花より、、、

花より、、、

七夕愛 (後編)



「牧野、てめえ。どういうつもりだ!」

私の中国出張が本決まりになってから、仕方なくメールを打ったら。
今度はその日の夜には、即効で文句の電話がきた。


そういや、社会人になって最初の年にも同じようなことがあったな~、と思い起こしながら。
「どうもこうもなく、出張です。」私も、うんざりしながら言うしかなかった。
「楽しみにしていた七夕旅行が今年はできなくってごめんなさいだけど、
それに私もとっても残念だけど。私だって会社員なんだから、そういうこともあるってことよね。」

私の返答も、いつもステレオタイプ。
会社員は・・・いや、労働者にとって、上司の命令は絶対なのだ。




「でも、どうしてよりによっておまえが行かなきゃなんねーんだよ?
その仕事、おまえじゃなきゃできねー仕事なのか?」


「ううん。確かに仕事の上で私が行かなきゃなんない理由なんて、全くないと思う。
私、中国ビジネスなんてずぶの素人だし。たまたま先輩が都合が悪くなったからって、代理でいくだけだし。」
「それじゃ、断れよ。」

またまた。 学習しない私達は相も変わらぬお定まりの会話の展開。
それは世界が自分中心に回っているって道明寺だから、許されるセリフなんだって。



「無理だよ。意味ない出張かもしれないけど、断る理由はないんだもん。」私は答えた。
「まさかあんたとのリゾート休暇を優先したいから、契約の仕事はキャンセルしますってわけにいかないでしょ?
それに確かに、仕事を続けていく上では、海外出張っていうのも一つのステップアップ・・・なんだろうし。」


なんだよ、おまえそれ。
そういう時のあいつは、私の仕事のステップアップくらいじゃ納得しない。

なんだとは、なによ。
私だって、久々にあんたと休暇を過ごそうって思ってたんだから、相当に落ち込んでるんだからね。
いつまでも子供みたいなこと言ってないの!


・・・ああ、せっかくの七夕の季節に。
織姫と彦星になぞらえて、二人でやっと暫しの寛ぎの時を過ごせるかって楽しみにしてたのに・・・




「・・・仕方ねーな。・・・じゃ、今年のリゾートは上海辺りで待ち合わせるってことにするか・・・」

「絶対、ダメ!私の出張先にあんたが現れるなんて、ギャグにもなんないわよっ!」
そうだよ。初めて海外出張に出された女子社員が、出張先から帰国しないで、恋人とのバカンスに出発なんて。
どっからそんな発想が出てくるのよ?

そんなバカなこと、平凡な会社員の私ができるわけがないっていうの!



でも、先日に比べれば、道明寺はなんだか随分元気になっていた。
どうやら前回会ったときには、八方塞がりって感じに見えた仕事がうまくいってるらしい。
かなり大きな仕事でここが正念場だから神経使うって、
前回は、あいつが珍しくそんなこと言うぐらいだったから。
あいつの仕事がうまくいってるって様子には安心しながら、電話を切る。

ま、そうなればなったで、いろんな面で道明寺ったら急に強気になるから。
俄然聞き分けだって悪くなって、私の仕事でデートのキャンセルってことにギャーギャー言い出すんだけど。


ともかく、次にこのうめあわせしようって。次の七夕・・・いや、できればクリスマス休暇!
・・・いや、それも無理なら、出張の途中で立ち寄るんでもなんでもいいから、時間を作ることにして。
ともかく、前向きに過ごそうよ・・・

どうせ、そうするっきゃ、ないんだから。


具体的な約束なんかできないのが辛いとこだけど、あいつも私も。
仕方なく・・・私達の健気な恋愛の日々は、まだ続く・・・





そういう訳で、今年は七夕バカンスもあえなく中止。
「本場で美味しい中華が食べれていいね~。」
人の海外出張を横目でにらんで、そんなこと言う“ずれてる”オジサン達もいたけれど。

私の方は、海外出張の栄誉に浸るなんて気持ちは、皆無!
それより、仕事のせいでせっかくの人の七夕デートを潰されたってことで、ぶすっとした顔で過ごす・・・



中国での仕事については、本当に課長と原田主任の二人で「YES/NOシナリオ」ってのを作ってくれた。
だから、私にはさしたる負担もかからなくって。半分はバカにしてるのか?って思ったけど。
当たり前のことを、にこやかに当たり前に話してくるっていうのが、私の役回りになった・・・・


なんだか、シビアな契約折衝ってのは、初日の1時間で終わってしまったみたいで、
後は、まあ、中国企業の担当者と親しくなって、国際親善に徹しよう!って感じの出張になった。
首尾よく友好的に、契約内容はそのまま継続しようって条件で、交渉も終えることができた。

何はともあれ、道明寺との甘い(ハズの)時間を棒に振ってまでの中国出張。
文句は色々あったものの。・・・やれやれ、これで一安心。
・・・と、思ったら!
思いもよらないところに、落とし穴が待ち受けていた。




契約延長の合意が無事されたことを祝って、宴席を設けたいと先方が言ってきた。
「この宴席は、別に契約が成立しなくても行う予定だったんですけどね。」と通訳の人が耳打ちしてきた。
つまり、中国企業の皆さんも、外国人が現れたこの機会に宴会料理を食べようと、そういうことらしい。

「特に今回は、日本から可愛らしい女性の担当者をお迎えしたからと、彼らは張り切ってます。」


さっきからさかんに友好とか国際親善ばかり強調されてた気がしたけれど。
だからってわけじゃないと思うけど。
仕事を終えてからも、どの人もとっても親しげに笑いかけてくれる。
そして、特に私のためにと若い美人の女性社員が3人も、一緒に宴席のテーブルに着いてくれた。
色々と、気を遣ってくれてるんだわ。こっちが女の子だからって。


円テーブルにつこうという時、通訳氏がやんわりと説明してくれた。
「牧野さん、中国式の乾杯のルールをご存知ですか?
お酒を自分で注ぐのはOKです。でも飲む時は一人で飲まないで、必ず他の方にグラスを傾け誘ってください。
また、同じように他の方から乾杯を誘われたら、それに応えてください。」

「そうなんですか・・・。」


ふ~ん。所変われば・・・とは言うけれど、お国柄が違うと、お酒の飲み方も違うのね。
一人で勝手には飲まないってことなら、飲みすぎの心配ってのをする必要もないわよね。
んじゃ、人のせっかくの楽しみの七夕休暇を潰されたヤケ酒でも飲んでようか。


・・・そう思った私は、浅はかだった。

宴会開始と同時に、「マオタイ」とかいう聞いたこともないお酒が、
ビールのグラスの隣りに置かれていた小さな杯に注がれた。
これで「乾杯」、と言われて味わう。唇にびりっとくると思ったら、
なんと!アルコール度数50度以上という・・・!


・・・中国の皆さんは、マオタイは美味だと盛んに感心してるけど。
なんだかセメダインを飲み込んだみたいで、はじめて味わう身にはこれ、刺激強すぎ。
しかし、私は知らなかった。これがほんの序の口だったということを。


(注:マオタイ=芽台。茅台酒(53度)のこと。中国白酒の最高峰ともいわれる。
 原材料は高梁と小麦で、中国政府の公式な宴に”乾杯の酒” として必ず供される。でも日本酒(約17度)とか
ワイン(約14-15度)と比べるとかなりアルコール度数高めで、通常日本人がたしなむにはちょっと辛い・・・。)



「牧野さん、ビールで薄めて。マオタイは強いお酒ですから。ともかくガブガブとビールを飲んでください。」
通訳氏が私に囁く。
薄めてって・・・ガブ飲みしろって・・・だってビールも立派なお酒だっていうのに。

そんな私に、さっき紹介されたばかりの右端に座る人懐こそうな笑顔の女性社員が、杯を片手に私を誘ってきた。
ウエ。・・・また、マオタイだわ。私、この味は苦手。


「彼女は牧野さんと、二人だけで乾杯したいそうです。中日友好親善のシルシに。」
彼女との乾杯が終わると今度は隣りの、長い髪をたらしたが愛らしい若い女性が、にこやかに杯を私に傾ける。
その次には、モダンな服装で決めたクールな感じの三人目の若い女性が。
次々に「二人だけで飲みたい」とマオタイの杯を持ち上げて私に合図する。



・・・知らなかった。
契約の商談の席には着かなかった、この3人の若い女性は。完全な「宴会要員」=接待係、だったのだ。
そして、3人が3人とも、この中国企業の誇る酒豪だったって・・・これは一体どういうことよ?


中国式宴会初体験の私には、かなりのカルチャーショック。
だって。「友好親善」を殺し文句に、円卓を囲む全ての人々が私と乾杯をしたがるんだもん。
1対10だよ、これは・・・。しつこいけど、繰り返していうと私一人に、入れ替わりに10人が乾杯ですよ!

なんだか。彼らは大いなる勘違いをしていて、
訪問客をカンペキに酔わせて・・・いや、つぶして帰すのが礼儀だとでも思ってるのでは・・・


「牧野さん。これも立派な仕事です。」
ほろ酔い加減だった通訳氏はにこやかに言うと、自信があるのか率先して元気にグラスを傾けはじめた。


元々決してお酒には強いほうじゃない私。
何度か必死で乾杯する内に、マオタイの味に舌が麻痺してしまったようだ。

それは・・・日中の仕事の何倍かおそろしい「湖南料理の夜の宴」だった。
にっこり笑ってグラスを掲げ続けて、「乾杯しましょう」と誘われる度に、真っ青になっていった気が、する。
「乾杯」って、杯を空にするって意味だから、つまり毎回一気飲みってことよね・・・
変なとこで律儀な私は、「もう無理ですから」と彼らの申し出を無碍に断ることもしづらくて。・・・笑顔で、受ける。




・・・一体何杯、マオタイだかビールだか。後から出てきた紹興酒だかを飲み続けたかあまり覚えてません。
それに、どうやってホテルに戻ったのかも正直さだかではないけど。

ともかく、這うようにしてホテルの部屋に辿り着いたのは確かで、それからは・・・


う~、この一人で苦しむ時間をどうしてくれるのよっ!!
マオタイが、身体から抜けない!
ビールのガブ飲みのし過ぎで、喉もとまで気持ちが悪い!
バカみたいに律儀に、誘われる度にグラスを傾けていた自分の、迂闊さ加減を思いしるよ・・・

明日の朝までには、なんとかして飛行機に乗れる身体に戻さなくっちゃ。
海外出張の任務を帯びた社員が、二日酔いで帰国できません・・・じゃ、信用も失墜だわ!
・・・そのためにも、夜通し何度でもトイレに通うしかない。

少しでも酔いをさまそうと、バシャバシャと冷水で顔を洗いながら。「後悔先に立たず」を実感。
うぅ・・・独身の若い女性が、なんたることよっ?!



また、そんな折に限って、携帯が鳴りだす。しかもこれは、あいつからの着信音。
苦しいさなかでの私ではあったけど、電話にでないとあいつは何事が起こったかと心配して大変な騒ぎになる。

「もし・・・もし。」
まるで、蛙がつぶれたような声だ・・・私。


「牧野?!どうしたんだよ、変な声だしやがって。さっきからメール送り続けてたんだけど、見たか?」
やっぱり。私の初の出張に心配して、メールで無事仕事を追えてホテルに戻ってるか、確かめてきたんだ。


「うん・・・仕事の契約は無事すんだ・・・」
「それにしちゃ、元気ねー声だな。どうした?腹でも痛いか?」
「なんとか、ホテルには戻ったけど・・・気持ち、悪。・・・」
「おいっ?どうしたんだよ、何があったんだよ?!」

「別に。・・・ただ宴会でお酒飲んだだけで。」
「牧野!まさかおまえ、出張先で、中国式の宴会に出て乾杯を受けつづけたんじゃ、ねーだろうな?!」


道明寺の声が変わったところを見ると、どうやらこの中国スタイルの宴会ってのはかなり有名らしい。
相手が潰れるまで飲ませるっていうのも、一般的なおもてなしスタイルだったんですね・・・
フツウはそんなのに引っかからずに、上手にエスケープするものらしいって。 今頃、知った。


「バカ!!飲めねーくせに、カッコつけて無理しやがって!」
「うぅ~、気持ち悪い。早く吐きたい・・・」

辛くって、そして国際回線を通して道明寺の心配する声を聞いて、たがが緩んだように涙が後から零れてくるの。
「・・・どうしよう。明日の朝までに私、回復できるかな・・・」



「おい!おまえ胃の薬とか、持ってるのか?」
「・・・ないよ。・・・私、病気しない覚悟で出張に出てきたから。」
「このバカ。」
呆れたようなため息が、受話器を通じて伝わってくる。


「道明寺~!苦しいの!・・・ねえ、吐きそう。」
藁にも掴む覚悟で、電話口を通して泣きながら訴える。
「吐け!我慢するな!」
なぜか道明寺も必死で、私を励ましてくれる。

・・・それから、受話器の向こうですぐに航空機を準備して上海まで飛ばせとかいう、あいつの声が聞こえてきた。


「ダメ!道明寺、来ないで!・・・あんたがここに現れると、私の海外出張はメチャクチャ。
いや、それよりこんな酷い姿、見られたくないっ!絶対に今からこっちに来たり、しないで~っ!」
今度は、真っ青になって慌てて電話口で叫ぶ・・・

「なんでだよ?俺がそっちいって、おまえの悪酔いなんか一発で治してやる。」



「いい!こんな夜中にナニ考えてんのよっ?それにNYから12時間もかけて飛んでくる間に、
こっちも治っちゃうから。そんなの、ゼンゼン無駄。」
「おまえ、人の好意をそう言うか。」
「うう、ともかく・・・ゴメン、道明寺。もういいから、あんたも早く、寝て。」
「寝ろ?NYは朝だ。二日酔いが高じて、おまえ頭までいかれたかよ。」


支離滅裂な私は、ともかくもうこっちは元気になった、大丈夫と言いながら一旦は、電話を切る。
でも、それから我慢してた吐き気に耐え切れずにまたトイレに駆け込むわけで。
そして、しばらくたってから時間を見計らった頃に、道明寺から再び電話がかかってくる。



「・・・どうして何度も電話かけてくんのよ・・・」
「何度も・・・って。心配だからに決まってんだろ?!見ず知らずの外国で、おまえが一人で具合悪くしてるなんて!」

そんな無駄な電話何度もしないでよ・・・そう言いかけたんだけど、言ってるうちからもう我慢できなくなって。
「ねえ・・・道明寺・・・やっぱり私、まだ気持ち悪いみたい・・・ごめんね、心配かけて・・・」



情けないけど。あいつに向かって苦しい、気持ち悪いと訴え続ければ、まるで悪酔いが緩和されるかとばかりに、
私は酔っ払いの苦しみを断続的に夜の内に何度かかかってきた電話の度に、あいつに訴え続けた。

時々、あまりに心配した道明寺が、やっぱりこっちに飛んでくるとか言い出すと、
「それだけは絶対やめて!」と拒否して。


電話回線を通じて話している内に、これが今年の私達の年に一度の七夕か・・・と思うと。
また新たに涙が零れてしまった。

一番大事なときに、二人でリゾートで寛いだり、ディナーでドレスアップしてあいつの前に立つどころか・・・
あぁ、私って、絶対ロマンチックが似合わない。



こうしてついに私は一睡もしないで一晩を過ごし、
道明寺も数度の国際電話で、ほぼその間ずっと私に付き合い続けたも同然って。

・・・これは色気がどうとかいう次元じゃ、ない。
とんだ七夕の海外出張になってしまった。
やっぱり、中国出張は侮るなかれ。言われた通りにイエスとノーの返事だけしてすむもんじゃ、なかった。
初の仕事での海外経験って、半端じゃなかったわ・・



次の日は一日絶食することにし、なんとか飛行機に乗れる身体になっていた私は、そのまま日本に帰国した。

「やあ、さすが牧野さんだね。こちらの思い通りにちゃんと契約の継続確認を取り付けてくれて。」
能天気な課長の声が耳元を掠めていった。
もう、言い返す気力もなく。頭を下げてから私は自分の席に引っ込んだのだった。
そんな風にして、今年の七夕の日は終わってしまった・・・





それから10日ほどたったある朝のこと。
突然前触れもなく、全社員を集めての朝礼が行われた。
そして、重々しく社長が発表する。

「突然のことだが、たった今わが社は弱小の貿易会社ではなく、
なんと道明寺財閥の商社部門に抜擢されることになった。」


時を待たずして、溢れる歓声。
でもね・・・社長は「抜擢」なんてあまり事実に即さない言葉を使ったけど。
つまり、道明寺の会社が - いや多分道明寺が、金にあかせてうちの会社を買収したってこと・・・でしょ?
別に、うちの会社が浮かれて喜ぶことでは、ないと思うんだけど・・・

でも、もうあまりのセンセーションに社員はただ大騒ぎ。
私はといえば、唖然棒然。
それにしても・・・あいつからそんな話は、まったく聞いてなかったんだから。後で問い詰めなくては。



「キャーっ!道明寺財閥の取締役を務める、道明寺司さま。超ステキ!」
「わが社の男性人とは格が違うわよ。私達も、これからは彼のお姿を一目でも拝見できるのかしらーっ!!」
「ねえ。それで道明寺財閥はね、早速うちを使って、中国からの購買力の強化を図るんですって。
で、うちが中国に強いことを見込んで、早速特別プロジェクトを組むらしいわ。」

「そのプロジェクトだけどさ。こないだの中国出張での功績を認められた牧野さんが、
中国取引の専門家としてプロジェクト担当になるって、原田主任が言ってた・・・羨ましいわよね。」
「それでね、長期のプロジェクトになるので、牧野さんは道明寺のオフィスの方に出向ですって。」



社内の女の子達の噂話。・・・フツーは、そんなの右から左に聞き流す私だけど・・・
なんか。どう聞いても、今の話はメチャクチャじゃないか?と思う。
私の、ど、こ、が、「中国取引の専門家」・・・だって・・・? 誰よ?そんなこと言ってるのは?!


大体、中国貿易一つ取ったって、道明寺財閥の規模の方が、うちよりずっと大きいんだから。
道明寺がわざわざ、弱小企業のうちの会社を起用する理由なんて、ないじゃないの?!

まったくあいつ、ナニを考えてこんなこと、したのよっ?!


頭の整理がつかない内に、唐突に課長から内線電話で社長室まで来るようにと呼ばれた。
そして、その社長室には・・・



「道明寺取締役、こちらがさっきお話しました当社の社員の牧野です。」
偉そうにしてるデカイ男を前にして、平身低頭状態の課長がそう言った。
どう見たって好々爺としかいえないうちの社長も、傍で一緒に肯いて微笑んでいる。
この人たちからは、買収された側の企業のプライドとか意地とか・・・そういもんは、感じられない。


「牧野さん、どうもはじめまして。
私は、中国ビジネスに長けた優秀な女性に、プロジェクトに参加してもらいたいとちょうど思っていたところです。」

挨拶と簡単な紹介の後で、魅惑的な微笑をちらとくれると道明寺は愛想よく私に言った。
「期待しています。頑張ってください。」

「・・・ありがとうございます。」



なんて嘘くさい、そしてまったくもってネコかぶったって感じの、二人の挨拶。
なにが、「はじめまして」よね?・・・もう!くしゃみ、でそう。


「では、二、三、事前に仕事の内容で確認しておきたいことがあるので、彼女と二人にさせてもらえますか。」
落ち着いた口調で道明寺がそういうと、社長も課長も勿論新たな企業経営主様に異論なんかない。
二人とも、それじゃ失礼しますとそそくさと席を外して、部屋から去っていった。




「おまえ相手に、はじめましてって言うのは、やっぱ気色わりーもんだな。」
部外者の退出とともに、元の二人の関係に戻った私達。ったく。何を言ってるんだか、この男は!

「ちょっと道明寺!説明もなく、いきなりうちの会社を買収するなんて!これは一体どういうことよ?」
「おまえは危なくって仕方ねーからな。」


道明寺は、平然と言い放ったっていうのか・・・
「もう、初めて行った国であんなにベロベロに酔わされた挙げ句、苦しい、助けてくれって、
国際電話でおまえに泣かれたり、叫ばれたりするのはたくさん。」

さすがに私にも、あの時の悪夢がよみがえる。
「・・・もうしません。私だって、やだもん。あんなの。」


「だからもう、おまえがあんな海外出張に勝手にいかないように、手っ取り早くおまえの会社買うことにした。
ばばあ達を説得するんに10日ほどかかったが、ついに根負けしてた。もう、おまえとどうしようといいってよ。
そんで会社は買ったし、七夕恋愛はもう返上だ。これからは仕事でもなんでも利用して、
可能な限りおまえに密着する。」


「ちょっと待ってよ。密着?って・・・ナニよ、それ?大体そんな理由で会社、買うって・・・あんた!」


「おう。だから、これからは中国出張だってどんどんいかせてやるぜ。俺のアシスタントってことで俺に同行だな。
いや、もうおまえは俺のとこの社員になったわけだから、どこの出張でも遠慮することなんか、ねーか。
パリ出張でもアメリカ渡航でも、このさいなんだって拡大解釈して、全部おまえを同行させりゃ、いいわけだな。」

「待ってってば・・・それ、なんかメチャクチャ。公私混同ってレベルじゃ、ないよ。」
私は抗議をしようとしたんだけど・・・道明寺の口を封じることは、できなかった。


「んでもって、おまえの仕事のペースが馴染んだ頃っていうか、
おまえの覚悟が決まった頃を見計らって、結婚しようぜ、俺ら。
こないだの仕事の過程で、もう障害は皆排除しといたから。大手を振って来いよ、おまえ。」


私は・・・あっけに取られて口をあんぐりさせていた。
中国事業強化の名目で、うちの会社を買収したかと思ったら。
これからはパリ出張だろーがどこだろうが。所構わず私を連れて行くって。

まずそういうのって、普通の常識で考えて許されると思う?・・・って、非常識な道明寺に言ってもしょうがないか。
んで、「ペースが馴染んだ頃にそのまま結婚」って。
それがプロポーズか?・・・そりゃ、ずっと二人の頭を悩ませてた難題が解決したのは嬉しいけど。

でも・・・そんなの、アリ?
いや、そもそも私達の関係に「ロマンチック」なんて言葉は、存在しなかったのかも。



私達が、お互いに一途に切ない思いを交わしあった七夕愛は、一体どこに行ったのよ?
こないだ「一年に一度の牧野の補給じゃ、全然足りない」って辛そうに私に訴えてたあんたも、どこに行った?



どう考えても私。 道明寺には、振り回されっぱなし
・・それは、今始まったことじゃないけど。・
出会った、そもそもの時から、それまで平々凡々と、単純に回っていた私の時計は狂いっぱなし。


なんか、こいつにかかると・・・切ない気分だけに満たされているってわけには、いかない。
そんな男に、とことん付き合ってる私って・・・やっぱ健気かも。




「おい?どうした?」
「私ね、人間ができてるな~って、いま自分で自分に感心してたとこ。
こんな破天荒な恋人と、よくもちゃんと8年も続いてきたわよ・・・」

「8年?・・・冗談じゃないぜ。これからもず~っと。 だろ。」
道明寺は、自信ありげににやっと笑った。


そして。ゆっくりとその長い腕をこちらに伸ばして、私の肩を自分の方に引き寄せる。
?・・・私が見上げた時には、もう、私達は至近距離に接近してて。
ゆっくりと、お互いの温かい唇が合わさった。

ここは・・・うちの会社の、社長室なんだけど。・・・そう思ったのも、束の間のこと。
心地よい、唇を通して伝わる互いの思い。
いつまでも、このままで流されていたいくらい・・・



「とりあえず、充電。」
「もう・・・っ!」



ロマンチックで切ない気分に満たされる、「年に一度」の七夕愛は、もう
私達にとっては過去のものとなった・・・らしい。


〔fin〕


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この作品は

★“100万HIT記念のお礼もこめて”7月の期間限定★

【Lake District】の 【K's Apple】様より 頂いて参りました。

期間限定のはずか こちらで無期限掲載のお許しを頂き
強奪する様な形となってしまいました。
ずうずうしいですが…大変尊敬している【K's Apple】様からの
このご好意に大変感謝致します。大切に致します!!



                  H18 7/11(火) yori×2


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