HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

July 23, 2025
XML
カテゴリ: Hannaの創作
きのうのつづきです。

* * *
スカートゼミ(2)

 ほら、耳をすませ、目をこらせ。何か小さなものがたくさん出てくる。しめってやわらかな、去年のかれ葉をかきわけて…
「何だろう?」
 細い木によじのぼる…ゆっくりと…目がさめたばかりのように…ほら、あちこちで。
 その時、暗かったあたりの景色が、映画館のようなうすあかりにてらされた。
「月だ」
 ぼくは上を向いて思わず声を出した。
「おい!」
 和也(かずや)が息をつめた声でぼくをつついた。
「見ろよ…のぼってくるぞ…」
 ほんとうだ。ぐっしょりぬれたやぶや低木のあちこちに、ぞろぞろのぼってくる、羽のない茶色の虫がいた。かぎのついた前足でひっかけながら、一歩一歩ゆっくり進む。ひらたい頭に丸い大きな目がとびだした、何十という虫たち。それから、
「和也! 白いのが出てくる! 茶色がわれて、白いのが。あっ、黒い目がついてる」
ぼくはこうふんしてささやいた。森のあちこちで、白いものが月光にぼーっと光っている。ぼくらは時を忘れてその光景を見つめた。
「これは、セミの子供たちよ」
 ギョロ目姉ちゃんのしずかな声がした。
「六年間も暗い土の中ですごしたあと、こうやって羽のあるすがたに生まれ変わるの。最初はまっ白でやわらかい。だんだんにからだや羽がのびて、そして……」
「やっほー、かんたんにつかまえられるぜ!」
 黒ブチめがねの大声に、ぼくはハッとわれにかえった。黒ブチめがねは、もう茶色い幼虫を一ぴき、手に持っている。枝からひきはなされた幼虫は、かぎのついた前足でのろのろと空(くう)をかいた。
「つかまえよう!」
 和也も急にいさましくさけび、さっそくやぶをのぼっている一ぴきに手をのばした。
 さあ、それからみんなは一度にざわめきたって、かん声をあげながら幼虫をつかまえ始めた。その間にも、次々とま新しいセミが幼虫のからをやぶって出てくる。
 ぼくも手近な幼虫をそっとつかんだ。わりあいかっちりしている。うるさく鳴いたり、ぶかっこうに飛び回ったりするおとなのセミにくらべて、こいつは何て無口でおちつきはらっているんだろう。
 黒ブチめがねは、今度は高い枝にじっととまって、今にも皮をぬぎ始めそうな大きな幼虫に手をのばした。
「もうつかまえるのは、いいでしょう」
 急にまた、ギョロ目姉ちゃんの声がした。
「だって、たくさん持ってって観察するんだ」
「…もう三びきもとったじゃないの。さあ、そろそろもどるわよ」
 そこで、みんなは回れ右をした。また一列になって歩きだす。
 その時ぼくは、黒ブチめがねが虫かごのふたをいじっているのに気づいた。
「あれ、おまえ、それ…」
「しっ、ギョロ目にはないしょだぜ」
 黒ブチめがねのやつ、いけないと言われたあの大きな幼虫を、やっぱりあきらめきれずに枝からとって虫かごに入れたのだ。ぼくは何も言わずに和也のあとから歩きだした。
 帰り道はずいぶん長く感じられる。月も雲にかくれたのか、またまっ暗になり、背中がゾクゾクした。やがて、森からわきでるような低い声が前方から聞こえてきた。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  July 24, 2025 11:56:25 PM
コメント(0) | コメントを書く
[Hannaの創作] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: