ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2008.01.13
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カテゴリ: 国際政治
第一次世界大戦(46) 

3人の政治家…その2

アメリカ合衆国大統領のウィルソンは、政治学者出身の学究で、プリンストン大学の総長から、1910年に政界に転じ、民主党の支持を得てニュージャージー州知事となった清新な人物でした。

選挙戦の最中、銀行家との会合で「銀行業は道徳的基礎の上に築かれるべきであり、利潤の法則以上に、崇高な法則のあることを理解してほしい」と述べた逸話で知られる理想家肌の人物でした。

当時の米国内では、反独占の空気が強く、国民の間では政治的にも経済的にも改革への期待が高まり、冨と収入の不公正な分配を正さない政治に対する改革,改善要求が強まっていました。いわば革新主義の空気の強い時期でした。

その空気を敏感に察知した民主党は、1911年の大統領選の候補者として、政治経験のほとんどないウィルソンこそ、その理想家肌の弁舌と、清新な印象から、革新主義の風潮が強まる中での最良の大統領候補と判断して、彼を候補者として推薦したのです。

この作戦は大成功を収め、当時の48州のうち、ウィルソンは40州で勝利する圧勝で、大統領に当選、1912年に大統領に就任したのです。就任早々ウィルソンは、平均40%だった関税率を26%に引き下げました。消費者の犠牲によって、重要産業に高い利潤を保障しようという大資本の論理に、彼は妥協しなかったのです。米国ではじめて所得税に累進課税を適用したのも、ウィルソンでした。いまや多くの日本人が知っている連邦準備制度(その理事会がFRBと呼ばれます)を確立したのもウィルソンでした。

当然、就任当初のウィルソンと大資本の仲は、かなり険悪なものでした。この両者の関係を改善したのが、ヨーロッパに発生した大戦争だったのです。理想家肌のウィルソンは、当然戦争に反対し、世論の支持も得て中立政策をとります。戦時経済に傾くヨーロッパ諸国への日用物資の輸出、次いでドイツの商船攻撃への反発としての英・仏側への傾斜と借款の提供、やがての参戦と大資本との関係も改善し、大資本もまた消費需要の拡大による国内市場の拡大を受け入れるようになり、革新主義は一定の成果をあげたのでした。

こうした成果をバックにパリ講和会議で、フランスのクレマンソー、イギリスのロイド・ジョージという2人のヴェテラン政治家の前に立ったウィルソンですが、政治経験や外交術という点では,大きなハンディを負っていたのです。

               続く






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最終更新日  2008.01.13 19:59:29
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