ハウシュヴィッツ収容所からこんにちは

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「奇妙な時間感覚」



梱包されたものの中に入ってるプチプチエアーを一粒づつ潰していく時、ふたについたヨーグルトをぺろっと舐める時。そんな楽しい時間はあっという間に感じてしまう(あと5分あと5分だけ!ともう一度寝てる時の5分なんかが最高級に短い)。反対に、カップラーメンを待っているとき、何もすることなく人を待っているとき、何の目的もなく、なおかつ意味もなく苦しんでると思って生きてるとき、時間はとても長く感じる。

 ところで僕は何故か(たぶん何かの霊にとりつかれてせいで)もう約7年ほどひきこもり生活を続けている(昨日も寝るときに、見えないが「もあ~としたもの」が接近してきて、体に不気味な圧力を感じて恐怖した。僕は心の中で必死にあやまった。「すいません、すいません、おれ何か悪いことしたっけ?君に。でもごめん、ごめんなさい」そしたら呪縛はとけた。が、できればもう2度と来ないで欲しい。でもこんなこと書いてるとまたきてしまうかもしれないので、やっぱりできればいつでもきて欲しい。ユアーウェルカム!なんて書いてると本当にきてしまうかもしれないから、。やっぱりどちらでもかまない。と書いておこう)。

 厳密にいえば、去年の6月まではバイトを何とかやれていたので、去年中はグレーゾーンだった(ひきこもりは6ヶ月以上社会参加しない状態と定義されている)。しかしあれから早くも6ヶ月以上経過し、新年になりついでにひきこもりにもなった。

 まあそんなことはいいとして、時間感覚の話に戻ろうと思う。一般の人からみて7年もひきこもっている生活というのは、信じられないくらい長い間こもっていると思われそうだけど(何せ、生まれたばかりのかわいい赤ちゃんが、うんこうんこと騒ぐ小学生になる時間である)しかし体感時間的には7年はあっという間だった。それでもカップラーメンぐらいは余裕でできるだろう。

 これは過ぎ去ってしまえば誰でも早く感じるというレベルではなくて、本当に短い時間しか経っていないように感じるのだ。しかし一日一日は意外と長く感じる(起きていれば)。調子の悪い日などは本当に長く感じる(起きていれば)。信用してもらえないといけないので、以下偉い人に登場してもらって終わりにする。

たとえば、失業者において、彼が似たような心理的状態になるのを知っている。~中略~収容所では比較的小さな間隔は――たとえば一日は――毎時毎時になされる悪意ある難壁に充たされて――ほとんど限りなく続くように囚人には思われるのである。しかしより大きな時間間隔は――たとえば週は――気味悪い程早く過ぎ去って行くように思われるのである。だから私が、収容所では一日の長さは一週間よりも長いと言った時、私の仲間はいつも賛成してくれた。それほど時間体験は無気味な逆説的なものであった。V.E.フランクル「夜と霧」ドイツ強制収容所の体験記録P173より


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