・a spirit I inherited from my ancestors (Sasaki) ・Inheriting as I did a stereak of recklessness from my father (anon.) ・the reckless nature I inherited from my parents (Seidensticker) ・an hereditary recklessness (Mouri) ・my inherent recklessness (Turney)
・ever since a child (Sasaki) ・since I was a boy (anon.) ・From childhood (Seidensticker) ・since my childhood (Mouri) ・Ever since I was a child (Turney)
傍線を付した部分が、各翻訳において「子供の時から」に相当する部分である。五種類の英訳版の中でただひとつ、「子供」を「 boy 」としたのが、翻訳者不明の訳である。ここで、「子供」という性別を有さない表現に、boy という単語を当てはめてしまって良いのかという疑問がある。 だが、ここで言い添えておきたい事実がひとつある。上記五種類の英訳では、作品名は全てアルファベットの "BOTCHAN" なのだ。この作品名の意味は、それぞれの註において説明されている。つまり、作品名を見ただけでは、一般の英語圏の読者はその意味を理解していないと考えるのが妥当である。これに対し、日本の読者は作品名『坊ちゃん』を目にするだけで、主人公は男性であろうという見当も付けば、その語り口によっても主人公の性別の見当が付く。つまり日本の読者は、冒頭文に出て来る「子供」は「男の子」であることを、作品名の段階で既に知っているのである。それを踏まえて、英訳でも「子供」を「 boy 」とするべきか否か。どちらがより適切であるか、その判断は付けがたいが、あえて「子供」に性別を与え、日本の読者と同じ量の情報を英語版の読者に与えたアイディアは面白い。
D・「損ばかりしている」
・A great loser have I been (Sasaki) ・I have come off a loser in everything I did (anon.) ・I have suffered (Seidensticker) ・I have been always playng losing game (Mouri) ・recklessness has brought me nothing but trouble (Turney)
原文では、なかなか軽い口調で語られている、この「損ばかり」の内容は、なかなか重大なものばかりである。家のニ階から飛び下りて腰を抜かしたり、ナイフで親指が取れそうなほど自分の手を切ったり、人の家の井戸を埋めて怒られたりといった主人公の行動を見ると、「 I have suffered 」も決して大げさではない。この部分の訳では、「 lose 」という言葉が比較的多いが、同じ言葉を使うからといっても表現まで同じというわけではなく、翻訳者によって表現は異なる。今まで比較してきた3つの部分に加え、最後のこの部分は、使われる言葉も表現の構造も翻訳者によって特に異なっている。
*1 J.D.サリンジャーの作品、"The Catcher in the Rye"(1951)は、野崎孝氏の翻訳により、『ライ麦畑でつかまえて』という題名で日本に紹介され(白水社、1964)、大ベストセラーとなった。同じ作品を、2003年に作家村上春樹氏が翻訳し、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(白水社)として発表したことが話題となった。 *2 『坊ちゃん』 夏目漱石(1867-1916、小説家、英文学者)の代表作 のひとつ。1906年発表。四国の学校に赴任した若い教師による、勧善懲悪の物語。 *3 Soseki Natsume, "BOTCHAN", translated by Umeji Sasaki, Charles E. Tuttle Co.,Inc.,(Rutland, Vermont & Tokyo, Japan, 1968), p.13. *4 Anon., "Introduction to Contemporary Japanese Literature", Kokusai Bunka Shinkokai, Japan,1939, p.6,(翻訳者不明). *5 Donald Keene edit., "Modern Japanese Literature -from 1868 to present day",("BOTCHAN",translated by Edward Seidensticker), Charles E. Tuttle Co., Inc.,(Rutland, Vermont & Tokyo, Japan, 1957), p.124. *6 夏目漱石著、毛利八十太郎訳『BOTCHAN 英譯坊ちゃん』(金正堂、1963年)、1頁。 *7 Soseki Natsume, "BOTCHAN", translated by Alan Turney, Kodansha International Ltd., New York & Tokyo, 1972, p.9.