私の道



私も61歳になった。いま、どこを歩いていても楽しい。子供の頃に気づかなかった草や木、虫たちや鳥たちの目線でものを捉えてみようとしている自分。
幼い日のことも蘇る。あの頃からのふるさとの写真を撮っておきたかった。
37年の会社生活を辞めて新たなスタートを切った55歳、やることがいっぱいあった。15歳から始めた山登りは勤め人としての時代を支えてくれたが楽しいことより厳しく辛いことの方が多かった。でも私アイディンテティーを現在も支えているのはあの「山々へ向かったひたむきさ…」がすべて。
年老いて厳しい山へ向かえなくなったときのことを思い、自然への恩返しができるようにと50歳の峠を越した頃から目線を変えた。そして今、自然をフィールドとして小学生から熟年の方までたくさんの人たちに接している。
「一つのこと…」をしようとすると幾つもの宿題が課せられる。例えば案内の頻度が多い尾瀬にしてみても、ただ花たちの名前ばかり教えても意味がない。保全の歴史、現状、そして将来へのビジョン。更には他地区の自然との比較などなど・・・。
そして日常の中での自然への恩返しとして近隣の里山再生活動も始めた。時間の経つのは早い。還暦前にはと思った本の出版、週5日の山林作業の合間でのネーチャーガイド。ホームページの維持管理。どれも中途半端かも知れない。でも55歳でサラリーマン離脱選択は良かったと思っている。もし60歳過ぎまで働いていたらこの6年間に何ができたことだろう。
地球が誕生してから人間の歩んできた時間は一年時計で大晦日の23:45分過ぎなのに自然は荒れてあと何分生き残れるのだろうか? 人類は滅びるのが必然だけれど、少しでも子供達や孫、そして次の時代へバトンを引き継ぎたいものだ。そのためには人類だけでなく、すべての動物の命を支えている植物たちのことを気づいて欲しい。
私達が豊かさを求めば求めるほど食物連鎖の頂点に君臨する人間の未来は短くなってしまう。だからこそ今を生きている人たちの後世代への責任は重い。
自分一人では何の力にもなれないけれど、私は自然を通して少しでも後輩達に貢献したい。
私と自然の中でお会いした方が癒しとパワーを受けるだけでなく、日常のそして出会う先々での自然への「まなざし」が少しでも変化してくれたら嬉しい。
自然への感謝といたわりこそ次の時代を継ぐ人たちへ今の大人ができる最大のプレゼントだと思っている。
幸いにも私たちのふるさとはまだ自然がいっぱいある。窓を開ければ周囲の山々の四季があり、靴を履いて歩き出せば草花も樹木にも出会えることに感謝しよう。
私には力がないけれど、残された時間をただ自然への感謝をこめて「一本の道」を辿り続けたい。    2005.11.18

© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: