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19日、管理所に行くと、奥のガス室からシューシューという音が、
犬舎の中に流れていた。
ガスなのか、焼却炉なのかは分からない…
ひとつだけハッキリ言えるのは、
この鉄格子の扉の向こうで、
この音の中に、昨日のブログ記事に載せた
私が見殺しにした子達が息絶えているのだ…
カメラを持つ手が震えた…
心臓がバクバクした…
わずか2時間ほど前には、生きていた命。
確かに存在していた命があったのです。
この鉄格子扉の先には…直ぐそこには…
手を伸ばせば届く距離に、
見殺しにした子達の亡骸が居ると思うと、
「お前は何故あのとき、差し伸べようとした手を引っ込めたのか?
お前はいつも真剣なのか?お前は全力で向き合ってるのか?」
自分自身への怒りを抑えるのがやっとでした。
あの子達が入ってた檻は、綺麗に掃除されていた。
檻の前のホワイトボードは、真っ白になっていた。
まるで存在していなかったかのように、
次から次に、新しい犬達が檻の中に入る。
私は、管理所の7年という時間の流れを見てきた。感じてきた。
「犬猫の未来を変えたい」

ただそれだけだった。
それだけ…という位の気持ちだったのに…
こんなに苦しむなんて、こんなに悲しむなんて、
こんなに自分を憎むなんて…
覚悟してはじめたつもりではいましたが、
想像以上に苦しい現実と感情の起伏が待っていた。
それでも前に進んできたのは、なぜなのか…
多分、私があの子達を死なせたくないから。生きて欲しいから。
要は、自分が苦しみたくないから…泣きたくないから…という
自分勝手な想いからだと思います。
私が知る七年間の間には・・・
成犬譲渡が可能になった。
譲渡目的の引出しが可能になった。
収容期間が3日から1週間に延びた。
管理所隣に譲渡施設が設立された。
難しいと言われている犬の譲渡が可能になった。
県、市、ネットで情報公開がスタートした。
猫の譲渡が可能になった。
管理所の窓にビニールが張られた。
排水部分に板が付けられた。
老犬、子犬、日中はヒーターがつけられるようになった。
夏は大型扇風機二台稼働するようになった。
宮崎の管理所は、昭和42年頃に建てられました。
その7年前からというのは、あまりに遅すぎた。
だけど、ひとつひとつ、一歩ずつ、良い方向に変わってるんです。
だから…いつか絶対変われると思う…
「殺処分ってなに?」と言われる時代が必ず来るって…

これからも苦しみ、悲しみ、罪悪感を背負いながら、
ひとつひとつが大きなバネになる。
・・・・・・・・・次に続きます。
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