ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2020.01.02
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カテゴリ: 外国史
クロニクル レコンキスタ完結

1492年1月2日

古い話で恐縮です。1492年は、世界史ではコロンブス一行の航海、ヨーロッパ人にとっての「アメリカ発見」で有名な年です。528年も前のことです。日本では、応仁の乱を経て、戦国乱世に向かい始める頃、山城の国一揆は勢いをなくし始めていましたが、各地の土一揆は、まだ活発な頃のことです。

実は、1月2日のこの出来事こそが、コロンブスの航海が実行に移される大事な伏線だったのです。この日、イベリア半島におけるムスリム勢力の最後の拠点、グラナダがカスティーリャ軍(この国の王が、有名なイサベル女王です)の攻撃によって陥落したのです。

ここにキリスト教徒勢力による、旧ローマ帝国の版図の1つイベリア半島を、ムスリム勢力から奪い返そうとする0運動(再征服運動、レコンキスタと呼ばれます)が、成功裡に完結を見ました。要するに、ローマ教皇とカトリックの諸侯による、領土拡大と勢力拡大の征服戦争を、レコンキスタの名で正当化したわけですね。

何事もネーミングが大事なのです。同じ時期に展開し、失敗に終った十字軍の侵略遠征も、ネーミングは立派ですが、要するにレコンキスタと同じく、領土拡大のための戦争でした。

さて、ムスリム勢力を駆逐したイベリア半島には4つの国が出来ました。地中海側のアラゴン王国、大西洋側のポルトガル王国、そして中央部に広がるカスティーリャ王国と、ピレネー山脈でフランスと接するバスク王国です。このうち、アラゴンとカスティーリャは国王同士の結婚によって連合王国となり、後にバスクも併合してスペインとなります。

実は、征服事業を早めに完成したポルトガルは、更なる南への進出の野望を海を越えたアフリカに定め、北アフリカの勢力が手強いため、アフリカ西岸を南へ下って、西アフリカの諸王国との貿易で、富強を誇っておりました。

征服を完了したカスティーリャが、さらなる拡大を目指すとなると、ポルトガルと戦うしかありません。それを避けたいイサベル女王の前に現れたのが、冒険航海のスポンサーを探していたコロンブスだったのです。





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最終更新日  2020.01.03 01:13:46
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