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【存在理由】 第2話
鼻歌を歌う少女。
しかし少女が出歩く時間とは考えがたい この暗さ。
町中は静まり返り
月が黙ってそれを黙って見下ろしている。
『ごきげんだな 沙羅』
「ぇ??そぉかしら??」
そう答える沙羅 基 刹那はただ 月明かりがあるだけの道をテンポよく 歩みを進めていた。
『うむ。
まぁ そなたの機嫌の悪いときと比べればすこぶるこちらがよいがな』
「キーパ??
私はいつでもいい子 そうでしょう??」
『....うむ』
その声に冷たさがあったため 声の主 キーパは異論を唱えなかった。
公園に行き着いた刹那は
目にとまったベンチに腰を下ろした。
そして
自分の手を見て うっとりとしていった。
「本当 きれいな色」
月明かりは
その『魅惑の天使』の顔に浮かぶ 絶世の笑顔と
その手に光る 禍々しい紅の色を
残酷なまでに 美しく 輝かした。
「ねぇ キーパ」
ふと刹那は声の主に問いかけた。
『どうした?』
「いゃ 最近さぁ....。
....殺魔族って私 1人なの?」
『むろんだ。
何故 それを問う?何か気になることでもあるのか?』
刹那は押し黙ったままだ。
『刹那』
「ぇ??ぇと。
いや 私 殺魔族の末裔よね?
他に...生き残りとかいるんじゃないかと....」
『....心当たりがあるのか?』
「...やぁね キーパ。
何となくよ 何となく」
そう言うと刹那は立ち上がり 自宅へと赴いた。
『今日の‘至福の時’とやらはもういいのか?』
「えぇ。もう十分よ。
それに乾いたら落ちにくくなるわ」
苦笑する刹那の横顔はどこか 思慮深いものがあった。
刹那は家に帰ると黙ってバスルームへと向かった。
「ぁぁ....さすが私だわ。
服には 血 一浴びもしていない....」
殺魔族末裔....
頭の中でそれを復唱した。
すると気付かぬうちに笑みがこぼれた。
「私にピッタリよね」
殺すために生まれてきた私には.....。
シャワーで手についた血を落とす。
「犯罪者なんかと 殺人犯なんかとはわけが違うのよ」
呟いた声は バスルームで小さく 反響した。
昨日寝たのは何時だっただろうか。
刹那は痛む頭を抱えた。
重い体を 根気で起こした。
「ちっ....」
薬箱から頭痛薬を取り出す。
『どうした 刹那。
頭痛でもするのか??』
キーパは刹那を見上げた。
その姿は
蛇のようだが 鋭い眼と 羽のような耳を持つ
龍であった。
「あらキーパ。いつ出たのよ??
....うん そうなのよね。
ちょっとした睡眠不足ょ」
『...大丈夫か??なら今日は『学校』とやらは休んでもかまわぬのでは?』
キーパは心配してか刹那にすり寄ってくる。
刹那は嫌がりもせず 逆に弱々しくであったが 微笑んだ。
「大丈夫よ。
それに 人間達の反応を聞くのも楽しいもの。
今後の参考には十分よ」
『....我がついて行こう』
「ぇ??」
そのキーパの申し出に刹那は心底驚いたような声をだした。
『刹那 お前が心配なのだ。
ついて行くぐらい 造作もなかろう』
すると 刹那は少し悲しげな 控えめな笑みを浮かべた。
「ありがとう。
でもそれは 私が『殺魔族』末裔だからよね?」
キーパはすぐには答えなかった。
沈黙が刹那をうつむかせた。
『お主がお主だからであろうに。刹那』
沈黙を破ったのはキーパだった。
刹那は顔を上げると嬉しそうに微笑んだ。
そしてもう一度 はっきりと言ったのだ。
「ありがとう キーパ」
と。
階下へ下ると朝食の準備が整っていた。
「あら おはようございます 刹那様。
今日はずいぶんとごゆっくりなさったようで...
おやすみなさるかと思いましたのに」
「おはよ 夢乃。
ちょっと頭痛くてねぇ 別にゆっくりしたくてしたわけじゃないのょ。
今日も学校へ行くからこうやって朝食を食べに降りてきたの。
このくらいじゃ休んでられないわょ」
ガッツポーズをする刹那。
それをみて メイドの夢乃はクスクスと笑った。
「まぁ 刹那様はお元気でいらっしゃるわ」
さぁ 朝食を冷めないうちにどうぞと椅子をひく。
ありがとうと刹那は微笑んだ。
「それにしましても
頭痛がするとおっしゃいませんでした??
お薬は飲まれました?」
心配そうな顔をして お茶を入れるのは
夢乃と同じ様な優しげな瞳の持ち主
ここのメイドのもう1人である華月である。
「うん。さっき自室で飲んだから大丈夫。
ただの睡眠不足ょ」
差し出された香りの良い 濃くて甘い紅茶を刹那はすすった。
「何でしたら 紫遠先生に看てもらいましょうか?
お呼びいたしますが」
「ぇ??大丈夫よ。本当に。
紫遠先生...もお忙しいわょ」
苦笑を浮かべて目の前で手を振る刹那は食欲もないようだ。
『疲れておるのだろう。
どうだろう?この際 紫遠に看てもらえば楽になる』
龍姿のキーパは床にとぐろを巻いて 華月から差し出されたリンゴをかじっていた。
「大丈夫。
....そぉね。仕事にさしつかえるかもしれないから
帰ってきても頭が痛かったら そのときは紫遠先生に頼むわ」
刹那はトーストに木イチゴのジャムを塗ると
半分だけ切り分け 口に入れ 席を立った。
「食欲もないのでございましょう?
申し訳御座いません。気付きもしませんで。
もっと喉に通りやすいものをご用意すればよかったですね」
申し訳なさそうに夢乃は頭を下げた。
「いいのいいの。
私も急に頭が痛くなったんだし 夢乃がそう気落ちしなくてもいいのよ」
手を振って刹那は玄関へと向かった。
「じゃ いってきます」
メイド2人はいつものように玄関まで見送り にこやかに言った。
「「いってらっしゃいませ」」
「....頭痛いぃ」
学校では滅多に口に出さない為
通学中のこの狭い道でつい 口に出てしまったのだ。
『なれば すぐさま帰宅して紫遠に看てもらうが良いぞ』
今や姿を消したキーパが言った。
「...大丈夫よ」
刹那は少し 怒ったように言った。
しかし 今のは自分を奮い立たせるために言ったのであって
決してキーパに対しての苛立ちなどではないのだ。
「よぉ 霜月」
体育の授業が終わった後だった。
不意に後ろから声がかかった。
刹那は後ろを向かずとも その声の主を知っていた。
....長年の勘だ。
『殺魔族』末裔は 気配に敏感でなければならないのだ。
「何か?千歳君」
「何だかつれねぇなぁ。
どしたょ。
....昨日は大丈夫だったか??」
さりげなく 隣に来た由澄は刹那の歩調に合わせ 歩き出した。
「えぇ。もちろん大丈夫だったわょ」
「そぉか」
心底ホッとした声を出した由澄に刹那は問うた。
「どうしてそこまで心配してくれたの?」
「そりゃ お前が可愛いからだろぉが」
「違うでしょ??」
由澄は瞳を開けた。
そして何も答えなかった。
刹那はなおも続けた。
「....どうしてそこまで殺魔族にこだわるの??」
由澄は 刹那を凝視した。
刹那は身長は割と高い方なのだが
由澄も高い方なので 少しばかりではあるが 見下ろすかたちとなった。
「....どうして分かったんだ??」
由澄は降参と言わんばかりに苦笑した。
刹那は控えめな笑みを浮かべた。
「インスピレーションかしら?」
そしていつものようにクスクスと笑った。
「ホント お前には敵わねぇな」
由澄は先を見やった。
ちょうど 大きな窓があり その向こうには緑豊かな木々達が堂々と肩を並べていた。
「話だけなら いつでも聞くわ」
そう言って立ち去ろうとした刹那の腕を由澄は掴んだ。
「....ホントか!?」
「ぇ?えぇ....。
ため込んで1人で悩むよりは その方が良いでしょう??」
刹那はその力に驚いたが 余裕で笑みを見せた。
すると由澄は何かにすがるような目で刹那を見た。
「....吐き出し口がほしかったんだ...
本当に聞いてくれるなら....」
今日の放課後。
月宮公園のベンチで。
「わかった。
待っているわ」
そう言って別々の席についた。
『良いのか??頭痛の方は』
「....大丈夫よ。体を動かしたら楽になった」
帰り支度を始めた教室内はざわついていて 刹那が話していることに誰も気をとめない。
元々 姿を消しているときのキーパの声は普通の人間には聞こえないのだ。
『珍しいな。
お前が1人の男にかまうのは』
「あらそう?
だけど 気になるのよね....何かあるわ」
それに指定された月宮公園....
昨日 刹那が仕事を終えた後で‘至福の時’を味わったあの公園だ。
刹那はたいてい仕事が終わるとその公園へ赴く。
そしてあのベンチに腰掛け‘至福の時’を過ごすのだ。
それが日課になっていたのだ。
「とりあえず 私は行くわ」
そう言って刹那は席を立った。
「悪ぃ 待たせたか?」
夕日が傾き始めた頃 由澄は姿を現した。
すでにそこにいた刹那は読んでいた本から視線をあげた。
「いいえ。
待つことは苦じゃないもの。気にしないで」
「....隣 いいか??」
「どぉぞ」
2人はベンチに並んで座った。
しばしの沈黙の後 刹那が口を開いた。
「で?貴方が殺魔族にそこまでこだわる理由とやらは?」
「唐突 なんだな」
苦笑する由澄は一呼吸おいて 話し始めた。
「実は....さ」
「千歳君 疲れたでしょ??」
差し出された温かい缶コーヒーを由澄はありがたく受け取った。
「いやぁ すまねぇな 霜月。
マヂで」
「いいのょ。
ためこんでちゃ 辛いもの。
私で良ければいつでも話し 聞くわ」
このコーヒーは高くつくけどねと
イタズラっぽく微笑む刹那に由澄は言いしれぬ温かさを....そのとき 感じた。
「でも霜月 実際寒いんじゃね?」
「ぇ??何でよ??夏よ?寒いわけないじゃない」
このコーヒーは落ちつくためのものだもの。
「あら でも夏とは言っても 夜は涼しいわね」
風が刹那の髪を流す。
「気持ちいいわ」
先ほどとは違う温かな微笑みを由澄は隣で見ていた。
....どうか この心臓の音が聞こえませんようにと....
「お前の手 さっき 冷たかったから 寒いのかなとか思った」
....刹那の表情は崩れなかった。
「私 あんまし血行が良くないのよねぇ。
ごめんなさい」
そう言って刹那は立ち上がった。
「もう暗いわ。
帰りましょう....」
「ぇ??あぁ....送るよ」
由澄も立ち上がった。
しかし刹那は微笑んで優しく言った。
「大丈夫よ。家 近いの。
それに」
今晩は...殺魔族は出ないわと....
公園の木々達が ざわついていた。
「あら」
今日は 月が見えないのね。
由澄は黙って刹那を見送った。
「頭痛の方はおさまりましたか??姫」
「紫遠先生 姫って言うのやめていただけます?」
刹那は帰ってきて早々 ため息をついた。
門をくぐって玄関を開けると珍しく 紫遠が出迎えたのだ。
「ため息をつくとシアワセが逃げるというジンクスがあるの ご存じですか?」
紫遠は20代前半とあって少し大人の余裕が醸し出ている。
「頭痛は....大丈夫ですから」
「それはよかった。
でも念のため 診察は受けて下さいね」
にこりと笑う紫遠の顔にはどこか逆らえない雰囲気があって
それを読みとった刹那はうなだれて「はい」と返事をした。
「おっ お帰り 刹那」
「....琥遠....」
黒髪のきれいな少年 琥遠は刹那のいわば 護衛役である。
この家の医療を担当する琥遠とは兄弟だ。
同い年の琥遠は学校もクラスも同じにしてある。
護衛役と言っても ほとんど刹那は自分の身は自分で守れるので
その意味もないのだが。
護衛役の他に教育係として 刹那の一番近いところにいる。
「何だ??刹那 頭痛すんだって??まぁた寝不足?
仕事 頑張ってるもんなぁ」
うんうんと頷く琥遠は感心したような顔をしている。
「...仕事...だとはあんまり思っていないわ。
私はそれをこなすために生まれてきたのだから」
出迎えてくれた華月と夢乃に軽く手を振り 2階へと階段を上っていった。
そのあとを琥遠と紫遠が続く。
「でもよぉ 体 大事にしないといけねんじゃね??」
刹那は答えなかった。
これまでも何度も体調を壊したことがあった。
だけど。
自分は殺すために生まれてきたのだから
かまっていられない。
体が壊れるようなことがあれば....
否 それすら省みない。
「俺たちはな 何もお前を『殺魔族末裔』として心配しているわけじゃねぇんだぞ??
お前がお前だからだろう?」
ホント 口にださねぇとわかんねぇのかよ と
琥遠は刹那の髪をぐしゃぐしゃとまぜた。
いつもなら笑い声の1つもあげる刹那だが
控えめな笑みを浮かべて「ありがとう」と呟いただけだった。
「紫遠先生 あとで部屋に行くから」
紫遠も琥遠もそれ以上 何も言わなかった。
「なぁ紫遠。
刹那 どうしたと思う?」
「確かに....ただの頭痛とは違うみたいですし」
「だよなぁ。
あいつがあんなんなるのって....初めてじゃん」
初めてのことで戸惑いを隠せないのは何も琥遠だけではないらしい。
「えぇ。
でもその戸惑いを姫の前で決して見せてはいけませんよ 琥遠」
「...わぁってらぁ」
紫遠と琥遠 夢乃と華月は
『殺魔族』に代々仕えている身なのだ。
殺魔族が滅んだ際 琥遠はまだ生まれて間もなかったが
彼らは散り散りになったのだ。
『殺魔族の一味を全員暗殺』
それが人間界においての至上命令だったため
彼らは生きるため 逃げたのだ。
多少ではあるが彼らにも『殺魔族』の血が流れている。
しかし それは先祖が殺魔族の血を引いていた...と言うだけであって
自分たちにその血が濃く出たわけでもない。
以来 『仕える身』として側にいたのだ。
そう...殺魔族の血は薄れていったのだ。
しかし....
「異端児...否 覚醒児と呼ぶべきだろうな。
刹那は」
その力が発揮したとき
散り散りに地方の方へ隠れていた彼らはもう一度 集結し
刹那に一生を捧げたのだ。
しかし
当時4歳だった刹那は無表情で跪く4人を見下ろしていった。
『勝手にすればよかろう。
死ぬことを恐れた者達めが。
私に仕えることで償うつもりであろう??
私は止めはせぬ』
冷たく 刺さるような声だった。
「あん時と比べたら刹那 変わったよなぁ」
「琥遠 お前はまだ何も分かってはいないね」
紫遠はクスクスと笑った。
笑われた琥遠はムッとした表情で紫遠を睨んだ。
「何がだょ??」
「私たちと違い 血が濃いんだょ。姫は。
....もしかしたらコントロールが出来ないのかもしれないね」
「は??何言ってんの てめぇ。
わけわかんねぇぞ」
するとやはり紫遠はクスクスと笑ったのだ。
「琥遠 君は姫が人を『狩る』時の表情をみたことがあるかい?」
部屋のベッドで刹那は枕に顔を埋めていた。
『...息ができなくなるぞ 刹那』
「...できてるわょ」
『目が腫れるぞ』
「大丈夫よ」
キーパは刹那の隣に移動した。
『お前の初仕事の時に殺したのが
あやつの両親だったとはな』
刹那は何も答えなかった。
こんな事 初めてなのだ。
しかしキーパは冷静に受け止めていた。
『傷付いているのか?』
「違うわ」
思ったよりも早く 答えが返ってきたことにキーパは不意をつかれた。
「私は殺すために生まれてきたんだから。
殺したことで後悔はしてないわ。
だって それが私だもの」
『では何故 そのようにふさぎ込んでいるのだ?』
「ふさぎ込んでなんかないわょっ!!」
『ほぉ そうか。それはすまなかった。
我にはそのように見えたのでな』
刹那はグッと言葉に詰まった。
キーパの言っていることは的を射ているからだ。
「私は....殺魔族よ。
そんな人間の感情なんか必要ないわ」
『お主は大事なことを忘れておる』
キーパは静かに諭すように言った。
「ぇ??」
刹那は上半身を起こしてキーパを見た。
『分かるようになるまでには時間を費やすであろう。
しかし これは自分で分からねばならぬことなのだ』
それだけ言うと キーパはベッドからどいた。
『今は分からなくとも分かるときが来る。
今はお前はするべきことがあるだろう?
それを全うするがよいぞ』
ちょうどそのとき ドアをノックする音が聞こえた。
「ぉぃ 刹那。
飯 どぉすっか??
お粥でも 部屋に運ばせようか?」
心配した琥遠が声をかけに来たのだ。
刹那は顔を上げると
「今 行く」
と返事を返し キーパに笑顔を向けた。
「貴方には支えてもらいっぱなしね」
『むろんだ。我はそのためにいるのだからな』
刹那は琥遠とキーパと階下へ 明るく話しながら下った。
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