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夢のように楽しい1ヵ月間があっという間に過ぎまして。
16日のライブ後の日記から、基本毎日更新(しかも一日何度も)の日記をぜんぜん上げなくなったので、さぞや意気消沈しているのだろう・・・と思って頂いていたかもしれませんが・・・
わたくし、 超元気です(´∀`)
新木場でのKenちゃんツアー最終日はきっと泣いて泣いてしかたないんだろうな、と思ったのですが、今でこそ振り返って感動と嬉し泣きの涙が出たりしますが(笑)当日は開演前は1本でも早い電車に乗ろうと八丁堀駅を激走したり、18:20に着いたのに既にA番号は入場が終わってて、整理番号に関係ない入場だったり、2代目ライオンさんをイトコに買ってもらってたら8500円もしたことに度肝を抜かれ(1代目はピアスとともにアーデリでカード購入したので値段を覚えてませんでした。5000円くらいかとw)たりしていたので、感慨に耽る暇もなく。
最終日のライブはただひたすらその瞬間、瞬間が楽しくて幸せで「あー最後なんだな」って思う心の余裕すらありませんでした。ステージと自分以外になにもないような感覚になって、もちろんその時どきで「足踏まれた!」「割り込まれた!」という意識はあるんだけど、その考えすら表層を滑り落ちていくというか。最終日だから、2階席には錚々たる観客が来てるだろうこともわかっているのに、最初から最後まで振り返ることすら思いつかなかった。KenちゃんとKenちゃんの音楽に集中できた最後のライブでした。福岡のあと、3公演を経てようやっと、自分の必死さとライブの楽しみ方のバランスがとれた気がします。
思い出すのはKenちゃんの笑顔ばかり。
「My Angel」のサビで短い銀テープが降り注いで、視界がまばゆい光で溢れて、そのキラキラしたテープの雨に、何よりも誰よりも輝くKenちゃんの笑顔。
あの笑顔を見れたことが何よりの宝物です。
そして自分も笑顔で終わりを迎えられたことが何より幸せです。
今回のKenちゃんのツアー、JACKで発表された時から1公演も見逃すまいと決めました。それは単に公演数が少なくて(笑)全通できそうだ、というのもあったけれど、JACKのスクリーンに映った瞬間から、なんだか本能的に「全通しないと後悔する」と思いました。
ここで誤解されたくないので、書いておきますが、私は全通する=偉いなんて1ミリも思っていませんし、自慢になることでもないし、逆に決して褒められるようなことではないと思ってます。Kenちゃんの言ったように(笑)「暇やな!」ってだけだと思います。回数多く行った人が1回しか行けない人、ライブに参加できない人に比べて偉いとか、Kenちゃんへの想いが強いってことにはならないと思いますし、むしろ1回しか行けない人のほうがKenちゃんへの想いや集中力は強いんじゃないかとも思っています。自分でもいくら恵まれた環境であるとはいえ、本当に全通できるかは当初は未知数でした。
でも1公演でも多く、この記念すべき初ツアーを見たかったのです。
14年前の夏、私は1本のライブを見損なっています。
それは本当に心の底から愛した、私の生涯の中でこれほど情熱を燃やすことも好きになることも二度とないだろうと思うくらい傾倒したバンドが解散する最終ライブでした。生きづらいことばかりだった高校時代の生きる支えでした。私は当時大学4年生で、就職活動の真っ最中でした。私は就職氷河期と言われた中で、四大文系中堅私立という一番のマス層で、少ない就職先を巡って熾烈な競争を繰り広げなくてはならず、しかも教育実習を挟まねばならず、一浪もしておりwかなり不利な状況の中でバイトもやめた状態でしたので、金銭的にも日程的にもその年の春から始まったツアーは東京と千葉公演だけ行って我慢するつもりでした。
そのツアーの初日の解散宣言。
膝の力が抜けて床に座り込んだのを覚えています。次の日ぴあに走って関東近郊の公演を全てとりました。そしてさらに発表された最後の東京3公演。3公演目の最後の会場は渋谷公会堂。彼らの人気、ラストライブということからして、小さ過ぎる会場です。
最終日のチケットはとれませんでした。
人とつるむのが苦手だった私はライブ友達も多くなく、余っている人を見つけることさえ難しく、今みたいにネットが発達しているわけではないので、オークションも掲示板も無い中、チケットは見つかりませんでした。なによりバイトを辞めて半年以上経っていた私にはチケットにつぎ込めるお金が無かったのです。
それでも最終日は会場に行きました。渋谷公会堂の周りには大勢のダフ屋が立っていました。
1階席の前の方で30万円、2階席の後ろで最低8万円と言われました。もう半年以上もバイトをしていなかった私はたったの4万円しか持っておらず、ダフ屋に鼻で笑われました。私とダフ屋の会話を聞いて、銀行に走っていく女の子の後姿を泣きながら見送りました。
チケットは入手できないままライブは始まり、ダフ屋もチケットが全て捌けたのかいなくなりました。渋公の周りには、私と同じようにチケットはなくて、でも最後のライブの場所にどうしてもいたくて集まってきた人が何十人、いや何百人も残りました。会場のスタッフに追い払われながらも、あっちの隙間こっちの小窓と漏れてくる音を少しでも聴きたくて、渋公の壁に取りすがって泣きながら聴きました。最後の1曲だけ、彼らの意向で渋公の正面ドアが開かれました。中から聴こえる最後の音。でも彼らの最後の姿は見えることはありませんでした。そして私達の声も届きませんでした。
あんなに奇跡を願ったのに、私の夢は叶えられることはありませんでした。
その後、どんなバンドのどんな音楽・ライブを聴いてもあの時ほどの感情の高ぶりを覚えることは2度とありませんでした。ソロになったボーカルのライブにいくら行っても満足できず、数年後再結成した彼らに対しても嬉しくはあったものの、最早それほどの情動も湧かず、いつまでもいつまでもあの日のライブを見れなかったことに対する悔いが残っていました。
どうしてあの時私は諦めてしまったんだろうと。
他に方法が無かったのかと。
私と中の人を分け隔てた違いはなんだったのだろうと。
きっと私の想いが、努力が、足りなかったのだろうと自分を責めました。
そんな想いを抱えたままで生きてきたせいか、こんな性格・生活になってしまいました(笑)後で悔やむならやってまえ!精神で我慢強いところと超ワガママが混在する自分でも扱いかねるややこしい性格、自分の自由を最優先するためはたから見ると変わった、何考えてるんだかわからないと言われるような生き方をするようになってしまいました。それほど、あの日の経験、一生叶わない夢を作り出してしまったことは、その後の私の生き方に影響を与えてきました。
でも今回のKenちゃんのツアーで、私は本当に久々に自分の感情が高まっているのを感じました。自らに全通を課したことで、見れない公演があったことに対する後悔が起きることはありません。あとは自分自身の問題。自分がどれだけ集中できるか、楽しめるかそれが課題でした。
そして始まったKenちゃんのツアーは期待以上に本当に素晴らしいものでした。純粋に楽しくて楽しくて仕方ない、他になにも余分な感情や欲望の混じらないライブでした。
その希望がなんであれ、一度「やりたい!」(私の場合全通すること)と決めたことがあって、そのために思いつく自分でできる限りの努力をして、夢中で追いかけて、夢や希望だったことがどんどん「現実」になって、毎日が、全てが楽しくて幸せでしかたがないっていう経験は、今まで生きてきた中でも・・・あまり思いつかないですし(笑)、これからの人生の中でもそうそう起きることではないと思っています。仕事やプライベートの状況で困難・不可能な場合もあるでしょう。私も例えば母や会社のバーサンが体調不良ともなれば、さすがに立場上も会社休んで遠征というわけに行きませんし。そして何よりも自分の感情がそこまで高まって情熱を傾けよう、傾けたいと思うようになることも、そうそうあることではないと思います。例のバンドの再結成の時は、再結成自体は嬉しくてもなぜか感情は高ぶることがありませんでした。残念ながらタイミングがズレてしまったのです。もう一生あの時のような強く何かを願うことなどないと思ってました。
ですから、今回やりたいことをやれる、やらせてもらえる自分の恵まれた環境と、それを幸せだと実感できるほど高ぶった気持ち、この2つが同時に存在できたことも私にはまた奇跡に思えるのです。
そしてKenちゃんのツアーとそれに参加できている自分に、私はずっとずっとこの奇跡的な幸せを感じていられました。あの日以来初めて、純粋に音楽そのものを楽しめている自分に気づきました。音楽という無形のものが、みんなに楽しさとか幸せとか、無形だけど素晴らしい感情を呼び起こし、その楽しさや幸福感がライブが終わったあとも、ずっと残って皆に温かい感情を残す。その人の生活に何かの良い跡を残す。音楽ってライブって素晴らしいものだなと、心の底から、いやあんなに音楽好きな日々を送ってきたのに、初めて実感できたように思えた1ヵ月間でした。
14年前からのしこりが初めてとれた気がしました。
後悔が初めて残らなかった。
だから泣かなかった。
嬉しくて幸せでしかたなかったから。
もう二度とこんな奇跡は起きないかもしれないと思いながら、私はKenちゃんのツアー中、ずっとずっとこの奇跡と幸福を感じ続けていられました。
全ての記憶が輝く宝物のようです。
私は人間の幸せって一定量じゃないといつも思っています。だから自分が幸せと思えたら、思うようなことがあったら、その幸せは他の人と分かち合っても減ることはないんです。分かち合うと、なぜか不思議と次にもっともっと幸せなことが起こります。幸せって伝播するし循環できるものだと思っています。私はこの1ヵ月間でKenちゃんにたくさんの笑顔と幸せを貰えたから、それを循環させていきたいです。そうして発生源(笑)であるKenちゃんに幸せが返っていくことを願っています。私は才能のカケラもないただのちっぽけな一ファンで、Kenちゃんのように、皆の幸せを作り出せるような才能や力はないけれど、Kenちゃんの作り出した幸せを循環させることはできると思います。幸せなのを私で留めちゃダメで(笑)もっともっと皆にKenちゃんの作り出す幸福感を循環させて味わって貰いたい、それができるファンになりたいと思います。空港の件の反省も含めてそう思っています(笑)
そしてKenちゃんにはこの一言しか言葉が見つかりません。
ありがとうございました。
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