ライトハンド1



■1
「ねえ、最近腕まくら、してる?」
暮れに友人が死んだ。知らせをうけた。自殺だという。
ある日飲んで暴れて警察に連れていかれたそいつは、そのまま精神病院に送られた。
一時帰宅が認められた日、元いた会社の5階建てのビルの屋上からその男はオレンジ色の
リュックを背負ったまま飛び降りたのだった。
黒いネクタイをぶら下げて葬式へ行った。昔の仲間は大勢いたが、再会をはしゃいで
喜ぶ者はいなかった。顔に冷たい風がつきささって、肩をすぼめて身体をこわばらせていた。
黒い服の女が目の前を過ぎようとするとき、一瞬立ち止まってオレに眼で一礼をした。
どこかでみたことのある顔だと思って、記憶の糸をたぐりよせた。
昔一度だけ寝たことのある女だった。仲間の宴会で盛り上がり、最後に2人だけになって
どうしようか、と少しだけ悩んでホテルへ入ることになったようなことをおぼろげに思い出した。
元気で明るくて酒飲みで、髪型も口調も、男みたいな女だった。よくサシで飲んでいた。
翌日からはお互い何事もなかったように過ごし、しばらく仲間同士で遊んだりしていた。
また誘おうと思ったこともあった。しかし向こうは普段と同じ感じだったからやめたりした。
オレは先に仕事を辞めた、連絡も途絶えがちになった。彼女は誰かと結婚していた。
そのことは後から知った。
「よう久しぶり」
葬式が終わって昔の仲間とひとしきり悔やみの挨拶を交わし、さっきから気になっていた
その女のところへ行って、なんの工夫もない挨拶をした。女友達と話していた彼女は、
オレに振り向いて、そして破顔して「なんだか丸くなったね」といった。
ギスギスしていて尖がっていた昔のあのころと較べていたわけではなく、ただ単純に、
肥えて丸く太ったオレの顔を指してそう言ったのだった。
心細い感じがしていて、一人で帰るのが嫌だったオレは、なんだかなつかしいふりをして、
「清めの酒でも飲みに行こうぜ」と彼女を誘った。
「ちょっとまって、このままの格好じゃいやでしょう。着替えてくる」
そういって彼女は、場所と時間をオレに告げた。
葬式が終わった時間はまだ明るくて、ファミリーレストランで待ち合わせた。
ビールを飲みながら、死んだやつを偲び、昔の思い出話をした。
彼女は旦那のことや、昔の仲間の近況を話した。
オレは前より給料のいい仕事に就いていることを少し得意げに話したて「にあわねえよ」
とからかわれたりした。
ファミレスのつまみにも飽きたころ、ちょうど日が暮れてきた。
まだそれほど客のいない、カウンターのあるバーに移動した。


■2
「ねえ、最近腕まくら、してる?」
唐突に彼女はいった。
「してないねえ。オレそうゆうの好きじゃないもん。やっちゃったらすぐ寝るね。」
とオレはいった。
こんな会話を昔、よくしていたことを思い出した。オレは当時の彼女の彼氏のことで
相談をうけて得意げにアドバイスしたり、逆にオレは女の気持ちとかについて聞いたり
していた。でも酒のせいで話はうやむやになり、いつも解決しないままよくわからない
下ネタへと発展していったものだった。
「サイアク~、してやんなよそれぐらい」
彼女はきりかえしてきた。
「だってさ、寝れねえじゃん気になって。それよりさ、そんなことを訊くってことはよ、
 おまえまさか腕まくらとか、されたいクチなわけ?」
「されたいにきまってんじゃん。女は誰だってそうよ」
「にあわね~。おまえが女語るなよ。」とオレはいった。
どっちかがひるんだら、もう片方は憎まれ口でたたみかける。こいつと飲みながら、
よくそんな掛け合いをやっていた。
「あたし最近さ、腕まくらされてないんだよね」
伏し目がちにそうつぶやいた彼女はそういって上目づかいにオレをのぞきこんだ。
それでひるんだオレは一瞬言葉をためらった。口説きたい欲情を呑みこんでオレは、
「ダンナサンとはどうなのよ。」と、どうでもいいことを、訊いてみた。
「最近、してないねえ」ストレートに答えてくれた。
「子どもとか作んないの?」流れにそった会話。余計なこと。
「作んないよ。あたしまだ若いし。もっと仕事したいしさ。
 だってさゴムつけて外で出さしてるよ。カンペキでしょ?
 半年前まではね、でもね、最近はほら、してないし」
といって彼女は、笑った。
「しんじらんねえ」といってオレも、一緒になって笑った。
オレの笑いは半笑いになっていた。


■3
「ねえ、腕まくら、されたいと思わない?」
酔った彼女は、男のオレにむかって女の気持ちの同意を求めるようにいった。
彼女は腕まくらを、されたがっていた。
「そんなにされたいのかよ。」とオレはいった。
「うん。だってさ腕まくらってさ、いいじゃん」
酔っている彼女は屈託なく笑った。
「そんなにされたいならオレがしてやるよ。」
オレはおどけたふうを装って言った。
一度だけ寝た夜もオレは、こんな調子で口説いたのかもしれなかった。
よく覚えていなかった。
「あんただめだよ。だってしてくんなかったじゃん」
あの日おそらくオレが腕まくらもせずねてしまったことを覚えていて彼女は、
それを指していっているのだった。オレはどきっとした。
「変わってないな、腕まくらキライなやつは、キライだね」と彼女はいった。
オレは少しあせって「いやってわけじゃないよ。」と繕った。
ほの暗いカウンターの高い椅子に座っている客は、オレら一組だけだった。
若いバーテンは氷を削っていた。
マスターが80年代ポップスのファンらしく、店の中にはそれらしきマドンナやら
マイケルジャクソンやらの懐かしい曲が流れていて、テーブルにはリクエストを
促す紙が置かれていた。彼女はデュランデュランとかなんとか書いていた。
よくわからないオレは、ヴァンヘイレンをリクエストした。
「なあ、キスしようか」
とオレは言ってみた。若いバーテンがちらっとこちらをみてまた氷を崩しはじめた。
不思議そうにオレを見つめていた彼女は、「何かの罰ゲーム?」と吹きだした。


■4
オレは黙ったまま肩をすくめるしぐさをして彼女から視線をはずした。
そのとき、彼女の腕が、オレの首にからみついてきた。
バーカウンターの高い椅子から少し浮いて彼女は、唇をかさねてそして舌をいれてきた。
彼女の舌を押し戻すようにしてからませた。
目の前で氷を突いているバーテンを少し意識しながらオレは彼女の背中に腕をまわしはじめた。
ニット地の背中を探っていると、ブラのホックにたどりついた。
条件反射的にオレは親指と人差し指でホックをつまみ、ニットの上からはずしにかかった。
外れた。
「ん?」といってオレの口から離れた彼女は真顔で、
「なにしてんのよちょっとはめてよ」といってバーカウンターの椅子をくるっと回して
オレに背中を向けた。
オレは彼女のニットの下から中へ手を入れて、ホックを探り、もとにもどした。





■1
「手が、好きなの」
彼女と話をしたくなって、仕事帰りにメールで呼び出した。
少しよこしまな期待と妄想を抱いていたかもしれない。
流行りの小洒落た居酒屋。暗がりの廊下を、インカムをつけた和服の店員が案内する。
掘りごたつ式のカウンターの一番端で、彼女を待った。
カウンターの中は一段低くなっていて、魚をおろす板前の包丁さばきが見下ろせる。
30分ほどして彼女が現われた。
「おす」といって肩に触れオレを振り向かせると彼女は、掌を縦に顔の真ん中にあて、
遅れたことを軽くわびた。
すとん、と席についた彼女は不思議そうな顔をして、
「あたしこっちじゃない。右側がいい。席変わって」といって立ち上がった。
「オレも右じゃなきゃダメなんだよ」
「だめ。あたしが右」
「ホントかよ」
といってオレはしぶしぶ腰をあげて左にスライドした。
おいしい豆腐が売りの店だった。彼女はざる豆腐と大根サラダを注文した。
オレはねぎまとレバーを2串づつ。レバーはたれにした。


■2
「山崎覚えてる?あたしこないだ山崎と飲みにいったときにね、
 手つないで歩いちゃったんだよ。
 後からやっべーとか思ってさ、それで2,3日、鬱だったわけよ」
と彼女は深刻そうにきりだした。
山崎は、前の会社の同僚だった。山崎とオレと彼女と、あともうひとり中川と
4人でよくつるんで飲みにいっていた。
「あたしその気ないのにさ、山崎、勘違いしたらどうしよう」
心配そうに彼女はいった。
「なんでよ、手つなぐぐらいなんともないじゃんよ。
 そんなんで勘違いするやつなんかいねえよ。」
とオレはいった。
「あたしはね、好きな人としか手つながないの。
 手つなぐとね、すごいドキドキするの。
 でも山崎とは、そんなんじゃないからさ」
「じゃあキスはいいわけ?オレが勘違いしたらどうするよ」
とオレは訊いた。
先日の、彼女のやわらかい唇と舌の感触と、
カクテルの甘い香りをまだ忘れていなかった。
「好きでもない人と、キスするか手つなぐか選べっていわれたら、
 あたしは間違いなくキスのほうを選ぶね。たいしたことないじゃん」
と彼女はいった。
彼女の手を、握ってみたくなった。
「じゃあちょっと手つなごうぜ。」
といいながら、彼女の右手をとろうとした。
触れるか触れないか。
すると彼女は「ひっ」と小さく叫び、手を引っ込めて
胸のところに当てて大事そう抱えた。
「手は弱いんだって・・・」
こわばってそうつぶやいた彼女の息は乱れていた。頬は少し紅潮していた。
彼女はしばらく動揺していた。サワーをぐいっとやり、
胸に手をあてて息を整えようとしていた。
「好きな人ができるとね、この人と手つなぎたい ってまず思うの。
 好きな人の手が、好きなの」
ようするにオレは落第ってことだった。
オレは複雑な気持ちのまま、ヤケ気味な口調で、
「じゃあチチ揉ませろ」といった。
彼女は少し和らいで、「揉めるもんなら揉んでみろ」
と胸を張ってみせ、「ちっさくてなかなか揉めないぜ?」といって笑った。


■3
閉店時間ぎりぎりまでねばって飲んだ。
店を出るとき彼女は、オレのコートの腕にからみついてよりそってきた。
「腕組んで歩くのはいいのかよ。」
「うん全然へーき。だって寒いじゃん、あー寒い」
といって彼女はオレにさらにぴったりと身体を寄せて、肩に頭をもたげた。
二人きりのエレベータの中では、抱きよせてキスしたかったが、
このままくっついていたほうがいっと思い直してこらえた。
駅へ向かう途中、オレは少しいたずらを仕掛けようと思った。
絡んだ腕を軽くほどいて、そのままさりげなく手をつなごうとした。
指先が手に触れた瞬間、彼女は立ち止まりすばやく身を引いた。
「絶対に、ダメ」
といってまたオレの腕にからみついてきた。
そのまま電車に乗った。幸い席が二つあいていた。
腕を組んだまま座席に座った。周りの乗客には、恋人同士にでも映っただろう。
腕を組んで座る二人の姿勢が不自然だったのと、
どうしても彼女の手を握りたい欲求があったのと、
酒の勢いでもってオレは、
なかば強引に彼女の手を取って、固く握りしめた。
すると彼女は、にわかに硬直しておし黙った。
しかしオレの手を振りはらおうとはしなかった。
オレはなぜか達成感と、ほんの少しの罪悪感を感じた。
電車が彼女の降りる駅に近づいた。
オレは見計らって、彼女の頬に手をあて顔をひきよせて、軽く口づけた。
扉が開き、逃げるように彼女は帰っていった。



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