HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

January 20, 2006
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テーマ: 本日の1冊(3748)
カテゴリ: これぞ名作!
 ル・グィンの 『ゲド戦記』 が映画化されるそうですが、私はこの有名なファンタジーよりも、 『闇の左手』 が大好きです。特に、一年でいちばん寒いこの季節に読むとすてきです。
 と言っても、あんまりすごい?作品なので、いまだにちゃんと理解していない、というか、私にはイメージできない部分の多い物語でもあります。

 舞台は「冬」と呼ばれる惑星ゲセン。冬の気候を表す言葉が折々に出てきたり、氷河やクレバスなどの壮大な景色の描写も美しく、シベリアとかアラスカとか、極地探検のドキュメンタリー映像を観ているような気分にひたれます。
 ところが、すばらしい舞台の登場人物たち、つまりゲセン人たちが男でも女でもない人種であるというところが、どうしても私にはイメージしきれないのです。男になったり女になったりする(両性具有)ではなく、どちらの性も持っていない、けれどちゃんと成熟した人間、というのを想像できるでしょうか。

 それに、翻訳の問題もあります。日本語には女性の言葉使いがあるので、性を持たないゲセン人のセリフはどうしても男言葉に聞こえます。
 主要なキャラクターであるゲセン人エストラーベンは、はじめ王の宰相という身分でしゃべるので、男性であるかのようにイメージしてしまいます。ところが食事する時のしぐさが女らしい、などという描写が出てくると、もうそこでエストラーベンという人物が私のイメージの中で破綻してしまいます。


 性別のある人種であるゲンリー・アイが語る二元論とその統合は、まるで象徴詩のよう。ほんとうは、性別のある人間の心にも、陰と陽、男性性と女性性がともに存在して補い合っているのでしょうね。

  「…イン(陰)とヤン(陽)。光は暗闇の左手…。これはどういう意味だろう? 光、暗闇。恐怖、勇気。寒、暖。男、女。これはあなたのことだ、セレム〔=エストラーベン〕。二人であり一人である。雪の上の影」              ――『闇の左手』小尾芙佐訳

 恋愛を越えた友情、友情を越えた愛がめばえ、育ってゆくこのあたりは、男性女性にとらわれた恋愛小説に慣れた心には、ほんとうにピュアで感動的なのですが…、いかんせん、男でなく女でない、しかしゲンリー・アイが単なる友情以上の愛を感じたエストラーベンという人物が、私には結局思い描けないのでした。

 ともあれ、物語のところどころに散りばめられたゲセンの民話・神話や、(ちょっと東洋的な)宗教などが、単なる科学的仮想を描いたSFにはないような、哲学的な深みとか象徴性をかもしだしているところが、ファンタジーの真髄にも通じるように思えて、私のお気に入りの一冊です。
 名作ですが、映像化はされていないと思います。でも、だれか名監督または凄腕の漫画家さんがこれを視覚化してくれないかしら、そして貧弱な私のイメージを補ってくれないかしら、などとも思います(実際に映像化されたら見るのが怖いかもしれないですが)。
 (本の表紙さえ、いくつか洋書の検索もしてみましたが、このページに掲げたいというほどのものがありませんでした。)





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Last updated  January 20, 2006 11:17:12 PM コメント(2) | コメントを書く


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