日記

日記

その2


佐藤はあかねの勤める会社の本社からその日出張してきた。
佐藤は労働組合出身で社内では英雄であった。
労働組合主催の旅行に、特別ゲストのような感じで、招かれたのであった。

英雄と言うのは言い過ぎかもしれない。しかしあかねの会社のような、業界でも中堅どころの会社にしては珍しくしっかりした労働組合があるのは、佐藤の尽力があったからと言える。
佐藤はそれまでの左によりがちな組合から、会社に協力しつつ、社員の福利厚生もよくしていこうという、理想的な組合を作り上げた。
そんな功績が認められ、今は組合の要職からは少し離れ、会社の取締役に名前を連ねるようになっていた。

旅行は伊豆の温泉に一泊。
あかねの上司が佐藤の接待役を勤めていたため、強制的にあかねとひとつ上の先輩の雪子が佐藤と行動を共にしていた。
お決まりの宴会のあと、皆でホテルのバーラウンジへ行くことになった。
中は薄暗く、カラオケを歌う人、チークダンスを踊る人でにぎわっていた。
甘いカクテルを注文してもらって、あかねは少しほろ酔い加減になってきた。
上司の面子をつぶすことのないよう、佐藤たちの話の内容はわからなくても、とりあえず、ニコニコしていた。
先輩の雪子もあかねも、自分たちが添え物のような存在であることは十分承知していた。

佐藤があかねに話しかけてきた。
「君はいくつなの?」
「24になります。」
「そう。今が一番楽しいときだね。」
「ええ、まぁ・・・。」
絶対こういう感じよね。おじさんって・・・。
心の中でそう思いながらも、笑顔は忘れなかった。

おじさんはおじさんでも、佐藤には人をひきつける何かがあった。
ハンサムではないけれど、目が優しかった。
あかね自身、その時は気づいていなかったのだけど。

上司が席を立ち、あかねもかなり酔ってきたなと感じていた頃、「僕と踊らない?」と佐藤が言ってきた。
戸惑っていると、いつの間にか上司が戻ってきていて「あかね君、踊っていただきなさい。」と言っている。仕方なく「はい。」と席を立った。

足元がおぼつかなかった。佐藤はすぐそのことに気づいてくれて、「僕にもっともたれかかっていいんだよ。」と言ってくれた。
佐藤に身を預けると、なんとなく心地よかった。
それに、見た目より、筋肉質でたくましいことが身体で触れたところから伝わってくる。煙草の香りとかすかなコロンの香りが決して嫌なものでなく漂っている。少しぼんやりした頭で「今日初めて会った人と、こんなに密着していいのかしら?しかもおじさんだよ・・・。」と考えていた。

そんな時佐藤が耳元でささやいた。「ねぇ。今度電話するよ。僕ってわからないように電話する。二人で会おうよ。」
「えっ?」
「いいでしょ?」
「はぁ。まぁ・・・。」
あかねはあいまいな返事しかできなかった。ここで断ると角がたちそうである。

ラウンジを出て、さぁ、解散となったとき、上司があかねに言った。
「あかね君、佐藤常務をお部屋までお送りして。」
「はい。」

あかねは、まだお酒が身体に残っているのを感じながら、ホテルの廊下を佐藤と歩いていった。
もうすぐ佐藤の部屋のドアだという頃になって、不意に佐藤があかねを抱きしめた。一瞬あかねがこわばった瞬間、佐藤の唇があかねの唇に重なった。
唇が触れ合うだけの、優しいキスだった。
「さっきの話、覚えてる?本気だからね。」
そう言い残して佐藤は部屋に入っていった。

あかねは呆然として、廊下に一人残されてしまった。
「酔っていたとはいえ、キスをされてしまうなんて・・・。一生の不覚かも?」そう思いながらも、キスの瞬間、身体に熱いものが電流のように流れていたのを思い出していた。










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