令031219
みんなの現代アート 大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるために (フィルムアート社、令和3年刊) Grayson Perry 著、ミヤギフトシ 訳
(アートと非アートの境界線について、かくも実感をこめて論じた本ははじめて。|≪アートの世界は人びとからの疑問を常に必要としている。≫≪今や何でもアートになりうる。1960年代中頃から70年代初期にかけて、ほぼすべてのことが一度は試され、あるいは提案された。≫ ≪もうアヴァンギャルドは存在しない。≫ ≪現代アート作家は何をしてると思う?」「何かに気づいてる」。アーティストの役割を表す、なんて簡潔で明快な定義だろう。わたしの仕事は、他の人が気づかない、その何かに気づくことなのだ。≫ ≪アーティストの仕事は、新しいクリシェをつくり出すこと。≫ ≪美術史とは伝言ゲームのグローバル版のようなものだ。その魅力や面白さは、人びとが聞き違えることにあり、それは創造性をもち続けるためのとても重要な過程だ。≫≪技術を学ぶ喜びもある。それを学んだ途端にあなたはそれを介して思考するようになる。想像の可能性が広がる。≫ ≪素晴らしいアーティストは、彼ら自身の声を見つけるまでにかなりの時間を要している。≫|Robert M. Pirsig,Zen and the Art of Motorcycle Maintenanceによれば、アイディアとは藪から飛び出してくるふさふさの小動物。最初に出てきた1匹には優しく接しなければならない。)
令031215
不安に克つ思考 賢人たちの処方箋 (講談社現代新書、令和3年刊) Courrier Japon 編
(常連の西洋人と一味ちがう Kazuo Ishiguro と Chloe Zhao が新鮮。Daniel Kahneman の新著Noise読みたい。Vavlav Smil の『エネルギーの人類史』。気候変動を食い止めるには我々の生活水準を意識的・意図的に低下させるしかない。再エネ開発のみでなく、節減の無数の積み上げ。米国のいまの平均的住居面積はなんと230平米。|ピケティ曰く、本来なら再分配のための税制や社会制度を整えてからモノ・カネが自由に動く欧州を作るべきだったのに、そうしなかったので社会格差が広がった。|1958年に英国で出版された Michael Young のディストピア小説『メリトクラシーの法則』。|Shoshana Zuboff 曰く、IT社会とは、民衆ひとりひといの経験そのものを狙って採掘を行い、民衆ひとりひとりの行動予測が人間の先物市場として取引される社会。|Dani Rodrik 曰く、技術の変化やグローバル化により良質な仕事が慢性的に不足し、良質の雇用が消滅した。)
令031215
あやうく一生懸命生きるところだった (ダイヤモンド社、令和2年刊) Ha Wan 著、岡崎暢子 訳
(必要なのは努力よりも勇気:無謀でもチャレンジできる勇気、適切な時期にあきらめる勇気。「力む」とは柔軟でないこと、恐れをもつこと。人生は正解のないなぞなぞ:なぞなぞは楽しむことが目的なのに、死に物狂いで答え探しに挑み、問題を解く楽しさを忘れている。|ダメ人間であることを認めると、小さなことにも感謝でき、仕事や人生に大きな意味を見出そうとせず、かえってポジティブな人間になれる。|人は何かを失くしてからはじめてその価値に気づく。)
令031212
ビジネス・エコノミクス 第2版 (日本経済新聞出版、令和3年刊、第1版は平成16年刊) 伊藤元重 著
(伊藤先生の面目躍如。社会構造学だ。Netflix が垂直統合型のビジネスモデル、なるほど。「生物学的ゲーム」モデルで最強は、通常は友好的だが、攻撃的な相手には攻撃的になれる生物。Tit-for-tat だ。最低価格保証を打ち出すことで業界全体として価格競争防止が行われる。優良企業の成功継続は、真面目で協調性があり慎重な人材が求められるが、イノベーションを起こすのは weird な人間。Weird な人の起業を大企業が買い取っていくというのがパターンとして米国では定着している。|Hayek,The Road to Serfdom.Dan Ariely,Predictably Irrational.Thaler & Sunstein,Nudge.Paco Underhill,Why We Buy: The Science of ShoppingLevitt & Dubner,Freakonomics.ditto,Think Like a Freak.)
令031128
失われた20世紀 <上> (NTT出版、平成23年刊) Tony Judt 著、河野真太郎ほか 訳
(Reappraisals: Reflections on the forgotten twentieth century 上巻は歯が立たない評伝が多く、全10章のうち読みこなせたのはヨハネ・パウロ2世の章とエドワード・サイードの章のみ。ポーランド人教皇には先進性と後進性が同居し、教皇として初めてシナゴーグを訪問し信仰の多様を認めるいっぽう、避妊・中絶の問題ではじつに頑なだった。E・サイードはイ・パ2国家併存を1980年に打ち出し、アラブ側に立つ知識人として先駆けとなりそして罵倒された。しかしヨルダン川西岸地区とガザのみで成り立つ国家の統治に手を出そうとするのはマフィアもどき以外なかろう状況下、イスラエル人とパレスチナ人のための単一の世俗的国家を唱道し始め、さらに、パレスチナ陣営が米国の公衆に向かってまじめに自己主張することの重要性を説いた。)
令031117
情事の終り (新潮文庫、平成26年刊) Graham Greene 著、上岡伸雄 訳
(The End of the Affair 愛は憎しみの存在があることによって確かなものとして確認される、というメッセージ。みごとな構造に構築された小説の逸品。和訳もストレートで臭みなし。)
令031108
誤訳の構造 (金子書房、令和3年刊、原著 平成15年刊) 中原道喜 著
(中原先生の「誤訳」を斬る三部作を読了させていただいた。つくづく名著、たいへんな労作なり。|学ぶこと多し。give his head command は command が無冠詞なので「自らの理性に主導権を与える」。副詞の「文修飾」と「語修飾」の別。boarding school は「上流階級向けの寄宿学校」だが board school は「school board(学務委員会)が運営する一般公立学校」。There isn't the LEAST danger.(危険は少しもない)ー There is NOT the least danger. (少なからぬ危険がある)。Out of doors, I am never less alone than when alone.(戸外では、独りでいるとき最も孤独を感じずに済む)。No young person on earth is so excellent in all respects as to need no uncritical love.(無批判的=盲目の=愛を必要としないほど全ての点で優れている若者はこの世に存在しない)。You should be on your knees.(ひざまずいて神に感謝すべきところだ)。Many stood without.(多くのひとが外に立っていた)。Nothing succeeds like success.(成功ほど次から次へと続くものはない)。It is the test of great literature that it should be found to have endured.(長い生命を保ってきたということが、偉大な文学であることを示す試金石となる)。)
令031103
英語の帝国 ある島国の言語の1500年史 (講談社選書メチエ、平成28年刊) 平田雅博 著
(本書にイギリス・英国はなく、Britain はブリテンと表現される。卓見。いわゆるスコットランド語には2つの含意あり。古英語と兄弟分のスコッツ語と、ケルト語族のスコットランド・ゲール語と。ウェールズ語はイングランド国教会の布教のための言語として活用されることで生き残った。アイルランド・ゲール語が生き残れたのは、アイルランド社会の上層に位置したノルマン人が英語を支持せず土地のことばに同化したから。アイルランド語が EU 公用語に追加されたのは新しく、2007年のこと。スワヒリ語の起源は、アラブ奴隷商人とアフリカ人奴隷の共通語として。|森有礼のいわゆる「日本語廃止=英語採用」論は後世の即断誤解の由。ちなみに初期1872年時点、当時在米代理公使だった森有礼は William Whitney に問うて、日本国内専用の知的言語としての「簡易英語」の採用を構想するも、Whitney に却下されている。(簡易英語は、綴りや動詞の不規則をなくした、いわば Newspeak のようなもの。鈴木孝雄の愚論である Englic みたいなものだな。)森有礼はその後、洋書を漢字・かなで翻訳しつつ西洋の語彙・知識を日本語に取り込むことを良しとし、文部大臣在任の1886年には英語の教材を英語圏の歴史や社会事例などの西洋文明受信型でなく、東洋や日本の事例を英語で記述した東洋文明発信型の英語教科書を作らせている。)
令031103
Machines Like Me And People Like You (Jonathan Cape, London 2019) Ian McEwan 著
(Kazuo Ishiguro の同じ AI もの Klara and the Sun より深いところに切り込んでくる。時間軸を未来に設定するのではなく、ありえたもうひとつの1980年代に設定する手法も斬新。≪... language... is more like a mirror, no, a billion mirrors in a cluster like a fly's eye, reflecting, distorting and constructing our world at different focal lengths.≫ ≪... sorrow and pain are the essence of our existence≫ ≪... consciousness is the highest value.≫ ≪But social life teems with harmless or even helpful untruths. How do we separate them out?≫)
令031025
Z polskim na co dzień: An Intermediate Polish Course for English Speakers (Państwowe Wydawnictwo Naukowe, Warszawa 1978) Maria Grala/Wanda Przywarska 著
(30年以上前になぜか松山・湊町の坊ちゃん書房で入手した本、ようやく読了。再読するつもり。)
令031020
誤訳の常識 (金子書房、令和3年刊、原著 平成24年刊) 中原道喜 著
(所収の英文和訳例から見て、村上春樹も丸谷才一も英語理解の技量に上滑りなところあり。その点、柳瀬尚紀さんはさすが別格だ。|Sonny was a brother and a cop, and a good one. の one が cop の代位だと読めなかった。脱帽! As Europeans go, the English are not intellectual. は「ヨーロッパ人にしては」。脱帽! camp tones は「わざとらしい調子」。脱帽! If this isn't the stupidest thing I ever heard. は「これが最悪でなければ(何が最悪なんだ?)」→「これこそまさに最悪」。脱帽!)
令031018
つながり過ぎた世界の先に (PHP新書、令和3年刊) Markus Gabriel 著、大野和基 編、高田亜樹 訳
(ethical に fair なひと。悪質なるナチのハイデガーについてさえ、貢献した点はそれなりに評価する。結果的に正鵠を射る。中国について「文化的に異質なものを研究することが得意で、かつその理解を非倫理的に利用する」。漢民族という概念は「非常に人種差別的で非倫理的」と。トルコの EU 参加を許さなかったことを残念がり、今やアフリカ諸国を EU に加えてはどうかと。これまた倫理的観点から。|ウイルス学者は参考情報を出させるにとどめ、政治決定プロセスに関与させるなと。もっともだ。重要なのは感染者数ではなく、死者数と ICU の病床数だけ。|ドイツの新聞のなかでは地方紙 General-Anzeiger が中立性を維持していて最上なりと。)
令031016
誤訳の典型 (金子書房、令和3年刊、原著 平成22年刊) 中原道喜 著
(名著、ためになった! 弘法の誤りが2ヶ所。103頁 short of them putting actual chains on you は「彼らに本当に鎖をかけられることを除外すれば」ではなく「彼らに本当に鎖をかけられるわけではないのだから」。また、222頁 Yarn cascades from her hands in long panels は「長い筋を引いて母の両手から滝のように毛糸が流れる」ではなくて「毛糸が母の手から長々とした編み物となって垂れる」。著者に指摘の手紙を出そうかと思ったら、すでに平成27年にお亡くなりだった。開成高校に奉職。)
令030928
Hothouse (Penguin Modern Classics, 2008 ; First published 1961) Brian Aldiss 著
(植物が広範な進化をとげて動物に取って代わり闊歩する超未来。今朝のぼくの夢にも出てきたほどで、アーティストたちへ壮大な視覚藝術の可能性を示唆している。主人公 Gren の言動の粗暴には辟易するが。)