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ライトハンド2
金曜。プロジェクト最後の日だった。今回抜けるオレを含めた3人と、残る女4人とで、
宴会をやった。個室で6人がけのテーブルに、席を入れ替わりながら狭く座り、
プロジェクトを抜けるオレらは、開放感もあってか酒は進み、会話も弾んだ。
3時間も経ったころ、女の一人がそろそろ帰るといって6人になった。
この6人にあと男一人加えた7人は、その前の週の金曜にも遅くまで飲んでいた。
新宿のケンズダイニングという店のコース料理を食った。
参加者の紹介をしよう。
女の子に少し嫌われ気味の山崎はネットワークビジネスと健康食品に凝っている。
合コンやサークルも大好きで、女に告白しては振られたことをいつも悲痛そうに語る。34歳。
ジャニーズジュニアの今井翼をいとこにもつ沢村は、やはり女にモテそうな顔をしている。
しかし嫁に浮気を疑われている。恐妻家だ。28歳。
そしてオレ中村。29歳。以上男3人だ。
先週飲んだ7人の中にいた野村は今日風邪で休んでいる。連日の残業がたたったのか、
あるいはオレと酒を飲みたくないから休んだのは、よくわからない。
オレはこの野村のことがあまり好きではない。おそらく向こうも、オレのことは良からず
思っている。理由は後述する。冴えない男だ。
次に女。
中村ミキ。オレと同じ苗字だが嫁ではない。いわゆるいい女だ。25歳。
誰が見てもそう思うだろう。合コン好きで惚れやすい山崎は、このミキにも告白している。
結果はいわずもがなだが、一度は告白してみたい欲求にかられる彼の気持ちも
わからないでもない。オレはミキと苗字が同じことから、二人を区別するために
宴会でオレはなぜか「山田」と呼ばれることがある。まあ程度の低い冗談だ。
しかしミキは性格が悪い。誰と話しても性格が悪い。致命的に悪い。
男に言い寄られるのが当然のように振舞うし、話のこしを折るし、協調性がない。
圧倒的に最悪な性格の持ち主だが、とにかくキレイな顔立ちと細いスタイルが絶妙だ。
二人目は、アケミ。26歳。
スタイルが良くて、大きな目が印象的だ。おおむね愛嬌のある顔をしている。
奔放な性格で人当たりよく、人懐っこい。山崎、沢村、オレとアケミの4人でいつも、
昼食をとっていた。余談だが、またしても惚れやすい山崎は、アケミにも告白している。
最悪なことに、アケミに届いた山崎の告白メールは、オレや他の女友達にも晒されること
となり、当然のごとく彼の評判は地に落ちた。実はオレもこのアケミに少し惚れている。
前述した野村もアケミに惚れている。だからオレと野村は少し気まずい。
オフィスではアケミの向かいの席がオレで、彼女の右隣が野村だ。
オレは直接面と向かって彼女をデートに誘うのだが、隣の席なのに野村はメールで
彼女を誘っている。野村はオレのそのあけひろげな態度が気に入らない風だし、
オレは野村のそのこそこそした感じが好かない。どうでもいいことのように思えるが、
女が絡むと、男の感情は増幅されるようだ。
もう一人、エミ。23歳。
小さい。150ない。しかし胸がデカイ。フランス人形のような顔をしていて、
ハーフだという噂もある。去年の新人だ。1年も経っているが、全く仕事を覚えられない。
いつも周囲を苛立たせているが、オレは懇切丁寧に教える。ボインだからというわけではない。
オレは女にやさしい。
最後に、ユキエ。帰ってしまった女だ。でかい。おばちゃんのような風貌だが、27歳。
間違って成り行きで誘ってしまった。早めに帰ってくれて、ほっとしている。
宴会にはこなかったが、姉御的存在のユカ32歳を忘れるわけにはいかない。
メイクもファッションも言動も、90年代バブルをそのまま引きずったような女といえば
通じるだろうか、アタマの回転が速く、機関銃のようにしゃべる。
「ちょっとそれどうゆうこと?」や、「安い女なのよ、でも安い女と思われたくないわ」
が口癖だ。
■2
去年の10月からだから8ヶ月いたことになる。
定時すぎにお別れのメールをばら撒いて、早々にオフィスを立ち去った。
帰り支度の遅い女を待つ間、ビルの前で記念撮影をした。
冴えない男3人がオフィスビルの目の前で腕組みをしたポーズをとっていると、
入り口から出てきた知らない女子社員が戸惑ったり笑ったりしていた。
笑われても関係ない。もうここに来ることは2度とないだろう。
普段ならプロジェクトの終わりに記念撮影なんかしない。
この日はなぜか、カメラを持って行きたくなった。
それほど、思い出にしておきたいことが多かったということだろう。
山崎、沢村、オレ中村。
この3人は、よく飲みに行った。だからというわけではないが、仕事もはかどった。
山崎は1ヶ月のバカンスをとるといっていた。沢村は違う会社経由の仕事をする。
あれほど親しくしていた仕事仲間でもり飲み仲間でもあるこの2人とは、
もう2度と会うこともないだろう。そうゆうもんだ。
ミキとユキエが出てきた。3人の間にミキを入れた4人の集合写真を記念に
撮りたかったが、ユキエに頼むわけにもいかず店へ行くことにした。
アケミとエミは遅れてくる。仕事の出来ないエミにアケミが手伝っている。
おそらくマネージャーにつかまる。店に来るのは9時過ぎになるだろうか。
オレはアケミのことが気になった。アケミがいないと、楽しくない気がする。
オレは中学生みたいだ。
アケミはよく飲む。普段から明るいが、飲むとさらに陽気になる。
「ミキさんさー、オトコと別れたばっかだってよ?今ならヤれるぜ?」
男のような話をするアケミとの酒は楽しい。
「おまえとヤりたいよ。」というと、
「ミキさんにしとけ。あの細いのぎゅっってしてーだろ?」などと返される。
「おう、じゃセッティング頼むよ。」
「ま・か・せ・ろ」
オレはアケミが早くこないかとそればかり思っている。
6時前に着いた人気の居酒屋は、カウンターを除く全席が個室だ。
前日のランチでその店に入り、「じゃ明日はここにしようか」と決めた。
暗がりで雰囲気がいい感じは、女の子ウケする。
7人来る予定だが、6人がけの席しか開いてなかった。
より密着する。女を含む宴会だ。悪くない。「じゃそこでいいです」 即答した。
山崎はおとなしくしていた。このプロジェクトに来たころの山崎は、
飛ぶ鳥を落とす勢いとでもいうべきパワーがあった。常に宴会では張り切っていて、
「仕事帰りの会」という名の参加者名簿を作っていた。
しかし山崎は、たびかさなる不祥事(みさかいのない告白やひとりよがりの盛り上がり)
によりその支持率を着実に落としつづけ、プロジェクト満了のこの日には、
もはや落ちる鳥の勢いすらなかった。
ミキは沢村の隣に座っている。
先週の宴会はオレがプロデュースした。新宿に美味いメシを食わせてくれる所が
あったことを思い出した。ケンズダイニング。コムサの白いビルの隣の地下だ。
新宿はホームグラウンドでもある。仲間と集まるのに都合がいいからだ。
2度ほど行ったことがあり、とびきり美味いと思っていたがそれほどでもなかった。
会計は一人9000円だった。
エミが山崎にカラオケをおごらせた。金にセコい山崎は、人気回復のためにしぶしぶ承諾した。
オレはアケミとミキを両脇に据えるベストポジションでミスチルやビーズを歌った。
アケミとデュエットをした。家が遠いアケミは、カラオケが終わると帰ってしまった。10時半だった。
朝まで営業しているバーに入った。山崎にカラオケをおごらせたエミは、山崎を牽制するために
ひとつ椅子を隔てて座っていた。エミはオレに「中村さんここでーす。これは命令でえす」と、
隣に座れと命じた。「もう席決まってんの?オレなんでここ?」と問うと、
「山崎さんの隣ヤだからでえす」と酔ったエミはいつもより露骨だった。山崎は、嫌われていた。
エミは「体育会系だったんですよー」と言って、濃いカクテルの一気をやっていた。
オレはエミの髪の毛を触りながら「ちっちゃくてかわいいねー」といったりした。
エミは「そうお?やっだー」とバカっぽく応えていたような記憶がある。
午前2時をまわったころ、急激に酔いと睡魔が襲ってきたオレは帰ることにした。
ミキが「エミちゃんお持ち帰られ?」とエミを促した。オレはどうでもよかった。
エミは「きょおうは朝まで行きますよー」といってカクテルを飲み始めた。
どうでもよかった。疲れていた。タクシーで帰った。
ミキは沢村の隣に座っている。
沢村は午前4時に、嫁から電話がきて「ある意味限界」といって帰った。とは後に聞いた。
終始沢村の隣に座っていたミキは、沢村と同じタイミングで帰ったらしい。
2人でどこへ行ったのか、あるいはどこへも行かなかったのか、本当のことは2人しか知らない。
ミキは他の宴会があるといって8時で帰るといっていたが、帰る気配はなかった。
しばらくして、アケミがエミをを連れてやってきた。
今日の宴会に来ることを、エミは最初渋っていた。
昨日のランチの時、先週末の宴会の話になったとき山崎は、オレがエミとキスしていたと、
沢村やアケミの前で言った。オレはしていないといった。キスする真似だけしてみせて、
寸前のところで止めただけだ。オレを陥れたいのか山崎は、「いや、ばっちりしてたねー」
としつこく言った。アケミは、「それでエミちゃん来ないんじゃないのー?」とうれしそうに言った。
しかしエミは、アケミに連れられてやってきた。
■3
6人の席に男女7人が座っている。誰かがトイレへ立つたびに席次は変動した。
アケミは着ていた七分袖のジャケットを脱いでいて、ニット地の半そでの肩の、
ブラのヒモを気にしてしきりに触っていた。
アケミは化粧をしない。何日か前、
「おまえさ、オレら最後なんだから最後の日ぐらい、化粧してこいよ。」というと、
「しょーがないなー、してきてやっか。」としぶしぶ承諾した。
しかしこの日遅刻したアケミは、「いやさ、化粧しなきゃとか思ってさー、でも
時間見たらさ、やべ、って感じじゃない?いやー、時間なかったねー」
と悪びれた風でもなかった。
オレはアケミの隣に座りたかったが露骨にはその意思を表さない。
アケミがオレのトイメンに座ったとき、オレにはなす術がない。
「なんであたしが化粧しなきゃいけないわけ?しっかもさ、見せたいオトコいないしさ」
彼女が得意とする類のジョークだ。下あごをつきだし、おどけたように挑発してみせる。
山崎はこのごろ少しおかしい。一緒にスノボへ行った1回目は、新幹線のチケットを
無くして、日帰りなのに午後3時に軽井沢へ着いた。懲りずに誘った2回目のツアー
では、逆エッジで後頭部を強く打ち、脳震とうになった。一人で悶絶してるならいいが、
一緒にツアーに行った3人に介抱させ、しかも介抱させたことは山崎は、覚えていなかった。
翌月曜、オレは山崎に激怒した。「介抱した3人の時間をどうしてくれるんだ。」と。
山崎はそれ以来、ちょっとおかしい。仕事中、ボーっとすることが多くなったし、
みさかいのなさに磨きがかかった。あまり、しゃべらなくなった。
佐倉から通っているというユキエが帰った。
ユキエはボーリングをしたがっていたが、誰も賛同しなかった。
ユキエが帰っても、他の誰も帰ろうとはしなかった。
オレは酩酊していたし、沢村は山崎にバトルを仕掛けていた。そんな時間帯だった。
店を出たことも、次の居酒屋へ移動したこともあまり覚えていない。
「手が、好きなの」と、キスよりも手をつなぐことを重要視していたアケミの手をオレは
無理矢理とって、山崎が先導した次の居酒屋へ行った。
酔いにまかせてアケミを引き寄せて彼女の首の後ろへ手を回し、素早くキスした。
見ていた沢村がオレをはたいて、「なにやってんだなにを」といってニヤニヤした。
おそらく11時を過ぎていた時間にオレら6人は、靴を脱ぎ靴箱に入れて、木の札をとった。
そのときアケミは、左手を腰にあて右掌を上に向けオレを指差しながら、
「あんたさ、ホントに帰っちゃうわけ?許さないよ?」といった。
オレの宴会は大概、午前2時がリミットだ。眠くなるし、飽きる。
11時過ぎにアケミが店に入ったということは、もう電車では帰れない。
タクシーで帰るか、朝までいるか。
オレはおどけて、キザなセリフをわざとらしくいった。
「おまえがいるなら、帰らない。」
アケミはニタァ~と口を横に広げて笑ってみせた。すぐ後に真顔になってアケミは、
ものすごい勢いでオレのアタマをはたいて、くるっと席へ急いだ。
■4
エミはオレの右隣に座っている。左隣の山崎は少し疎外されている。
トイメンには中央に沢村、向かって左がアケミ。右にミキ。沢村によりそうようにしている。
アケミはあぐらをかいて両手をヒザについて、ガラ悪く飲んでいる。
山崎は、たまにいなくなったかと思えばいきなり現れてしゃべりまくったりする。
情緒不安定だ。
オレはすでにデタラメになっている。座敷スタイルのこの店が、どこにあるのかよくわからない。
「エミちゃんさ、こないだオレらキスしてたっけ?」
先週の宴会の話をしていてその流れで、オレとエミのキス疑惑を追及された。
「よくわかんなぁい。やたら髪をこう、やられてたのは覚えてますけど。あは!」
額にはりついていたエミの前髪を、なでつけるようにして触っていたオレの仕草を再現しながら
エミはいった。
「キスはー、覚えてないですねー」
当然だ。していない。エミはあごをひいて上目遣いになりながらいった。
小さいエミは座敷に座っていても、頭ひとつ分オレより低い。
「しかしさ、したことになってるぜ?してないのにそんなんいわれたら損じゃん?しとくか?」
とオレはいった。エミは、
「ホントお~?ホントにい~?」とバカっぽくいって大きい目をパチパチさせ愛嬌を示した。
アケミの目の前で違う女とキスすることは本意ではなかったが、デタラメになっているオレは、
理性を押し切ってエミの首に手を回して近づけ、小さくてやわらかそうな唇を犯した。
少し長い時間エミの口を吸って離れると、他の奴らはなかばあきれたようにしていた。
アケミの表情をオレはうかがい見ることが出来なかった。山崎は「やってるし」といい、
ミキが沢村に「なんかコメントは?」と訊くと沢村は「うらやましい」とだけ答えていた。
エミは「なあんだ、そんなに盛り上がりませんでしたね」といって唇をぬぐった。
いずれにしてもこれは宴会の余興だった。デタラメになっているオレには、盛り上がろうが
しらけようが関係なかったが。
それから何度もエミとキスしたがあまり覚えていない。周囲も見慣れたらしく、特段注目も
されなくなった。エミは「なあんだ、もう誰も見てくれませんね~、つまんなあい」といった。
何度もキスをしているうちにオレは、これが余興なのか欲望を解消するためのものなのか、
よくわからなくなっていた。
アケミの反応や表情を見たいと思ったが、オレはしばらくエミとのキスにあけくれた。
居酒屋を出た時刻は午前1時をまわっていた。電車はもうない。誰も帰るとはいいださなかった。
山崎が、朝までやってるカラオケ屋を知っていた。オレら6人は山崎に連れられて店に入った。
山崎はフロントで金額の交渉をしている。彼は仕切りたがり屋だ。コンパやサークルでも、
よく幹事をつとめているという。情緒不安定になっているとはいえ、おさえるところはおさえた。
カラオケ屋。オレはすでに呂律があやしいし、思考もヤばい。
しかしエミとアケミを左右に置くポジションに座ることにはこだわって成功した。
ボックス席の角に座っている沢村の隣にはミキがいる。ミキは1曲も歌わず、途中で眠くなると、
沢村の胸にもたれて動かなくなっていた。
沢村の嫁は、沢村の帰りが遅いことに腹を立て、1歳半になる子どもを連れて夜中、
実家に帰ってしまったらしい。電話をしまいながら複雑そうな顔をしている沢村にオレが、
「おいまたかよ、大丈夫か?」というと沢村は、「しらねーよんなもん。」と強がって、
ミキの隣に座った。ミキはかまわずまた沢村の胸にもたれて誰かの歌を聴いているのか
聴いていないのか、目をうつろにしている。
山崎は、浜崎あゆみが最近のお気に入りらしく、
「あゆ最高なんだよね、歌詞読んだことある?読んでほしいね。もうね、勇気づけられるんだよ」
などと中学生のようなことをいつも言っている。
山崎の男声で、浜崎あゆみが鳴る。気持ち悪かった。エミは2つ目のマイクをとり、
山崎の歌を奪い歌い始めたりしている。
閉店を告げる電話が鳴って追い出された。午前4時半。始発までまだ少し時間がある。
駅までの道を、オレはアケミと手をつないで歩いた。沢村はミキといっしょに歩いている。
一番元気なエミは、朝日に照らされた白い肌をキラキラさせながら先頭を歩いた。
一番後ろを、疲れた顔の山崎がとぼとぼと着いてくる。
喉が渇いたオレはアケミの手をひいて「なんかちょっとジュースでも飲もうぜ」といって
駅の入り口を通り過ぎた。
このまま二人でどこかへ消えてしまいたがったが、後ろから呼び止める声がした。沢村だった。
アケミが振り向いて「ジュース飲んでから帰るよ」といった。駅のロータリーにあるスペース。
自販機を見つけたオレはアケミをベンチに座らせてジュースを買った。
戻ると沢村とミキが近づいてきて、向かいのベンチに座った。言葉はない。4人とも疲れている。
エミと山崎はもうホームへ向かったようだった。
沢村が、「ま、いろいろあったけど、おつかれさん。じゃ、またどっかで。」と、
別れの挨拶をしはじめた。オレは沢村の目を見て軽くうなずいて、
「いいからおまえら二人ではやくどっか消えろ」といった。
ミキはケラケラ笑い、沢村は複雑な表情をしていたが、やがて二人は目で合図をして、
並んで駅の方へ向かい、そして駅を通り過ぎて、ホテルのある方へと向かっていった。
取り残されたオレとアケミは、無言のままずっと沢村とミキの後姿を追っていたが、
二人は一度も振り向くことはなかった。沢村とミキの背中が消えてなくなるころ、
アケミがぽつりといった。
「あの二人、ホントにヤっちゃうのかな?」
「ヤっちゃうんじゃねーの?だって駅通り過ぎてたじゃん。」
「ホント?ホントにぃ?信じらんないよー」
普段強気なアケミも、意外な二人の組み合わせと、急な進展を目の当たりにして、
驚きを隠せない様子だった。
「オレらもどっか行こうか。」
アケミを促して立ち、歩き始めた。アケミはオレの言葉には答えなかったが、立ち上がった。
「えー、あの二人がねぇ。。」とぶつぶついってるアケミの手をとって手をつないで歩き始めた。
そして、ホテルへ向かった。午前5時。
■5
普段の生活に戻った。土曜は二日酔で気持ち悪かったが、ホテルにケータイを忘れていた。
自転車を走らせた。見つかった。家に戻った。落ち着かなくなっている。たぶん情緒不安定。
いつも酒で紛らわす。ビールを開けた。何本も開けた。酔わない。それでも飲みつづけた。
ワールドカップ。1次リーグが始まっている。見た。それほど、面白いとは思わない。
買物へ行ったり、新しいゲームを買ったり、ビデオを借りたりした。飲みつづけた。
アケミに会いたいと、切実に願っている。飲みつづけると、少し紛れる。
胸の痛みは、ビールが散らしてくれる。
アケミは、いい女だった。アケミは、結婚している。オレもだ。
オレはアケミに会いたいと願っている。ケータイメールが気になっている。
この場合、オレにはビールを飲むしか方法がうかばない。飲みつづけた。
月曜。
新しいプロジェクト。営業には、「8時50分に、マネージャーのところをたずねてください」
と念をおされていた。遅刻できない。マネージャーのところへ行った。いた。
マネージャーは、「おー久しぶり、そこ」とだけ言って、オレの新しい席を示した。
前にいたプロジェクトだ。メンバーは、オレがいたころの4分の1もいなかったが、
みんな、知った顔だった。もっとも、朝9時に出社している奴は、ほとんどいなかった。
オレはパソコンも何もないデスクに座り、しばらくボーっとしていた。オレのパソコンは、
インフラチームという環境専門の軍団が用意してくれているはずだった。
やることのないオレは、ボーっとしたり、知った顔のところへ話しにいったりした。
二つとなりの席の斎藤さんは、オレの自転車仲間でもある。そして彼は、無類のサッカー好きだ。
明日の、サッカー日本代表対ベルギー戦を、どこで観戦するかとかいった話題になったとき、
マネージャーがやってきて、「自転車の話もいいけどさ」と切り出した。オレは、
「いやいやそうゆう話じゃないですけど。」と返した。マネージャーは「え?違うの?」といい、
「これから新人向けのオリエンテーリングやるんだけどさ、中村クンは、いいよね?」と続けた。
プロジェクトの体制や仕事の内容、あるいは、どのお客さんが強いか弱いか、のような話。
オレはふざけて、「いや、ぜひききたいっす。」といった。マネージャーは、「は?金とるよ?」
といって去った。斎藤さんは、国立競技場のオーロラビジョンで観戦するという。
オレはできることなら、アケミと一緒に観戦したいと思っていた。アケミにメールした。
新しいプロジェクトといっても元いたプロジェクトで新鮮味がなくてつまらないことを伝えたあとに、
「ベルギー戦どうする?」と誘った。
しばらくして着いた返事には、人がいなくなり静かで寂しくなったことと、ぜひサッカー見たい
ことなどが書かれていた。しかし最後は、「他に誰誘ったらいい?」で締めくくられていた。
オレは「まかせるよ。君に会えたらそれでいいんだ」と気障に返した。
本当なら2人きりがいいと思っているオレのふざけた気障なせりふを聞き飽きているアケミは、
その気障な部分を完全に排除し、最初の「まかせるよ」だけ受け止めてそして、
「ミキさんとユカさんあたり誘ってみるけど、期待しないでね」と返してきた。
ユカさんは32歳だが、いつも挑発的な短いスカートをはいて太ももをあらわにしている。
会話も楽しく、喫煙室ではいつもセーラムライトをくゆらせながら、「ねえねえちょっときいて?」
ときりだして喋りまくっていた。
オレのデスクには、警視庁のマスコットである「ピーポ君」が飾られていて、オレがユカさんより
早く帰ると、必ずピーポ君はいたずらされていて、朝会社に着くと、ピーポ君はいつも違うところに
いた。ピーポ君には今、口紅とアイシャドウが塗られ「ピーポちゃん」になっている。
全てユカさんの仕業だった。オレの形見だといって、ユカさんにピーポ君をゆずってオレは去った。
5時半に仕事が終わる。オレは5時31分には、オフィスを後にしていた。スポーツカフェへと急いだ。
■6
目当てのスポーツカフェに着くと、日本対ベルギー戦の間だけチケット制になっていて、
店の中に入れずあぶれている若い集団が外から、店内にある80インチのテレビを、
歓声をあげながら覗き込んでいた。
ひとつ路地を隔てて奥にある、いつも競馬中継を放送している居酒屋の中はガラガラで、
日本代表のユニフォームを着たカップルが数組、カウンターにある大きめのテレビの前に
陣取っているだけだった。
ユカさんだけ連れてきたアケミと合流して、その店に入った。試合はすでに始まっていて、
まだ観戦に集中できないまま、ビールを注文した。
「ユカさん久しぶり。」 軽く右手をあげながらオレはいった。
「あんまり久しぶりでもないけどね。」
「久しぶりだよ、ユカさん宴会にも来てくれなかったし」
「いや、あたし人選ぶから。ちょっとあのメンバーじゃねぇ」
「やっぱ山崎ダメだった?」
山崎とユカさんは隣の席だった。二人とも仕事では一歩も引かず妥協しない。
それゆえしばし衝突することもあった。
「山崎もそうなんだけど、あーのちっこいのと細いのいるじゃん?あのコらよ」
ちっこいのはエミで、細いのがミキだ。
「ほぇ~そうなの?だって一緒にメシ食ってるじゃん」
「仕方なくね。ひとっ言も話してないわよ。細いのなんかさ、
昔いじめられっこだったっていってたけど、あんなのいじめられて当然よ」
といってユカさんはミキの悪行をひとつづつ話した。
途中からアケミも思い出したように、
「あたしも今日はぶちーんキレたね。あのちっこいのには。」と切り出してきた。
「あたし言ったもんね、『もうあんた帰っていいから。あとはやるから』って、いっちまったさ」
アケミは、仕事が出来ないエミの、開き直った態度が気に入らないと語りだした。
プロジェクトを離れたオレに、彼女らの憤懣が集中した。
いる間には、決して聞けないような爆発的な愚痴だった。
日本対ベルギーは、前半なかばにさしかかり0対0の均衡を保っている。どちらが優勢ともいえない。
サッカーの画面と、彼女たちの顔を交互にみながら、時には歓声を発し、相槌をうちながらオレは、
淡々とビールを飲んだ。
他人の悪口を聞くのは嫌いじゃない。どっちにだって言い分はあるし、双方自分が正義だと信じている。
どちらかが優勢になり、どちらかが劣勢になる。より多くの人を巻き込んで、力の強いものが勝つ。
彼女らにとって、人の悪口は真剣勝負だ。真剣勝負を見るのは、たまらなく興奮する。
オレは、ユカさんやアケミの話を聞くときは、二人が正しいと言って味方するだろうし、
エミやミキの側に立っても、「君らが悪いよ」なんて野暮なことは言わない。
オレは「観戦者」という役割を果たすだけだ。
テレビの日本代表は、前半が終了し、ハーフタイムになっていた。テーブルには食いきれないほどの
量のつまみが並び、ユカさんは焼酎をたのみ、オレとアケミのビールはすでに3本目に突入した。
後半戦に突入した。
ベルギーが1点先制した。オレら3人も、カウンターのカップル2組も、一気に消沈した。
そのすぐ後に、鈴木が同点のゴールを決めた。思わず立ち上がった。3人でハイタッチを交わした。
喜びに沸きあがっていると、カウンターのカップルの女の方が振り向いて、ビールのジョッキを
かかげた。まずアケミが呼応し女と乾杯した。オレとユカもジョッキを持ち乾杯に応じて、
青い日本代表ジャージを着ているカップルの男の方も立ち上がって、入り乱れた。
「すげー」だの「ニッポン最高!」だの喜びの言葉を次々に口にした。
そしてまたテレビに釘付けになった。
稲本が2点目を入れたときも、そして稲本が3点目を入れてそれがオフサイドだったときも、
オレらは興奮した。店の隅の方では、サッカーに関係なくただ飲みに来ていた客もいたが、
そんなのはお構いなしだった。最終的に、引き分けになるまでオレらは、店の中央で立ち上がり、
盛り上がっていた。
日本代表の試合が終わってもさらに飲みつづけた。韓国戦が始まったが見ていなかった。
3人とも日本酒に切り替えて、日本酒に弱いアケミは、いつもより激しく酔っていた。
ユカさんのしゃべりも、より激しさの度合いを増していた。
「結婚なんかしないわよ。彼氏がいればそれでいいじゃない。なんの不自由があるってゆうわけ?」
「安い女なのよ。着るものだってボロだしさ。でも男には、安い女だって、思わせたくないの。」
「あんたはなんで結婚してるわけ?する必要なんかないじゃない。結婚が、そんなにいいの?」
ユカさんのボルテージは上がっていった。アケミはケタケタ笑いながら小躍りしていた。
10時を少し過ぎたころ、アケミはケータイをとり出してメールを打ち始めた。
残業を終えた野村を、呼び出すのだといった。野村はアケミに惚れている。
オレは、いやな感じがした。
■6
ひょこひょこと野村が現れたとき、オレはユカさんの隣にいた。
酔ってデタラメになっているアケミは小躍りしながらうろうろしていた。
アケミがトイレに立ったとき、オレはユカさんに「ちょっとあんたこっちすわんなさいよ」
といわれ、「は、かしこまりました」といって隣に座った。
それ以来、ユカさんにオレはつかまりっぱなしだった。野村は空いてるアケミの隣に座った。
ユカさんのトークは全てオレに向けらた。野村はアケミと楽しそうに話し始めた。
ユカさんの「ちょっとやそっとの口説きじゃだめね、あたしを口説いてごらんなさい?」
に反応したオレは、ユカさんの肩を抱いて口説きにかかった。これはゲームだった。
目の前のアケミと野村も、肩を寄せて話し込んでいた。オレはそっちが少し気になっていた。
オレは酔いに流されて、ユカさんを口説くテンションを上げていった。
アケミは野村に腕を絡ませて、手をつないで話し込んでいた。オレはアケミのほうを気に
なってチラチラ見ているが、アケミはただうれしそうな笑顔で野村のほうだけを見ていた。
仲のよさそうなアケミと野村に腹が立ち、心細い気持ちになった。
しかしオレもユカさんを口説いている格好になっている。
酒に身を委ねて、なるようになればいいと思っていた。
オレはふざけてユカさんにキスを迫った。「あまいわよ」とだけいわれてなしえなかった。
目の前ではアケミがふざけて、野村にキスを迫っていた。野村は「ドキドキするからやめて~」
といいながら赤ら顔をうれしそうにふくらませていた。
オレは野村を殺したくなった。しかし、抑えた。
殺人衝動を紛らわすため、アケミと野村をもう見ないことにして、ユカさんに没頭した。
しばらくしてアケミが「気持ち悪い」と言い出して店の外へ出た。野村はアケミの背中に
手をあてながら介抱する形で連れ立っていった。オレはだいぶユカさんと話し込んでいたが
気になって「アケミ大丈夫かなあいつ」というとユカさんは「ちょっと見てきなさいよ」と
いってセーラムライトを吸い込んだ。
外に出るとアケミは店の横で座り込んで青白い顔をしていた。野村がアケミの背中に手をあてていた。
オレが「おいだいじょうぶかよ」というとアケミは「気持ち悪い」とだけいって黙った。
オレは店に戻りユカさんに「どうだった?」と問われ、「ダメ」と答えた。
12時前にラストオーダーを促された時点で店を出ることにした。
アケミと野村はまだ店の外だった。
アケミは動かないまま野村にぼそぼそと声をかけられていた。オレとユカさんは賑やかに話しながら、
座り込んでいる野村とアケミのとなりに座り込んで、さらに話しつづけた。
オレはアケミの様子が気になっている。野村を殺したいと思っている。ユカさんを口説いている。
急に、野村とアケミは立って、消えた。
オレは気になったが、まだユカさんの話が残っていて、後を追うわけにもいかなかった。
ユカさんも気づいて、「あら、いないわね、どこいったのかしら?」と呑気にいって立った。
落ち着かなくしているオレを見てユカさんは、「そんなにおうちへ帰りたいの?」と挑発して、
「あたしは朝まで飲んだ翌日でもちゃんと会社いくからね。まさか、帰るなんていわないわよねぇ?」
と続けた。
オレは野村といっしょに消えてしまったアケミが気になって仕方がないでいる。
アケミのことが好きで、気になって仕方がないんだと、ユカさんにいいたいと思っている。
しかしこれを言ってしまうと、今夜の宴会は、最悪になる。
口説きつづけていたユカさんを裏切ることになるしそれよりも、ユカさんはこの宴会中ずっと
裏切られ続けてきたことになる。ユカさんのプライドは傷つけられる。
本当の気持ちに素直になったほうがいいのか、最後までユカさんを立てるべきか悩んだ。
消えてしまった野村とアケミのことはあきらめるとしても、オレはこの気持ちを引きずったまま、
朝までユカさんといる気にはなれなかった。そしていった。
「オレ、アケミが好きなんだ。だから、ごめん帰る。」
ユカさんは「じゃあアケミちゃんのこと心配じゃないの?野村とどっかいったわよ?」といってくれた。
オレは「いいよ、あきらめるよ。今日はもう帰る。」と子どものようにいじけた。
「ちょっとまって、アケミちゃんに電話するから。」といって電話したが繋がらなかった。
すると次にユカさんは、「あんた野村の電話番号知らないの?」といってさらに食い下がった。
オレは野村の番号を知っていた。ユカさんにかけてもらうのはみじめだったからオレが直接かけた。
つながった。
「どこにいるの?」というと野村は、
「いや、ちょっと。。」といった。その一言を聞いたオレは全てを察してそしてわけがわからなくなった。
「ちょっと?ちょっとじゃねえよてめ、いいからでてこいよ。」
怒鳴った。
電話が、切れた。
■7
「あんた、そんなんじゃ出てくるものも出てこれなくなるでしょ?ちょっと貸してみなさいよ。」
怒鳴った勢いもありオレは心中おだやかでは決してなかったが、女に仲介されてまで、
好きな女をとりもどそうなんて、格好悪い真似を演じるのはたまらなく嫌だった。
だからオレはユカさんを見て、「もういいよ、気が済んだ。」といった。しかしユカさんは、
「あたしの気持ちがおさまらないのよ。もうあんた一人の問題じゃないんだからね?」といって
オレの電話をうばった。そして「リダイヤルどこ?これね?」といって野村にかけた。
繋がったらしくユカさんは、「野村クン?あなた今、どちらにいらっしゃるのかしら?」
とわざと慇懃に話し始めた。
不用意な奴だ。野村、ケータイの電源を切っておくことは考えなかったのだろうか。
オレは野村を気の毒に思った。野村を気の毒に思ってるオレ自身を滑稽に思った。
オレはだいぶバカバカしく思えるようになってきた。しかしユカさんの電話は続いている。
「野村クンあなた、わたくしを敵にまわして、よろしくって?わたくしを誰だとお思い?」
ユカさんが芝居がかってきた。叶姉妹のような口調になっている。このユカさん、キレている。
野村の返答が思い浮かぶ。きっと、「あ、いや、その、、」とか言っているに違いない。
「でてきてくださるわけね?あたくしはどちらでお待ちしたらよろしくて?」
話がまとまったようだった。ユカさんはケータイを閉じてオレに返した。そして、
「さ戻るわよ。彼、ちゃんといらっしゃるかしら?」といって高々と笑い声をあげた。「オホホホホ」。
外で最初に座った場所に戻った。オレはもうユカさんに命じられるままになっていた。
オレは座り込み壁にもたれた。ユカさんは、腰に手をあてもう片方には携帯を持って仁王立ち。
通りのつきあたりの派手なホテルから、アケミが出てきた。左右をきょろきょろしていた。
ユカさんが大きい声で「こっち、こっちよ」とアケミを手招きした。アケミは無邪気そうに、
小走りで近づいた。「どこ行ってんのよ、心配したでしょ?」というユカに、
「ごめーん、ずっとトイレで吐いてた。」とアケミは悪びれもせずいった。オレは安堵した。
しかしオレは不機嫌そうに、「野村は?」と訊いた。「トイレ行ってから出るって。」アケミが言った。
ユカさんは、「オホホホ、ホテル代もったいないことしたわね野村」と得意になった。
野村が出てきた。
この野村の冴えないメガネの顔を見た瞬間にまたオレはオレの中で、爆発した。
「おまえなにやってんだよ?ちょっと来いメガネ取れメガネでメガネ探せメガネメガネって、あ?」
怒鳴りながら人差し指を指して野村へ向かっていった。驚いたことに野村は逆ギレ(?)し、
「アケミさん気持ち悪いってゆうからちょっと休ませてただけだろーがー」
と語尾を荒げてオレに向かってきた。
オレと野村がぶつかったとき、野村はオレの胸ぐらを激しくつかみネクタイを乱した。
オレは野村のメガネをとり、つまんでぶらぶらさせながら、
「メガネ取るの忘れるなメガネ。捨てるぞメガネ、そしたら探せメガネメガネメガネって。」
と繰り返した。
女が2人、間に入った。オレらは女に押さえ込まれながら罵倒しつづけた。
後ろからクラクションを浴びた。オレは振り向いて吠えた。ボンネットに飛び乗って張り付いた。
クラクションの主に当り散らした。運転席側へまわりドアを開けようとしたがロックされていた。
「でてこい」といったがクルマは走り去った。オレはまた野村へ向かったが女に止められた。
そこでオレは力を緩めた。疲れたオレは壁際にふらふらと歩いて、座り込んだ。
最悪だった。
ユカさんは正論をぶちまいてオレらを諭そうとした。アジをぶって自分に酔ってるように見えた。
聞いてないつもりだったが耳に入ってきた正論に条件反射でオレは反論した。
ユカさんは黙ってしまい、やがてキレて「あんたらもう勝手にしなさいよ」といって放り投げた。
野村に「てめ帰れよ」と毒づくと「おまえが帰れ」と返された。アケミは、どうにもならないような
慰めの言葉をかけてくれる。本当にどうにもならなかった。全てが、終わりだった。
何人かの仲間を失った。
そうして祭りは、終わっていった。
(おしまい)
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