。
料理のオーダーを聞きに店員がやってくると、ともやははりきってメニューを広げ勝手に注文していたが、
人数やバランスを全く考えない注文の仕方をしていて、周囲の女になしなめられていた。
追加の酒や料理がワゴンに乗って運び込まれてきて、男の店員が料理の説明をしながら大皿から小皿
へ取り分ける作業をしているときに、Stussyが「おにいさん歳いくつ?」と話しかけると店員は、迷惑がるど
ころか嬉しそうに、女がよくする人差し指をあごにあて首を傾げたポーズで、「いくつにみえますう?」と応酬
した。気さくな店員による予想外のサービスで、おとなしめの笑いがおこった。沈みがちだった宴会のムード
は回復の兆しをみせた。
実際の顔や会話にまぎれた情報から、ネット上の人格を推理し一人ずつハンドルを特定し終えた客たちは、
チャットでのやりとりを引用したり、勝手に思い描いていた実物とのギャップを語りながら、お互いの感想を
言いあっていた。1ヶ所に視線が集まりがちだった宴会のスタイルはやがて混沌としはじめて、次第に賑やか
さを帯びていった。
隣のあくびは、話すときに必ずオレの肩や腕に触れて「ねえねえ」と言ってから話し始めた。あくびは全く酒
が飲めないからといってウーロン茶を飲んでいる。不意に女の手で身体を触れられたオレは一瞬緊張して
身を硬くした。しかし身を硬くしたことを悟られないように何食わぬ表情であくびの方を向いた。話を聞きながら
オレは、男の肩に触れながら話す女の心理を頭の中でめまぐるしくサーチした。それが単なる彼女の癖なの
かあるいは、オレに気があるのか気を惹こうとしているのか誘っているのかどうなのか。いろんなケースを想
定したがあくびは、オレの腕に触れながら旦那のことを話しだした。少しがっかりした。
オレの汗ばんだ腕に触れているあくびの指は、非常に長くて細かった。どっちが大きいか較べてみよう、と
いってオレの左手と彼女の右手を重ねると、ほんのわずか彼女の掌のほうが大きくて、オレや周囲は驚いた。
えへへは、カクテルとかの類のカラフルな色のついた甘い酒を飲んでいた。酒が飲めるのかと聞くと彼女は
飲んだことはあるけど酔ったことはない、とこたえた。じゃあ強いんじゃないの、というと、それほど飲んだ経験
がないからわからない、だから今日はどれだけ飲めるか挑戦してみたい、というような内容のことをえへへは
いったが、やはり恐ろしい勢いの早口で、途中何度もどもりながらしゃべっていたからうまく聞き取れたかどう
か自信がない。
あははに話しかけると、いつも彼女はえへへの後ろへ隠れるようにしてただひたすら恐縮していた。唯一自身
がオーダーした冷やしトマトが運ばれてくると、皿に乗っているスライス状にカットされたトマトを彼女は、躊躇
することなく全部たいらげてしまった。誰かがあっけにとられて、「トマト好きなの?」と聞くとあははは恐縮しな
がら「いやあの、自分の分だと思って・・」と言ったあとに、ようやく周りから注目されていることに気付いた。
宴会における小皿料理は、テーブル内でシェアするのがマナーだ。しかし彼女はひとりで皿を占有した。
それを多くの人に注目されることによって初めて気付いたあははは、しばらく宙に視線をさまよわせてはっと
すると、今度は下を向いて小さくなってしまった。「冷やしトマトとがっぷりよつだぜ」と誰かに冷やかされている
間も、あはははずっと下を向いていて、隣にいるえへへに頼りきっていた。しかし頼られているえへへも何か
おどおどしたような心細い感じの表情をしていて、その奇妙な2人のバランスや、ちょこまかとした不思議な動
作が非常にユニークだったことから、このえへへとあははの女二人組は、玩具かあるいは小動物のように
扱われ、多くの人に親しまれていった。
■29
4つのテーブルの中でも集団の細分化が進んでゆき、隣り合うもの同士の結託や、席次の入れ替えによる
グループの再編成が行われていった。オレは最初の席で、一番遠くにいるStussyやともやと大きい声でやり
合いながら、minaやあくびやえへへを中心とした輪の中にいて、酒や女のせいで興奮の度合いも増していて、
かなり気分をよくしていた。
再編成の波から取り残されたとおぼしきダミーが一人、危うい波形の視線を宙に這わせながら口元だけの
笑みを浮かべた顔で、落ち着きなく誰かの話を聞いていた。オレが気をつかって「ダミーおとなしいぞ。飲んで
るか?」というと彼の顔は得意そうになり、そしてものすごく大きな声で「のんどるで」といって減ったジョッキを
かざしてみせた。顔は真っ赤になって額に血管を浮き上がらせている。はやくもオレは、こいつに話しかけて
しまったことを後悔していた。最後に話題を作ってやって、こいつとの話は打ち切ってもあとは自分でなんとか
させよう。なげやりな口調でオレは「おまえ趣味とか、なんだ、いってみろ。」というとダミーはしばらく真剣に悩
んだ。真剣に考えてもらうほどたいした質問でもないし、たとえ嘘でも誰も咎めない。笑いをとるような回答を
考えているのかも知れなかったが、あまりにも時間がかかりすぎていて、オレがこいつに話しかけてしまった
ことを後悔するには十分すぎるほどの沈黙が流れた挙句の彼の答えは、「イラストロジックかな、あれ結構、
得意やで」だった。
不本意ながらもダミーの話を聞くハメになったオレとダミーとの間の男女数名は、やりきれないため息をついて
グラスの酒を飲んだりタバコに火をつけたりして嫌な空気紛らわそうとした。ダミーは口の端に白い泡を溜めて
いて、これからイラストロジックについて今にも語りだしそうだったから、オレもあわてて目をそらしてタバコに火
をつけた。ダミーは顔中に汗を浮かべながら鶏肉とピーマンの炒め物を口の中に入れて「クチャッ、クチャッ、」
と音を立てて食いはじめた。オレはこいつを虫だと思うことにした。
椅子に深く腰掛けているminaは、両手でグラスを持ちながら半歩引いた視点にいたから、オレが彼女に話し
かけるときには、少し振り向き気味になる必要があった。minaは両手でグラスを持ち口数少なく静かに飲んで
いたが、浴びせられる質問には極めて的確に答えていたし、目深に被った野球帽からはときおり笑顔を覗か
せていた。
「まずおまえその帽子とれよ。」
「やだよだって髪ぐしゃぐしゃだもん」
「顔がくしゃぐしゃよりましだろ。」
「ばか。あのねちょっと話しかけないでくれる?疲れてるのかな、頭がぐらんぐらんしてる、わたし酔ってるかも」
minaは目を潤ませたまま両手で掴んでいるグラスのあたりをぼんやり眺めている。深く沈むようにして座って
いる。頬を少し紅潮させている。
■30
もはや誰かが図面を描かなくてもプレイヤーたちは、自分の役割とポジションを完全に把握していて、
このゲームのあらゆる局面において的確な働きをするようになっていた。主役たちは華麗な会話や
豪快なギャグを次々と決めて観客を沸かせた。客もオフェンシブにフィールドを動き回り主役を盛り立
てつつ、自身の存在感をアピールしていった。ゲームの流れからただひとり取り残されたのはダミー
だけだったが、彼のそのゴミのようなポジションは、他のメンバーに優越感を与えるという重要な役割
を担っていた。
台湾の屋台料理を食わせる人気の店とはいえ、日本人向けにアレンジされた薄くて複雑な味は、居
酒屋やファミリーレストランの味とさほど変わらなかったが、ここは味を気にする場所ではない。
裸電球だけの暗い照明や、金網のフェンスによる装飾で演出されたスラム街独特の背徳的な雰囲気
は、酔いを促進させるために効率的に存在していたし、個室という環境は、不快な外的要因を一切
遮断してくれた。最終ラインへ向けて、いつでも攻撃できる万全の布陣が、ここにしかれたのだった。
この局面におけるオレのゴールは、周囲にストレスを与えることなく、いかに華麗に女を口説くか、
という仕事に決まっていたが、問題は誰を標的に定めるかだった。
オレがここに至るきっかけになったのはmina。チャットにおける直情的な彼女の言葉に魅力を感じ、
痛烈に会いたいと願った。そしてかなった。今こうして実際に会って話してみても、彼女は常に冷静で
自信に満ちていて、簡潔に必要なことだけを話す。そして強い意志をもった目をしていて、表情や身の
こなしはいつもシャープだ。オレは彼女と対等になろうとして、むしろ虚勢をはった言葉をチョイスしな
がら話をしてきて、今彼女の隣に座っている。「友人」としては最良の関係なのだろうが、オレのこの
ポジションからでは、いくら頭の中をサーチしてみても、口説く言葉が見当たらない。
「おまえさ、ちっちゃくってかわいいな。」 「ちっちゃいは余計だよ」
「あのさ、「コ」ってなんだろうな。コ洒落た、とか、コ馬鹿にしてる、とかよくゆうじゃん、ほかには例え
ばコ綺麗にしてるとか、コ汚い部屋とかさ。なんかこう、レベル感としては「プチ」的イメージがあるけ
ど、なんか余計にバカにされてるような感じがしね?」 「ああ、コゆうね。でもよくわかんないよ」
「いい感じのバーがあるんだけどさ、ばっくれようぜ。」 「みんなはどうするの?」
「ほっとこうぜ。」 「そんなわけにはいかないよ」
全然ダメだ。妄想の範囲内ですでに破綻してしまっている。
彼女が会社でつきあっている男はどんな奴だろう。不倫だというから、家庭を持ちなおかつこのmina
にも愛情を注がれる男が、どれほどのレベルの男かオレは、気になっている。
細くてよく日焼けしているえへへも、よく見ると整った顔立ちをしている。鋭い目つきと小さな口元は
minaのように寡黙でシャープな印象を与える。喋るとだいなしになるが、それももはや愛嬌として
定着している。えへへの歳は19だが、もっと若くむしろ幼く見えるのは、その細い手足のせいだろう。
強迫神経症的なダイエットなどによる不自然な細さではない。まだ成長過程の中にある細さ。
えへへとの背徳的なプレイが一瞬、アタマをかすめる。
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