こんにゃろキスしようとしてたろminaに見てたぞオイ、うまくかわされたけどな、あのさ男が思わずキスした
くなる瞬間てのはあるんだけど例えば女がたまらなくキスされたいときってあるわけ?ないよそんなの、
教えたら悪用するから止めといたほうがいいよ言うの、わたしはしたいって思ったら自分からするかも、
初めてのデートでもか、さすがに最初は恥ずかしいな、でもさそーゆう雰囲気?あ、くるなってのはわか
るよ、でこっちも少し緊張するからさ、それがオッケーの合図になるみたい、じゃあエッチは?
大昔から男女は変わらないよな、日本の歴史が出来たのなんか二千年前だぜ、飛行機が初めて飛ん
だのなんか100年前だぜ、なのにさ、相変わらず男は腰振って、女もたまに腰振って、かわんないよな、
その昔は電気なんかねえからさ、暗がりだよ、そうゆうもんだったんだよ、今じゃ夜でも電気点けりゃ、
あかるいところでもヤれるもんな、ってゆーか電気の無い時代しってんのかよ、ねえねえ、人が発明した
ものの中で、一番キレイなモノはなんだと思う?なんだよ、えーなんだろう音楽とか、ああ確かにねー、
オレもバッハ好きだけどね、バッハの何?てゆーか何バッハ?バッハっていっぱいいるんだよ知ってた?
てゆーか、一番キレイなものってなんだよ、なんだと思う、それはね、灯り、わたしね、部屋の明かりとか、
夜景とかすごい好きなの、部屋にテレビもステレオもないんだけどね、それ自慢?うん少し自慢、で、
ちっさいライトとか、ランプとかだけいっぱいあるの、アロマテラピーみたいなもんだ、ちがうの、本当の火
はきらい、火って命みたいで重たいじゃない、電気はね、好きなときに明るくなるし、暗くしたいと思ったら
消せばいんだもん、わたしね、自分勝手だとは思うけど、付き合ってる人ともね、わたしが会いたいとき
だけ会いたいんだよね、ってゆーか、エッチしたいとか思うことって、ある?あるよ、あたしお酒飲めない
じゃない?でも男の人がお酒飲んだりしてるとこ見るのは好き、タバコの臭いはキライだけど、タバコを
吸うときの男の人の手とか好き、あたしが酔ってなくても、酔ってわけわかんなくなってる男の人の話
聞くの好き、飲めないけどなんか酔った気分になるんだよねー、そしたらやりたくなっちゃうかも。
ビルの5階に位置するバーの窓からまず目に飛び込んでくるのは、通りをはさんで目の前にあるアコム
の大きな看板の赤と白で点滅するネオンだけだった。そのとなりには、黄色と青のDudaの看板。
食器の音とか甘い香りとか女の話し声とか笑い声とかグラスの音に紛れたジャズ。

■42
「あかん、あいつらにはついていかれへん」
突然fu-koが現れた。なぜ彼女が、オレらのいる場所を知っているいるのだろうか。誰かと電話のやりとり
をした記憶があるから、それがfu-koだったかもしれないし、他の誰かかもしれなかった。オレやminaや
あくびが座っているボックス席を発見して、店員に案内されるより早く近づいてきてfu-koは、少しあきれた
ような口調でいった。
「あの4人、ホテルいきよった。しかもラブボちゃうで、京王プラザやで、どないやねん」
あの4人とはおそらくStussyとmiffyとともやとリンリン。京王プラザホテルといえば、酔っぱらいが4人押し
かけたところでそう簡単に部屋をあてがってくれるようなところではないし、散々食って飲んだ後にレストラ
ンへ行くというのも考えられないとすれば、残る選択肢は最上階にあるスカイラウンジだ。
「ホテルはさ、泊まるためだけの施設じゃないんだよ。待ち合わせとか打ち合わせとかにも使うし、レストラ
ンで食事だけとか、バーで酒飲むだけとか、いろんな使い方があるんだよ。」
「なんやそうなん?それならそうと早くいってくれんと」
「最上階にあるリトルベアってバーはさ、西側のソファー席が全部窓に向かってるんだよ。ピアノの生演奏
とか流れてるしさ、女口説くには最高のロケーションだぜ?ここはせいぜい「小」洒落たバーだけど、向こう
は本格的に、洒落たバーだよ。なにしろ「小」がつかないんだよ、わかるか?」

■43
「知らん」
「miffyとか、たぶんそこだな。まあいいから座れよ、ネオンがおりなす100万ドルの夜景でも堪能しろ。」
白いリュックを脱いでボックス席の中へ入ってきたfu-koは、すました顔になりながら何食わぬそぶりで、
オレの膝の上へ座った。そして、じゃああたしジントニック、といってからわざとらしく周囲と会話を始めた。
笑いをこらえてオレは真剣な口調を作り、「あの、急に前が見えなくなったんですけど。」と、fu-koのこの
バカげたコントに乗った。fu-koは「へんなおっさんの声聞こえるけど、これって空耳?」とさらにコントを
続けた。丈の短いシャツを着てオレの膝の上に座っているfu-koの露出された背中や腰のあたりの地肌に
目がいってしまい、それ以上fu-koと掛け合う言葉が出てこなくなった。「なんややっぱり空耳やったんな」
浅いジーンズの腰のところから水色の下着が見えたから、「パンツ見えてるぞ」と言ったがfu-koは、
「みんといて」とだけいって、まだオレの膝の上から離れようとしなかった。fu-koの腰に手を延ばして、
水色の下着の中へ這わせようとした手つきになって彼女に触れた瞬間、「きゃっ」と悲鳴をあげたfu-koは
急に立ち上がり後ずさりしながら、意外に弱々しい声で「あかんて」とつぶやいた。「照れるなよ。」
「恥ずかしいゆうねん、ブルっときたわ」

■44
えへへがオレの左隣になったとき、さりげなくえへへの肩に手をまわして抱き寄せたが拒まれなかったし、
もはや誰にも咎められなかった。ダミーだけは、オレが女に触れるたびに、メガネの奥から鋭い閃光を、
オレの顔へではなく女に触れている手とか肩の部分へ向けて放っていて、その嫌な視線をキャッチする
たびにオレは不快になり幾度となく殴り殺したい衝動に駆られていたが、多くの女に囲まれているという
優越感が、殺人衝動を中和してくれるらしくそれほど気にならなかった。
左手でえへへの肩を抱きながらオレはminaに手相を診てもらっていた。両手でオレの右手を広げたmina
はまず運命線が極端に短いことを指摘した。「仕事とか、普段の生活とかも、あんまりやる気ないでしょ」
確かにmianの手相と較べてみても、太い線は極端に短くなっていた。そのかわり、よく見てみると、その
太い線を基点にして放射状に幾重もの薄く細い溝が刻まれている。オレは「きっといろんな運命を経験
するんだよ。」と自分の都合のいい解釈を発表したがminaは「うーん」と首を傾げただけだった。
オレの手相の中で特筆すべきは、感情線と知能線が同じ方向に伸びていて、途中で交差していることだ。
一見オレの手相は、ひらがなの「て」の形をしている。「よく猿の手とか言われてバカにされるんだけどさ。」
「これはね、二重人格者の相だよ。で、感情線、鎖型になってるでしょ?これは感情が激しいってこと、
浮気性ともいえるけどね、知能線と交差してるってことは、感情と理性がごっちゃになってるってことじゃ
ないかな、あはは、キミの手相、最悪だね、いや手相がね」「まじ?なんかいいとこないのかよ?」
「これが生命線なんだけど、今わりと健康そう、で、長生きしそう」確かに生命線は、くっきりとした1本の
ラインで手首までキレイに繋がっている。「不健康にしてるぜ?毎日二日酔いだし、ホントかよそれ。」
実のところオレは自分の手相よりも、両手でオレの右手を広げて真剣に覗き込んでいるminaのその横顔
や密接に触れている肩や腕の地肌の感触から、距離感ゼロの手ごたえをつかんでいて、あとはその唇へ
到達するまで何分かかるかのほうが重要だった。
そのときふと、あくびがオレのケータイを指していった。
「鳴ってるよ」

■45
えへへの肩から左腕を外し、取ったケータイの液晶の表示はmiffy。
オレが陽気な声で「はーい、どうした?」といってもしばらく無言のままだった。「もしもし?」と続けながら電話
の向こうの喧騒や音楽から場所や状況の推理を試みたが周囲は全くの無音だった。やがてカサカサと、
ケータイのマイクの部分に直接なにかが擦れるような音がした後にようやく、「ちょっと待って」というmiffyの
声が聞こえてきた。「いまどこ?」
ケータイでの会話は、概ねこの「いまどこ?」かあるいは「今だいじょうぶ?」から始まり、「家だよ」とか、
「今電車の中」などと返し、お互いの現況を把握しあってから本題に入ることになっている。電話の相手の
状況がどうであれ、伝えたい用件を伝える事には変わりないのだが、居場所を確認することで距離感や、
相手の機嫌を量ってから本題へ入ろうとする。まだ固定電話しかなかったころは、電話をかけていきなり
「いまどこ?」と切り出す奴はいなかった。電話が設置されている所へかけているのだから当たり前なのだが、
ケータイの場合常に、自分はどこへ向かって電話をかけているのだろうか、という不安が付きまとっている
のではないだろうかとも思う。たんに誰、ではなくて、どこにいて何をしている誰か、という属性を示す情報が
ケータイにはない。
「ん、京プラ」 京王プラザにmiffyたちがいることはfu-koからの情報であらかじめ知っていた。
「なにしてんの?」
「ん、セックス。ねぇ、ちょっと待って」
ちょっと待って、の部分の声ははケータイのマイクから離れた少し電話が遠い位置で発せられていて聞き取
り難かった。すなわちオレへの言葉ではなくて電話の向こう側にいる誰かとの会話をマイクが拾っただけだ。
なにしてんの?セックス。この会話にはまるでリアリティーがなくて、オレは思わず大笑いしそうになった。

■46
「あ?何?なんて?」
「ねぇあのさ、京プラの1403にいるんだけど、今からこない?」
唐突だった。オレの酔ったアタマでは、この数少ない情報量から状況をうまくイメージに変換できなかった。
「待って待って待って、えーっと、そっちには誰がいるんだっけ?」
「Stussyとね、リンリン。ともやはもう帰っちゃった。こうゆうのはあんまり好きじゃないみたい、ん、」
miffyの最後の「ん、」のところが、鼻と口から同時に息が漏れているかすれた音質の、弱々しい悲鳴のよう
に聞こえてオレは非常に気になったが、まず冷静かつ毅然とした態度を示すことと、状況を的確に把握する
ことのほうが重要だったから「で、なに?今セックスしてるって?」と半信半疑、核心に迫ってみた。
「うん、バックで。Stussyのが入ったまま。ん、彼面白がって、このまま9696に電話しようよ、って。ん、
ごめんね、ん、怒ってる?ん、」
男にバックから突かれてる最中の女から唐突にかかってきた電話に対して、怒るべきかどうなのかよく判ら
なかった。そんなことよりも、「ん、」の回数が増えてきている。「いやいいけど、いやわかんないけどさ、で、
今、ヤられてんの?悩ましげな声、出してるけどさ。」
「ん、うん、話しづらいから動かないで、っていったんだけど、意地悪して、たまに動くの。ん、ちょっとやめて
よもー、ん、Stussy笑ってるもう最低、ん、」
あまりにもバカげた話でオレは笑いを通り越してむしろ呆れていたが、miffyの「ん、」だけは実に生々しくて、
妙なリアリティーがあった。
「でね、ともや帰っちゃったし、リンリンちゃんも今一回終わって時間もてあましてるから、ってゆーか、
男が圧倒的に足りないの、そっちにあと男の人誰かいる?」
「オレの他にダミーしかいないけど。」
「ダミーっか、どうしよう、いい?あのねリンリンちゃんオッケーだって、もうなんでもいいみたい」
「なんでもいいのかよ。」
「うん、とりあえず、ん、これ終わったら、ん、上のバー行くか、ん、ら、みんな連れておいでよ、ん、」

■47
「ねえ、もうこんな時間」
遠くから声が聞こえた。目を覚ました。30分か1時間、あるいはもっと多くかもしれない。とにかく少し、
眠っていたようだ。オレの胸のあたりを枕がわりにして眠っていたらしい女はゆっくりと顔だけ上げて、
おそらくベッドの上のところにあるパネルに書かれたデジタル表示の時刻を見たのだろう、少しあわて
た口調で言ってそしてオレをゆすり起こした。時間の感覚がない。カーテンの生地から透けて見える
光の粒子は、これから明るくなってゆくのか、それともひとつずつ消えて暗くなるのかよく判らない。
オレは「ああ」とだけいって、オレから離れて、脱ぎ散らかしていた服から自分の下着だけ探しだそうと
している裸の女を目で追った。まだ体内に残っている酒のせいか、疲労のせいか、あるいは寝起きで
血液が循環していないことをアピールするための無自覚な演技なのかわからないが裸の女は、ふら
ふらとした足取りだ。脱力している。もはや裸であることに羞恥心はないようだった。腰から尻への
ラインがカーテンからもれる薄明かりに対して逆光の角度で浮かび上がっている。このまま服を着させ
るのは惜しいとも思ったがオレも、酒と疲労と寝起きのためにうまく動けなかったから抱き寄せるのを
諦めた。オレの視線を感じているのだろうか。床に散乱している衣類をよりわけて、自分の下着を探す
ときも、ちゃんと膝をたたんでしゃがみ、オレに背中だけしか見えない角度になる。このまま、女性的な
曲線のシルエットを鑑賞していたかった。やがて女はどうやら目当ての自分の下着をうまく探し出せな
かったらしく諦めて、床にぺたんと座り込んでしまった。
こっちおいでよ、とオレはいったが、タバコと酒にやられたひどく歪んだ声だった。女はゆっくりと振り向
いて、まだうつろな目をオレに向けた。そして猫のように床を這い、そのままベッドに上がりオレに覆い
被さると、また胸のところを枕がわりにして目を閉じて眠るフリをした。
女の背中や首筋や髪の毛を弄びながらオレはいった。「なあ、」 「ん?」
「おまえは、誰だ。」


(おしまい)

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