薬 天 市 場

薬 天 市 場

『レポート』



総論
* 俳画のおもしろみは、言葉ではない解釈を味わえることだと感じる。絵は人類共通で理解できるものであるから、世界俳句の俳画は「俳句」の言葉の短さと、「世界」という言葉の障害を超えることができる。

* また、俳画は言葉の微妙なニュアンスやそこから感じる感情を、色の濃淡で表現できる特殊な世界がある。ある俳画を見てこの色でなかったらどう感じるかという自分の頭の中で俳画をアレンジする余白も併せ持っている。

* 絵というものと言葉というものを2つの方向性から作者の感性を共有できることは、その分理解を深めてくれる。例えば私が感じたことは、音楽が表現したいメッセージと芝居が表現したいメッセージを、オペラでみると重曹的な解釈とおもしろさが広がるのに似ていると感じた。

* 国や人によって、俳句の詠みかたが異なると感じ方が異なる、ということを授業で学んだが、そのような解釈の幅を、絵という表現で行われるのが俳画だと思った。






俳画



作品感想

最初、この俳句の情緒に驚いた。というのも、非常に強く日本的美意識とリンクしているからだ。「一万年後の巨石が待つ」そのときには現代に生きる人はいない無常を感じる。この日本人に受けやすい感性を世界俳句という場で作られている。人間性に共通点を感じた。

一万年後の巨石というところで、無生物の雄大さを感じる。しかしそれだけでなく、この句には、最後に「太陽」と「月」が出てくることで、「巨」石が「小さい」石に逆転してしまうおもしろさがある。

この俳画は、以上の点を見事に表していると感じた。すなわち、抹茶色の濃淡は日本情緒を、背景に何もない空間が無常を、そして一見、巨石に目が留まるが、すぐに左右の太陽と月に視点が移ったとたん、巨石が小石に見えてくる。

そして、この俳画におけるさりげなく優れた点は、太陽と月の描かれ方にある。 太陽は少し欠け、月は少し背景からはみ出ている。まさに、太陽は沈みはじめを、月はあたかも降りてくるようだ。そこに、太陽と月の動きを感じることができ、待つ巨石の「静」と「動」のコントラストを表現しきっている。




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