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クロニクル エリツィン大統領辞任1999(平成11)年12月31日21年前のこの日、ロシアのエリツィン大統領が、病気を理由に辞任、プーチン首相が大統領代行に就任しました。プーチン代行は翌年3月の大統領選挙で圧勝。ロシア共和国で2人目の大統領に就任し、権力の基礎固めに乗り出し、やがてエリツィン氏を凌ぐ強大な権力を握りました。 その後、大統領の連続再選を認めないロシア共和国憲法の規定に従い、メドベージェフ大統領の下で首相に就任、同大統領の任期満了に伴って、12年の選挙で再び大統領となり、現在に至っています。実質20年間にわたって権力の座にあり、さらに憲法を改正したことで、今後もさらにロシアの独裁者として権力の座に座り続ける魂胆のようですが、最近は長期政権の弊害の方が目立つようです。あと4時間弱で、2020年も終わりを迎えます。年初には予想も出来なかった大変な年になりましたが、ほぼ100年前の1918年~19年にかけては、スペイン風邪が猛威を振い、世界で67.5万人が亡くなっています。COVID-19では、今日までのところ世界で約32万人がなくなっているそうで、今の勢いでは、スペイン風邪に近いところまで、増えていくのかどうかが気になります。来年も気に抜けない日々が続きそうですが、終息に向けての兆しが少しでも見えてくることを期待したいですね。お互い、来年も元気でブログを通じてのお付き合い、よろしくお願いいたします。
2020.12.31
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クロニクル マーシャル・プラン終了1951(昭和26)年12月30日69年前のことです。マーシャル・プランとは、1947(昭和22)年の6月2日に、アメリカ合衆国国務長官のマーシャルが発表した、ヨーロッパの復興計画を指します。 第二次世界大戦終了後の世界は、東西ドイツや東欧を巡って米ソの対立が目立ち、アメリカは、東西に分割されたドイツの西側、西ドイツの経済復興を急ぎ、ここに西ドイツ地域の再生と英・仏などの復興をも測る必要が生じていたのです。こうして実行されたマーシャル・プランは、西ドイツの目覚しい経済回復に繋がり、西ドイツ経済の力強い復活が英仏などの経済に好影響を与えるなど、アメリカの期待以上の成果を生んだのでした。こうして、開始から4年半余のこの日、マーシャル・プランは所期の目的を達成して、終了することとなったのです、アメリカのヨーロッパへの経済援助は、総額で120億ドルに達したと言われます。
2020.12.30
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クロニクル 映画の誕生1895(明治28)年12月28日19世紀も終わりに近い1895年のことですから、125年前のことになります。この日フランスのリュミエール兄弟、オーギュストとルイは、シネマトグラフを開発、公開しました。 兄弟の父、アントワーヌは肖像画家でしたが、ダゲレオタイプ(最初の写真機)が発明されると写真館を開業するなど、進取の気風の持ち主でした。兄弟は、こうした父の遺伝子を受け継ぎ、1894年にパリでエジソンの発明したキネストコープ(映画の原型、箱の中を覗くと動く画面を見ることが出来るが、スクリーンに投影することはできないため、1度に大勢が見ることはできない)を見て、大きな刺激を受けました。ここから兄弟は本格的な動画作りに取り組み、キネストコープを改良、スクリーンに投影することによって、一度に多くの人々が鑑賞できるシネマトグラフ・リュミエールの開発に成功したのです。 二人は、自らの工場の近辺などで撮影を行い、1895年12月28日、パリのグラン・カフェ地階のサロン・ナンディアンで、撮影済みの映像を有料で公開しました。これが1度に多くの人たちが、一緒に大きなスクリーンを見つめたという意味で、本格的な映画の始まりでした。とりわけ「汽車の到着」では、カメラに向かって走ってくる汽車を見て、観客が大騒ぎになったと、当時の新聞が伝えています。兄弟はその後、リュミエール協会を作り、世界中にカメラマンを派遣し、映像を撮り続けたのです。2人のおかげで、日本を含む世界各地のこの時期の映像記録が残ることになりました。すると、今度はエジソンがリュミエール兄弟の活躍に刺激を受け、映画撮影のための施設を作って、こちらはドキュメンタリーではなく、劇映画の製作に乗り出しました。こうして20世紀は、映画の世紀として始まることになりました。
2020.12.28
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クロニクル 第1回日本レコード大賞発表1959(昭和34)年12月27日61年も経つのですね。この日文京公会堂で、第1回の日本レコード大賞の発表会が開催されました。 大賞に選ばれたのは、この年デビューしたばかりの故水原弘の『黒い花びら』でした。 > 黒い花びら 静かに散った あの人は帰らぬ 遠い夢 俺は知ってる 恋の悲しさ 恋の苦しさ だからだから もう恋なんか したくない したくないのさ <と新人らしからぬ堂々たる歌いぶりでした。 永六輔の詞が中村八大の曲調に良く会い、ポップスのリズムが新鮮だったもので、高校2年の仲間の間でも、良く歌われました。 新人歌手の大賞となったため、この年は新人賞はなしとなっています。 ところで、大賞歌手の死は、彼が第1号だったと思いますが、略称レコ大も61年を数えたとなると、当然と言えば その通りなのですが、鬼籍に入る方が年々増えていますね。寂しい限りです。
2020.12.27
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クロニクル ソ連邦消滅1991(平成3)年12月26日29年前のことです。この日、ソ連最高会議はソヴィエト連邦の消滅を宣言、ソヴィエト社会主義共和国連邦は、地上からその姿を消しました。この年8月19日、ソ連共産党保守派がクーデタを起こし、ゴルバチョフ書記長兼大統領を軟禁しましたが、ロシア共和国大統領のエリツィンらが反対、クーデタは僅か4日で失敗に終りました。この事件によって、共産党の権威は完全に失墜、エリツィンはロシア共和国内における共産党の活動を全面的に禁止し、ゴルバチョフも8月24日にソ連共産党中央委員会に自主解散を要求、党資産の全面接収に踏みきりました。こうして共産党は事実上消滅するにいたりました。その後、既に独立を宣言していたバルト3国に続いて、ウクライナやベラルーシなどが、続々とソ連邦からの独立を宣言、12月21日には、バルト3国とグルジア(現ジョージア)を除く11共和国の首脳がCIS(独立国家共同体)の結成を宣言、ソ連邦存続の道が絶たれたのでした。ここにいたって、ゴルバチョフソ連邦大統領は辞任を決断(25日)、この日のソ連邦消滅宣言に到りました。 社会主義が一世を風靡した1つの時代が、ここに終了をみたのです。ソ連の消滅に喜びすぎてしまい、勝って兜の緒を締めることを忘れてしまった資本主義が、調子に乗って新自由主義と浮かれ、自己責任論とやらを振り回して、社会的弱者への手厚い保護を怠り、中産階級の没落まで放置して、富の偏在をも許してしまったことのツケが、大きく噴き出してしまい、殺伐とした社会環境を産んでしまったのが、現在の姿です。 ソ連が現在も元気な方が良かったのですかね?
2020.12.26
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クロニクル ヴェトナム軍カンボジアに侵攻1978(昭和53)年12月25日42年前のこの日、ヴェトナム政府軍が国境を超えてカンボジアに侵攻、28日にかけて、カンボジア東部で激戦を展開しました。その後、優勢となったヴェトナム軍の後押しを受けて、翌79年の1月11日に、親ヴェトナム派共産党によって、カンボジア人民共和国の成立が宣言されました。75年に成立したポル・ポト派中心の政府は中央を追われましたが、それでも根強い抵抗を続け、そこにシアヌーク派や右派のロン・ノル派が加わり、カンボジアは、内戦に突入しました。ポル・ポト派による都市住民の大量虐殺が明らかにされたのは、それから1年ほど後のことでした。
2020.12.25
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クロニクル 米国でBSE 2003(平成15)年12月23日17年前のことです。米国時間のこの日、米国農務省は、BSE感染牛が見つかった旨を発表しました。日本ですと、当時は天皇誕生日ですから、通常この日の発表はありません。発表を受けて、日本政府は24日、早々と米国産牛肉の輸入禁止を発表しました。 発表当初、私は米政府の圧力に弱い日本政府だけに、この輸入禁止措置は、短期で解除されるだろうと考えていました。ところがそれは、私の読み違えでした。 吉野家など、米国産牛肉を使っていた牛丼チェーンの多くは、やがて牛丼の販売を、米国産牛肉の輸入再開まで、中断せざるをえない状況に陥り、販売最終日の模様は、各テレビ局がリポーターを派遣して実況する社会問題になるほど、センセーショナルな出来事になりました。 対米関係では、極めて珍しい日本政府の粘り腰でした。月齢24ヶ月までの若い牛に限っての輸入再開後も、禁輸部位が混入していたことが明らかになり、再度輸入がストップするなど、BSEを巡る混乱はおおよそ3年に亘りました。 米国側の求める月齢36ヶ月までの輸入制限緩和についても、日本側がそれを受け入れたのは,2012年に入ってからのことです。ここから私が学んだ教訓は、農家及び農業保護に関わる問題では、国会議員と農水官僚の連携チームは、いまだに強力な抵抗勢力であり続けているということでした。最近は収まっているようですが、検査体制には大いに問題のある国ですから、隠れているかもしれないですね。近所に未だに米国産牛肉は食べないし、買わないという御夫妻がお住まいです。
2020.12.23
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クロニクル 伊籐博文初代首相となる1885(明治18)年12月22日135年前になります。この日内閣制度が発足して、伊藤博文が初代総理大臣に就任することが決まり、同日伊藤が組閣を完了して、第一次伊藤内閣がスタートしました。 外務大臣井上馨、大蔵大臣松方正義、内務大臣山県有朋、陸軍大臣大山巌、海軍大臣西郷従道、文部大臣森有礼、司法大臣山田顕義と長州から4人、薩摩から4人と、薩長出身者を仲良く4人づつ配した、完全な藩閥内閣でした。他に土佐藩出身の谷干城が農商務大臣、幕臣だった榎本武暢が逓信大臣となっています。それだけにバランスが取れていましたので、この内閣は1888(明治21)年4月30日まで、2年4ヶ月と、この時期にしては長続きした内閣でした。
2020.12.22
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クロニクル 首都高と東名の接続なる1971(昭和46)年12月21日49年前ですね。この日、首都高速3号渋谷線の渋谷~用賀間が開通しました。これで渋谷線は全線開通となり、首都高速と東名高速とが接続されました。ちょうど30代前半の74年から75年にかけ、組合の役員をやっていた関係で、都心からこの道を通って、当時住んでいたよみうりランド前まで、深夜のご帰還というのが、何度もありましたので、この道は懐かしい道です。当時は深夜でも渋滞が多かったですね。 今はどうなのでしょうね。
2020.12.21
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クロニクル 第一次インドシナ戦争始まる1946(昭和21)年12月19日74年前のことです。この日、フランス軍が、ヴェトナム軍に攻撃をかけ、ここに1954(昭和29)年5月に、フランス軍の拠点ディエンビエンフーが陥落するまで7年半に及ぶ、第一次インドシナ戦争が始まりました。ヴェトナム、カンボジア、ラオスのインドシナ3国は、19世紀の80年代以降、フランスの植民地とされてきましたが、1941年7月末から、仏領インドシナに日本軍が進駐、支配下においてきました。その日本は1945(昭和20)年8月15日に、ポツダム宣言を受諾して降伏しました。その時、主に米軍の力でドイツ軍の占領から開放されて1年しかたっていないフランスに、植民地占領軍を再派遣するするだけの力はなかったため、現地の日本軍は、ホー・チ・ミンらのパルチザンに武器・弾薬を渡して降伏したのです。ここに、ヴェトナム軍の編成を見たのですが、翌46年のこの日、ようやくこの地に派遣されたフランス軍部隊が、ヴェトナム軍との戦闘の火蓋を切ったのでした。 戦争は7年半に及び、1954年5月にディエンビエンフーに包囲されたフランス軍の降伏によって、ホー・チ・ミンらのヴェトミン軍の勝利で決着しましたが、その後にアメリカ合衆国の介入が始まり、全ヴェトナムがヴェトナム人の手に返されるのは、1975年4月のことでした。
2020.12.19
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クロニクル 東京湾アクアライン開通1997(平成9)年12月18日あれから23年経ちました。川崎~木更津を結ぶ東京湾アクアラインが完成、この日開通式が行われました。 途中の海蛍までの川崎側は海中トンネル方式で、それ以後の木更津までは海上を走る方式です・ しかし、設定した料金が高く、物見高さに見物を兼ねて海蛍に出向く人々が一巡すると、利用車数は、想定を大きく割り込み、大きな赤字路線となりました。当初は料金が高いから、東京湾横断道路を使うという方も多く、無駄な道路の典型になっていました。とりわけ、悲劇的だったのが木更津市で、道路建設を当て込んで、高値に買われた地価は、バブル崩壊の憂き目のなかで暴落。JR木更津駅周辺は、進出したそごうの撤退と共に、閑古鳥が鳴き、寂れた状況が続きました。 現在は、高すぎる通行料が見直され、社会実験価格として普通車がETCで800円に割引されており、その結果、日曜祭日や平日でも夕方のラッシュ時などは、渋滞が生じるほどに、利用が伸びています。とりわけ、2012年4月に誕生した「三井アウトレットパーク木更津」の波及効果もあって、その後の利用車数は、それ以前の1,8倍に伸びました。しかし大幅な割り引き価格ですから、相変わらず赤字状態が続いています。 コロナ丅の今年を除いて、昨年2019年度の1日平均の利用者数は、4万台を少しこえるていぢで推移しており、開通後20年目の2017年の目標とした64,000台には、まだ距離があるのが現実です。
2020.12.18
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どうなるバイデン外交全くトランプという男は困ったちゃんです。彼は、バイデン青函が簡単に以前の米国外交の路線に戻れないようにしようと、議会の承認を必要としない分野(外交関係に多いのです)で、盛んに大統領令を発しては、やるべきでないことを次々にやらかしています。本当に困った奴です。12月10日、ホワイトハウスは、モロッコとイスラエルが国交正常化で合意しました。モロッコはUAE,バーレーン、スーダンに続き、トランプ政権の仲介で、イスラエルとの国交正常化に号した4か国目になりました。問題は、この合意の為に、トランプがモロッコに用意したご褒美にあります。西アフリカの大西洋岸、モロッコとモーリタニアに挟まれた面積26.6万平方キロメートル(日本の3分の2強)、人口約57万人の西サハラという国際連合の未承認国があります。ここは、1863年にスペインの埴民地となり、1963年にモロッコとモーリタニアがこの地に対する領有権を主張して争ったのですが、国際司法裁判所は、1975年に「両国は共に西サハラの領有権を有しない」との勧告を出しています。1976年のスペインの撤退後。西サハラを統合したいモロッコと、独立を求める現地住民のポリサリオ戦線との間で戦闘が勃発。一部国境を接するアルジェリアがポリサリオ戦線を支援しました。この争いは、国連の調停によって、1991年に停戦合意が成立、「国連西サハラ住民投票監視団」が停戦監視活動を続けています。この91年合意では、西サハラ住民に対し、独立の是非を問う住民投票を行うことが約束されていたのですが、有権者資格を巡って意見対立が続き、未だに実現しないままになっています。いずれにしても国連を含め、世界の大勢は、モロッコの西佐良は領有を認めていないのです。そんな西サハラについて、トランプはこれまで40年以上にわたって続けてきたアメリカの中立政策を放棄して、西サハラに対するモロッコの領有権を認める決定を下したのです。実は、ポリサリオ戦線はサハラアラブ民主共和国を名乗って、国家承認を求め、OAU(アフリカ統一機構)加盟国を中心に、国家として承認されており、中南米の国々にも初認する国が増えてきています。そんな中、モロッコ軍は、隣国モーリタニアに続く道路を、ポリサリオ戦線に封鎖されて使用が出来ないと主張して、軍事作戦を開始したのです。ポリサリオ戦線も受けて立ち、モロッコの停戦合意違反を主張して戦闘再開を宣言、軍事的緊張が高まっていたのです。そんな矢先、トランプ政権は、モロッコの西サハラ領有を認める決定を下したのです。アルジェリアはこうしたアメリカの姿勢に反発を強めており、近隣諸国を巻き込んだ地域紛争に拡大する可能性が強まります。そうなれば、国際的なテロ組織に新たな活動の場を提供することにも繋がりかねず、国際的な緊張を高めることにも繋がります。全くトランプは困ったちゃんです。大統領選の不正を訴えるのは、米国内の問題ですから、アメリカで解決してくれればいいのですが、国際問題に手を突っ込むと碌なことにはならないのです。トランプとイスラエルは、死の商人よろしく、モロッコに大量の新型兵器を売り込んでおり、その一部は既にモロッコ軍に装備されたそうです。そうなるとポリサリオ戦線との軍事バランスは大きく崩れます。トランプは、お金と兵器を使って、西サハラの人々の民族自決権を葬り去ろうとしているのです。全くトンデモないことをやらかしてくれました。1月20日以降、バイデンさんが苦労を強いられることがまた一つ増えました。
2020.12.17
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クロニクル 田中角栄元首相死す1993(平成5)年12月16日27年経ったのですね。27年前のこの日、元首相にして、ロッキード事件の刑事被告人でもあった田中角栄(通称カクさん)元首相が、死去しました。75歳でした。1972(昭和47)年に、54歳の若さで首相に就任。小学校卒の学歴から、今太閤と囃されて人気も沸騰、日中国交回復に成功するなど、治世の前半は順調でしたが、石油ショックの到来と狂乱インフレに悩まされ、田中金脈を追求されて、74年11月、辞任を余儀なくされました。その2年後の76年2月、ロッキード事件が勃発、7月末に逮捕されました。逮捕された田中元首相は、自分を逮捕させた自民党政治への報復を目指して、数は力とばかり、自派閥の拡大に熱中。50~60人規模だった派閥の適正規模を無視して、100人を超える超大派閥に育てあげ、キングメーカーに徹して、党内に隠然たる力を振るいました。 金権体質に染まりきった自民党と日本政治という図式は、ここに出来上がりました。その後、85年に脳梗塞を煩い、その後は政界を引退。一審で有罪判決を受けて、直ちに控訴していたロッキード裁判も、被疑者病気で開店休業状態になりました。そして、この日、8年9ヶ月の闘病を経て、田中元首相は死去。ロッキード裁判は、最終結論を出すことなく、ウヤムヤの終わりを迎えたのでした。
2020.12.16
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バイデン大統領の誕生確定米国東部時間の14日、大統領選出のための選挙人投票が行われ、バイデン候補の勝利が確定しました。残されている手続きは、形式的なものですから、これにてトランプの敗退が確定し、彼はホワイトハウスを退去することになります。ただ彼は、ホワイトハウスは明け渡すが、選挙の不正をただすための戦いは続けると公言しています、何のために? 自分が選んだ3人の判事が加わる連邦最高裁にも否定されているのに(連邦最高裁は、トランプ陣営に訴訟を、にべもなく「訴えの利益なし」と門前払いしました。通常最高裁は判決が全員一致でない場合、少数意見を判決文に加えるのですが、今回の二つの判決には、どちらも少数意見の記載はなく、判決は満場一致であったことが分かります。)、なお、選挙不正を訴え続けるのでしょう。トランプとその周辺にとって、資金集めに効果があるからであり、トランプ自身にとっては、さらに自らの影響力を維持できるからなのです。ご承知の通りトランプと彼の陣営は、大統領選の終了後に、選挙不正の訴えを起こし、そのための資金支援を呼びかけました。呼びかけは大当たりで、一挙に献金額が増え、何と11月末までの約1か月で、何と2億ドルもの資金が集まったのです。実はトランプ陣営は、選挙戦の終盤に資金不足に陥り、選挙広告を制限した上に、多額の借金を抱えてしまったのです。トランプ陣営の献金募集サイトやメールを見ると、「再集計と訴訟の為に資金が必要…」と大きな字で掛かれているのですが、良く読んでいくと、終わりの方に、細かな字で「資金の大半は選挙に関する債務支払いに充てられる」と書かれています。物品購入の契約書に良く書いて側が見落としがちな」小さな字で、購入者に不利な条項がこっそり盛り込まラている例の手口にそっくりなやり方です。法廷闘争は空振りで良かったのですね。トランプ支持者をペテンまがいの手法でごまかして、大量の資金カンパを確保し、さらのなお選挙不正を煽り立てることで、自らの露出を増やし、トランプ支持者に対する影響力を今後も保持しようとしているのです。この作戦は大当たりで、彼は先日上院議員選挙の決選投票が2組にわたって行われる(投票日は1月5日)ジョージア州を訪れ、大衆を動員した大集会とパレードを行い、共和党候補への支持を訴えました。トランプの今の勢いが続くなら、22年の中間選挙でも、共和党候補からの応援要請が続々と出てくるかも知らません。要するに、選挙不正の訴えで、自らが逆転勝利して、もう4年続けられるとは、彼自身本気で考えていたわけではないのです。要は金儲け(実は借金地獄からの解放)と人気の持続に真の狙いがあったのです。彼は商売人なのです。
2020.12.15
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クロニクル 民事再生法成立1999(平成11)年12月14日16年前のことです。97~98年の金融危機の余韻が残り、大型倒産の噂が耐えない時期のことです。そんな中のこの日、民事再生法が参院で可決成立しました(施行は、翌年4月1日)。この法は、全債権者の合意を必要とした和議申請(和議法)に代わる、再建型の倒産処理手続きを定めたもので、経営責任を厳しく問わないところから、経営者が選択しやすい点に特徴がありました。民事再生法が成立するまでの会社の倒産や再建については、破産法と会社更生法という二つの法律が対応しておりました。再建の見込みがなければ破産法で、全ての会社資産を処分して、債権者でその全てを分配して終わりにする。再建の見込みのある場合、選任された管財人の手で、会社の再建が図られる。このどちらかになるのが通例でした。 破産申請も、会社更生法の適用申請も、いずれも経営陣が行うのですが、どちらも手形の不渡りが決定的となった段階でしか、申請できない仕組みになっていました。つまり、ことここに至って、初めて申請が可能になるのです。ですから、追い詰められていよいよという段階での申請になりますから、もう少し早ければ再建できたかも知れないけれど、ここまで来てはもう無理だと、破産(会社の消滅)を選択するしか無くなるケースも多かったのです。これに対し、民事再生法は、会社更生法と同じ、会社再建を目指した法律ですが、手形が不渡りになる恐れがあるといった段階で申請が可能なため、再建が手遅れになる前に申請できるというプラス面がありました。 現実に倒産したわけではありませんから、経営者が退陣しなくても良いことになります。ただし、この申請が裁判所で認められるためには、債権者の2/3以上の同意(=賛成)が必要で、それが得られなければ、申請は認可されず、会社更生法に切り替えて申請せざるを得なくなります。あくまでも、現経営陣の下での再建が可能で、そうした方が自分の抱える債権の回収率が高まると、債権者が判断するか否かが、分かれ道になるのです。 例として、日本航空の再建は、会社更生法によってなされましたが、スカイマークの再建は、民事再生法の下で行われることになりました。 何故か。スカイマークの場合、大口債権者の数が少なく、2/3以上という再検査の合意が得やすかったのに対し、日本航空の場合は、債権者が多く、合意の取り付けが困難であったことが挙げられます。 民事再生法の適用を申請したけれども、債権者の同意が得られなかったケースとしては、マイカルのケースが有名です。マイカルの経営陣は、あなたたちが今後も経営にあたるのでは、会社の再建は難しいから支持できないと、債権者たちの不信を買い、再建計画を承認してもらえなかったのです。結局、会社更生法を申請して、イオンの傘下での再建を目指すに至りました。また、民事再生法では、管財人は選任されませんから、債権者が担保権を行使して会社資産を切り売りすることは阻止できません。ですから、しっかりした再建計画を早期に承認してもらい、資産の散逸を最小限に留めることも、再建を可能にする上で、とても大事なことになります。
2020.12.14
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クロニクル 韓国で粛軍クーデタ 1979(昭和54)年12月12日 またまた韓国政界が大揺れに揺れていますが、これで何度目でしょうか。隣国ですが、あの国では10年に1回よりも頻度が高いようですね。これも民主主義が成熟に至る過程の学習過程の一つなのでしょうね。逆に言うと、そういう大揺れがあまり見られない日本もまた問題ではあります。 今日のテーマは、41年前の韓国です。同年10月26日、朴正煕大統領が暗殺された後の政治的混乱の中で、軍内部の派閥争いも激化していきます。そうした中で、いずれも後に軍をバックに大統領職に就くことになる、全斗煥や盧泰愚らを中心としたグループが、この日参謀総長公邸を強襲して軍事叛乱を起こし、やがて軍の実権を握るに至ります。 ここに、韓国民主化の芽はいったん摘まれ、軍部独裁がなお続くに至るのですが、そのきっかけを作ったのが、ここに取り上げた粛軍クーデタと呼ばれる出来事でした。今また揉めていますね。
2020.12.12
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これからの米国政治(15) トランプ政権のいやがらせトランプは、勝てる見込みのない裁判闘争に熱中している振りをしながら、陰ではイタチの最後っ屁よろしく、ESG投資(環境・社会・企業統治実績などを基準に投融資を決定する方式)を制限する規制を大統領令や省令(いずれも議会を通さずに実施できる)という形で、実現しようとしています。大手投資ファンドやNGOなどが、環境問題や社会貢献に後ろ向きな企業を問題視し、そうした企業への融資に熱心な金融機関や投資家に圧力をかけてきたことで、大手銀行などは、ここ2年程前から石炭業界など化石燃料関連企業を中心に、投融資をしない方針を打ち出してきました。トランプ政権は、こうした企業の選別は不平等なので、融資の基準になるリスクは、個別企業ごとに精査することを命じるのです。この省令に対し、環境NGOなどは、「トランプ政権による化石燃料業界への最後の支援だ」と非難の声をあげています。労働省やSEC(証券取引委員会)でも、企業年金の運用(労働省)や株主提案のハードルの引き上げ(SEC)など、ESG投資に対するハードルを引き上げることを狙ったとしか思えない省令が用意されています。環境問題や格差是正に積極的なバイデン政権に対する意地悪としか思えない規制を乱発するトランプ政権の最後っ屁、なんとも陰湿でいやらしいですね。ここまで身勝手とは、呆れますが、国家と地球の将来へ思いを馳せることの全くない、目先のわが身の事しか考えない政権が、米国内で4割を超える支持を持つのですから、米国の半身近くが腐ってきているわけですから、この再生は難しいようにも感じます。
2020.12.11
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これからの米国政治(14)続 そしてトランプは…昨晩書いてアップしたつもりだったのですが、どういうわけかアップされておらず、消えてしまっていました。なんだかキツネに鼻をつままれたような気分でした。そこで改めて… トランプ、ジョージアのやり直し上院選の応援に入り、支持者を集めてあることないことしゃべったようですね。それでも中心は、選挙で不正があった。なければ私が勝っていたという、いつもの話に落ち着いたようです。裁判で負け続けているのに、懲りずにやっていますね。問題は、そういう彼のでたらめなフェイクニュースを信じる人が、かなり存在するという事実にあります。これヒトラーのやり方の完全な模倣です。ヒトラーは彼の自伝とも言うべき『わが闘争』の中で、「大衆は馬鹿で頭の容量は小さい。だから同じ話を繰り返し繰り返し続けていれば、いつしかそれが本当の事だと思うようになる。だから話をいろいろせずに同じことを繰り返すことが大事だ。」と。トランプのワンフレーズのツィート、まさにこれなんです。その結果日本でも安倍応援団の日本会議メンバーを中心に、「民主党の不正が見逃されている。本当はトランプが勝っていた。」と主張する怪しげな人たちが右翼系の雑誌で喚いているのですね。 呆れてしまいますが…そしてトランプですが、自分は選挙の不正追及に全力で取り組んでいるので、中東外交は君に任せると、対イランの強硬策を、国務長官のボンベオに丸投げしていることが、国務省の高官サイドから漏れてきました。自分が預かったアメリカ合衆国という大国の立ち位置よりも、自分の選挙に執心するという信じられないダメ男振りです。でどうなるか。トランプが中東問題に関して、イラン核合意から脱退し、イランに強硬姿勢をとり続けたのは、イスラエル支持の国内のキリスト教保守派の福音派とユダヤ系の人々を喜ばせることで、自身の選挙基盤を強化することでした。ですから、今では以前のような強い関心を持てなくなっているのです。処が、トランプからお前に任せると全権を託されたボンペオは、自身がキリスト教福音派の熱心な信者であることから、この地域への介入は、大変思い入れが強いのです。当然イスラエル寄りで、イランに厳しいのです。トランプがボンペオに託した委任事項は、「イランとの本格的な戦闘になることは避けよ。それさえ避ければ、何をやっても構わない。」ということでした。バイデン政権になれば、対イラン強硬策は是正される。サウジは国内の人権問題を厳しく追及され、イランが支援している、周辺の反サウジ勢力のテロに晒されても、支援してもらえないだろうと、危機意識を強く持ち、イスラエルは米国内のユダヤ系勢力が防波堤の役割を果たすので、サウジ程極端な扱いは受けないけれでも、対パレスティナや対イランの強硬策は取りにくくなる。そうなる前に、対イランの強硬策を後戻りできないところまで、悪化させてしまおう。ネタニヤフの考えそうなことです。 それを承知の上なのでしょうが、先月下旬ボンペオはサウジを訪問、首都のリヤドで国王や皇太子に面会しました。そこにボンペオに自分も会いたいからと、サウジの許可を得たのでしょう、抜き打ちにイスラエル首相のネタニヤフが飛び込み、皇太子のMbSとボンペオを交えての3者会談を開きました。その席でネタニヤフは、イランの核開発の責任者で高名な核物理学者を暗殺したことに続いて、イランの核施設をミサイルで攻撃することの支持を両者に求めました。しかし、これはイランとの全面戦争に発展する可能性のある危険な攻撃です。まずMbSが実行された場合、イランの報復が自国に及ぶことを恐れて、反対し、ボンペオもまた全面戦争に発展する可能性が排除できないと賛成しませんでした。ネタニヤフの意図は支持されなかったのですが、なおイスラエルが単独でイランを攻撃する可能性はのこされていますので、警戒は怠れません。来年1月20日まで、あと43日、そこまでイランの辛抱が続くかどうかが、気になっています。
2020.12.07
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これからの米国政治(13)そしてトランプは…バイデンさん、脚を骨折したそうですが、毎日のようにメディアに登場していますね。気合が入っていますね。大きな組織では、人を束ねる能力が何より大事です。その点では老練の技が生きるのでしょう。安定感が際立っていますね。現在のところ上院共和党の幹部たちも、バイデン流安全運転に敬意を表して、協力姿勢を打ち出していますね。就任後の40日の蜜月と米国政治ではよく言われますが、就任前から蜜月状態が生まれつつあるようです。その点、トランプ大統領の影はすっかり薄くなり、メディアへの露出も、ツイッターの更新回数も大幅に減っています。敗北を覚悟して拗ねているようにも見えます。いつの間にか、大統領選挙から1か月以上が過ぎ、大統領選挙人の確定日の8日が迫ってきました。8日までには、50州全体で選挙人の選定が終わるようですね。で投票は14日に行われます。現在のポイントは、538人の選挙人の投票日、14日までに、次期バイデン政権の閣僚人事が完了するか否かにあります。バイデン氏が温めているミシェル・フロノイ氏が、果たして国防長官として発表されるのか、別の人物になるのか。見守りたいと思います。ところで、トランプ大統領、やけに大人しくなりましたが、結構後継政権が後始末に困るだろうと思えるような事ばかり、意地悪よろしく次々にやらかしてくれています。つい昨日も内戦の続くリビアから、米兵を撤収させる大統領令を発動しました。イラクからの米軍の撤収も進められています。どちらも米軍によって、或いは米軍の指導を受けた現地軍によって、独裁者とされたリーダーが処刑されたり、撲殺されたりした国です。独裁者を亡き者にした結果、イラクは四分五裂し、現在も中央政府の治める地域は限定的な地域に限られ、内紛状態が延々と続いています。米国のおかげで国が乱れ、住民は安全な暮らしを送ることが出来ないでいます。リビアはさらにひどく、情報が圧倒的に少ないのですが、西部と東部に別々の政府が立ち、両者がドンパチを繰り返すため住民は大迷惑、その隙間に過激派が入り込んでと、喜ぶのは各派に兵器を売り込む武器商人ばかりという世界になっているのです。この原因をふりまいたのが、イラクでは勿論米国、リビアでは元の宗主国イタリアを中心としたEUと売国です。トランプはその責任に背を向けて、米軍の撤退を指示し、大統領トランプのレガシ^にしようとしているのです。他国の安定をズタズタにして混乱を創り出して、あとは知らないよと言うのですから、介入された側はたまったものではありません。こうした状況を受け継ぐバイデンさんも、しばし頭を抱えて、溶きほぐし方を考えざるを得ないでしょうが、果たして解はあるのでしょうか。
2020.12.05
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これからの米国政治(12)スタッフ人事バイデン政権での財務関係の主要な役職が発表になり、ここにも3人の女性が顔を揃えました。噂通りに財務長官には、ジャネット・イエレン前FRB議長が就任し(財務長官は上院の承認が必要ですが、FRB議長時代の手腕については、共和党筋からも高く評価されており、彼女の就任に異論はないでしょう)、国家の歳出と歳入の基本計画を策定する行政管理予算局(OMB)の局長には左派系シンクタンク「アマリカ進歩センター」所長のニーラ・タンデン氏が起用され、ホワイトハウスのチーフエコノミストとなる、大統領経済諮問委員会(CEA)委員長には、プリンストン大学の労働経済学者として知られるセシリア・ラウズ氏が指名されました。OMBを預かるタンデン氏は、急進左派が主張してやまない国民皆保険やグリーン・ニューディール(再生エネルギーへの大規模投資計画をこう呼びます)などを支持しており、急進左派をも満足させる人選でした。このポストは、議会の承認を求める必要がないので、国会対策を気にせずに人選できるのです。バイデンさん、人事はうまいですね。大変見事なお手並みです。トランプのゴリ押しに頭を悩ませてきた、パウエルFRB議長も、前任のイエレン女史の財務長官就任に、さぞホッとしていることでしょう。考え方は近いですからね。財務副長官には、黒人男性のウォーリー・アディエモ氏の就任が発表されました。女性やマイノリティを積極的に登用する背景には、単なる人気取りではなく、新型コロナの再流行による雇用情勢の悪化で、女性とマイノリティの人々が、とりわけ厳しい状況に追い込まれていると、バイデン氏が認識していることがあげられます。先日発表された10月の雇用統計を見ると、20歳以上の女性の労働参加率は57%と、尚70%を確保する男性との差は、大きく広がっています。黒人の失業率も10.8%と白人の6.0%に比べ、5%近くも高いままなのです。女性やマイノリティの政権幹部への登用は、こうした状況を改善すべく努力するというメッセージにほかなりません。政権初日から、こうした問題の改善に全力で取り組むという、意志の表明なのです。そのためか、バイデン氏の支持率は、11月3日の投票日から、6%も上昇しているのです。バイデン氏の空気を読む力、大したものですね。人事の冴え、見事です。
2020.12.01
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