ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2008.10.24
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カテゴリ: 教育問題
学級の誕生(99)

「ゆとりの教育」をきちんと字義通りに実践していれば、学力低下は防げたはずでした。平均的な生徒達が、立ち往生するしている関所の通貨を助け、さらに成績下位の生徒達の学習の前進を手助けする、時間的なゆとりが出来るからです。

そして、通称「総合学習」を、その名に相応しく実践することが出来ていれば、バラバラに学んだ知識を、一枚のキャンパスに並べて総合的に理解することが可能となり、生徒の学習意欲もまた大いに高まるはずでした。

そうなっていれば、日本の教育の将来は明るいものとなり、次代を担う若者は大いに輝いて、頼もしく見えるはずでした。しかし、そうはなりませんでした。いまだ具体的に良し悪しを論じるデータが不足している状況で、マスコミを動かして世論を誘導した政治が、「失敗」ノレッテルを貼ることに成功し、大幅な軌道修正を行ってしまったからです。

これは拙速でした。しかし、現在の状態で、「ゆとりの教育」を継続し、「総合学習」をただ漫然と実施し続けても、決して学力状況を改善し、学習意欲を高めることに繋がるとは、言えないように私も思います。

なぜか。大変失礼な言い方になりますが、厳しく言うと、現在の教員の質に大きな問題があると考えるからです。と言っても、私は旧師範学校系の国立大学や公立大学の教育学部の出身者にだけ、教員免許を与えるべきだとか、その他国公私立の教育学部出身に限るべきだと、考えているわけではありません。教育系学部・学科の出身者は、教科教育を担当するという点で考えると、特に専門教育の内容という点において、プロパーの学部・学科出身者に比べ、些か劣っている面があると、考えているからです。

それに、生徒は一人ひとりみな違いますから、先生の出身母体もまた多様で、バラエティに富んでいることが、絶対に必要であると考えるからです。ですから、○○県の公立小学校は○×大学の出身者が多いといった、いわゆる学閥の存在は、百害あって一利なしだとも、考えています。

問題はどこにあるか。明日から何回かに分けて、日本の教員採用の問題点を考えてみたいと思います。ともかく、授業の進め方は、学校の教員より、塾の先生の方が優れている。だから教員研修として、塾の先生を講師に招くなどということが、罷り通っている現実に、私はあきれ返ると共に、激しい怒りを感じているのです。それでは学校の教師は教育のプロではないのか、と。

昔、「こんな女に誰がした」と大変女性に失礼な表現の歌がありましたが、それをもじって「こんな教師に誰がした」と申し上げておきます。





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最終更新日  2008.10.24 21:14:27
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