こしゃくな読書

こしゃくな読書

その時までサヨナラ (文芸社文庫) [文庫] 山田 悠介 (著)


山田 悠介 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4286119645/ref=nosim/?tag=donzoko-22






 どうしていいかわからないとき、人間の真価が問われる。

一人暮らしの母親が亡くなっていたと知らせを受けて、

私は取り乱し、会社から制服のまま帰郷した。

携帯と財布を持ち、その他全ての持ち物を会社に忘れて。

相当混乱していたのだ。



乗り換えの駅で娘に電話して泣きだし、

そのまま声を出して泣きながらの、3時間余り。

東武線、宇都宮線、新幹線で乗り合わせてしまった皆様は

さぞかしご迷惑なことだっただろう。


喪服も持たずに一人で田舎に帰った母親のために、

着替え一式、洗面用具も持って

後から駆けつけなければならなった娘たちも。





 何年経ってもあのときの不適切な振る舞いは赤面ものだ。

しかし、どうしていいかわからないとき、

ガイドラインもマニュアルも無いわけで、

あったとしても思いだすかどうかも怪しいし、

適切にふるまうというのは、結構難しいものだと思う。



 ただ、不適切さが愛情から出ている場合、まだ救われる。

この物語を読んで考えたのは、愛情がない場合のこと。

愛情がないから不適切にならざるを得ないとき。

これは、お互いに不幸だな。



 ドーキンスの『利己的遺伝子』的考えでいけば、

悟は子どもが生まれた時点でDNAが継承されたわけで、

オスの役目は終っている。


しかし、人間の場合、その子どもが次世代にDNAをパスできるまで、

養育しなければならないのある。

そして、人間を育てるには愛情が必要となるのだ。


なのに悟は妻にも子にも与えるべき愛を持たない。


これは、不幸だ。悟も妻も子も。



 しかし、私は驚愕することになる。

じわりじわりとアップサイドダウンする物語の展開は、

途中で息をつくことさえ忘れ、一気に読んでしまう。


そりゃあ、目が離せないよ!

裕太にちゃんとしたご飯を食べさせてよ!

裕太をお風呂に入れてよ!


子育て経験者は、子どもが気になって仕方がない。



 突然妻がいなくなり子どもを残された場合、

「育てる」という選択肢を選べるのかどうか。


この物語ではヒトのオスの真価が問われる。

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