●ごちゃまぜのすーぷ●

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闘病の記憶(工事中)


長女まきが2歳になってすぐにかかった病気 川崎病
今から4年近く昔の当時を思い出しながら
そのときの様子をお話します。

● プロローグ 
第2子 ひろくんの妊娠 出産予定日は6月10日
じつは小学生時代からの幼なじみ くされ縁(笑)の友人の第1子の出産予定日と偶然にも一致!!
その偶然に大笑いしながらも 同じ日に隣に並んで出産になったらすごいよねーと お互い一緒に入院生活を送れることを期待していました。

私は2度目の出産 彼女は初産 一般的に予定日より私が早く彼女が遅れて出産するかも!
「臨月・予定日一週間前になったら体動かして早く出せよ!」なんて話をしていた。 なのに彼女は予定日より10日以上も早く5月24日に出産してしまった!!

お祝いに病院へ陣中見舞い(笑)
そのときまきちゃんはやや熱があり風邪気味のようだったたので 一緒についでに小児科へ 診察の結果は風邪のひき始めでしょうということでした。

まきちゃんにももうすぐ生まれる弟となる赤ちゃんに免疫をつけるため 
友人の生まれたての赤ちゃんを見せておきたかったのに 産後の彼女やガラス越しとはいえ 赤ちゃんに風邪をうつしては大変なので連れて行けませんでした。
実家の母に付き添ってもらい 彼女に面会中はまきと待ってもらっていました。

そのとき私たちは 医師さえも まきの中で発病していた病魔に気がついていませんでした。
● 高熱・発疹 
まきは熱を出しました。その熱はなかなか下がらず1週間近く続いたでしょうか こんなに長く熱を出したのは初めてでした。私たち両親だけでなく祖父・祖母みんな心配しました。
なんせまきは初孫でその当時はただ一人の孫だったんですから。
普段元気がよすぎるくらいの娘でしたから 熱で元気がないため余計に心配されました。

熱が下がり すこし元気が出た様子 すると体に発疹が出てきて よくみると全身にピンクの発疹が…
「なーんだ はしかか水疱瘡のような病気だったのか~」みんな一安心 
「じゃ 病院に連れて行ってくるわ」と行きつけの病院の小児科へ

「発疹が出てはしかかなにかのようなので」と説明すると隔離室へ
小児科の待合には隔離室があります。感染しやすい病気の場合 こちらで待機させられます。
赤ちゃんのばあい ほかの子供に病気が移されると大変なので隔離室に利用がなければ そこで待たされる場合もあります。
心配していたまきの病気に安心していたからか 初めての隔離室 いつもと違う待合室を楽しんでいました。
その数分後に一気に私は不安のどん底に突き落とされることになるのです。
● 血液検査
医師はまきの全身の発疹を診ながら前回のカルテ 私が今回書いた問診票と照らし合わせ怪訝な顔をしました。「お母さん ちょっと血液検査をしましょう」 医師の表情に「?」と思いながらも 「あらまーかわいそうに」わたしは採血するときにまきが泣くだろうなとか呑気に考えていました。

採血の結果 「おかあさん まきちゃんは川崎病でしょう」川崎病??ってどんな病気?? 私はわけがわからず頭の中が混乱 頭に浮かんだのは公害病 水島だから?? 恐怖をおぼえました。
「血小板がものすごく増えているんです。正常値に対してまきちゃんは3倍近くになっているんです。すぐこれから入院してもらいます。最低でも2週間以上の入院になります。」私は絶句した!
● 入院 
冒頭にもありますが 私は第2子妊娠38週で臨月で 出産予定10日前でした。「完全看護の病院ですが まきちゃんは2歳になったばっかりですし 付き添い入院もできます。どうされますか?」と聞かれた。もちろんひと月近くなろうであろう入院 主人に会社を休ませることはできない。「この病気は本人が辛い病気でもありますし、年齢的にも付き添いする方をお勧めします。お母さんやおなかの赤ちゃんに感染する心配はありませんから お母さんが一緒に入院された方がいいでしょう。途中 陣痛が起こっても同じフロアで出産できますからかえって安心でしょう。」
そうなのです。この病院は婦人科・新生児と小児病棟が同じフロアの病室なのです。
ですから出産後もそのまま付き添いから入院へと過ごせる環境にあったのです。
たとえ医師の勧めがなくても一緒に付き添って入院することを望んでいました。
私は母に連絡し、病院まで来て まきに付き添ってもらい 家へ入院の準備をするため家に戻りました。じつは当時住んでいた社宅は 病院のすぐ隣 歩いて行き来していたのです。
入院の準備も臨月ということもあり 実家にまきを預ける準備 自分が出産で入院する準備も整っていましたから 家から会社の主人に連絡を入れ すぐに病院に戻ることができました。
● 血小板 
ただ、先生は川崎病に納得していませんでした。
なぜならまきが比較的元気で機嫌もよかったからです。ふつう川崎病になると子供はぐったりしていたり 泣き続けたり 不機嫌でぐずぐす言って周囲を困らせるらしい。困らせると言うのは かわいそうで看ている周りが辛いという意味です。笑わなくなったりするらしいが まきは笑顔で先生の診察を受けていました。先生にしてみれば 知っている限り考えられないそうです。
また 体に発疹は現れたものの 目の充血、唇が真っ赤になる、舌がイチゴ状に赤くなる、首のリンパ線がはれる、手足の浮腫み、手足の皮むけ、喉の粘膜も赤く腫れるなどの症状もなんとなく程度ではっきり現れませんでした。
溶連菌感染症か川崎病か悩んだそうですが 血液検査からγーグロブリンの点滴投与という治療を選択されたようです。
● 点滴治療 
γーグロブリンの点滴投与という治療
これがなんとも痛々しくて…要は点滴につながれっぱなしで数週間過ごすわけです。
2歳に子供の手の甲に点滴針の管をさして 絆創膏と包帯で針が抜けないように固定。
行動範囲は子供用の落下防止で檻のようになったベットの上のみ
もちろん点滴のペースメーカにつながっているわけで
手が痛いのと包帯で固定されて自由が利かないのと管でつながって思うように動けない そのわずらわしさからその手を見せて はずしてくれとせがむ様子は 今思い出しても涙がにじみます。本人が辛かったことは言うまでもありませんが 見ている側も痛々しくて本当に辛かった。
私も主人も祖母・祖父もみな代われるものなら替わってやりたいと心から思っていました。
● 入院生活 

現在作成中 更新します。






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