灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

12月



「私ねえ、サンタさんを見たの。」
ある晴れた日、公園で近所の小学1年生になる布由子ちゃんが言いました。
一緒に遊んでいたまるちゃんとたまちゃんは、思わず顔を見合わせます。
サンタクロースだって。
「ねえ、信じてくれる?」
何て答えれば良いのでしょう。
確かに、昨日のクリスマス・イブまでには商店街にサンタクロースの格好をした人がプラカードを持って歩いていました。
今朝、子供の枕元には、必ずプレゼントの包みがあったはずです。
とにかく2人は布由子ちゃんの話を聞くことにしました。
「あのねえ、どうしてもサンタさんに会いたくって、起きてようと思ったんだけど、眠たくなっちゃって、いつの間にか眠っちゃったの。でも明け方に目が覚めたら、枕元にプレゼントがあって、あわててドアを開けたら、サンタさんの赤い服と白い袋が見えたの。」
頬を紅くして布由子ちゃんはしゃべります。
まるちゃんとたまちゃんは半信半疑で聞いていました。
「へん、そんなのウソに決まってら。」
近所の同じ小学1年生の武くんでした。
「プレゼントは父ちゃんか母ちゃんがくれるもんなんだぜ。サンタなんているかよ。」
それは、もっともな話でした。
まるちゃんだって、たまちゃんだって、何が欲しいかちゃんとお母さんに言ってあったのです。
「ウソじゃないもん。」
布由子ちゃんは言います。
「サンタがいるなら、きちんと欲しい物くれるはずだろ。言わなかったら違うおもちゃがきたぜ。」
まるちゃんもたまちゃんも黙ってしまいました。
「ウソじゃないもん…。」
小さく布由子ちゃんが言いました。
それっきり布由子ちゃんはうつむいたまま一言もしゃべろうとはしませんでした。

「で、あなたがたは何がしたいんですか?」
丸尾くんが冷ややかに言いました。
「まさか、そのサンタクロースを捜すとか言うんじゃないでしょうね。どうせ布由子さんのお父さんが仮装でもしていたんでしょう。」
「それがさあ。」
まるちゃんが言いました。
布由子ちゃんのお父さんは病気で入院中だったのです。
「それは不思議ですねえ。」
丸尾くんは考え込むように言いました。
「捜してみる価値はあるかもしれませんね。」
まるちゃんとたまちゃんは喜びました。

とは言っても、サンタクロースなんてどうやって捜したら良いのでしょう?
「取り敢えず、布由子さんの家へ行ってみましょうか?」
丸尾くんが言いました。
公園からさほど遠くない場所に布由子ちゃんの家はあります。
3人が家の前まで来ると、玄関先で布由子ちゃんが泣いていました。
「布由子ちゃん、どうしたの?」
「武くんが、サンタさんなっていないって。ウソつきだって。」
しゃくりあげながら布由子ちゃんは言いました。
「だって、そうだろ。オレ、仮面ライダーが欲しかったのに、きたのはウルトラマンだぜ。サンタがいるなら、きちんと欲しい物くれるはずじゃんか。」
そっと物陰から見ていた武くんが言いました。
武くんだって、本当はサンタクロースを信じたかったのです。だから、一生懸命、サンタさんにお願いしたのです。仮面タイダーが欲しいって。
なのに、今朝、枕元にあったのはウルトラマンでした。
まるちゃんもたまちゃんも丸尾くんも、やっぱり何も言えませんでした。
「…私、本当はプレゼントなんか欲しくなかったの。サンタさんに会ってお願いしたかったの。」
「何を、お願いしたかったの?」
たまちゃんが優しく聞きました。
「お父さんの病気が治るようにって。早く病院から帰って来るようにって、お願いしたかったの。」
布由子ちゃんは、また泣き出しました。
「布由子ちゃん。取り敢えずお家に入ろう。寒いでしょ?お母さんも心配してるよ。」
「ううん。」
布由子ちゃんは首を振ります。
「お母さんは病院に行ってるからいないの。」
「布由子。」
丁度その時、門の外から声がしました。
お母さんが病院から帰って来たのです。
「お母さんもサンタさんを見たのよ。」
「えっ。」
みんな驚きました。
「でもね。」
お母さんは、みんなを見つめながら言い聞かせるように話しました。
「サンタクロースはね、物をくれる人じゃないの。クリスマスの朝に目覚めて、枕元にプレゼントが置かれていた時、嬉しいって思うでしょ?ありがとうって思うでしょ?サンタさんはね、そんな優しい気持ちをくれる人なの。」
そうして武くんの肩をポンと叩き、
「だから、プレゼントを見て、ありがとうって思えなかったのなら、あなたの所には、サンタさんは来なかったのよ。」
こう言ったのです。
「でもね、ウルトラマンはね、武くんのお父さんとお母さんが、何を欲しがってるかなあ、何をあげたら喜ぶかなあって一生懸命、考えて贈った物なのよ。」
「…ごめんなさい。」
武くんは小さく謝りました。
「さ、みんな寒いでしょう?甘酒があるから、お家に入りましょう。」
お母さんはにっこりと微笑みながら、言いました。
絵本で見た聖母マリア様って、布由子ちゃんのお母さんの様な人かもしれない。
まるちゃんはそっと思いました。

甘くて暖かい甘酒を味わって帰る時、まるちゃんとたまちゃんと丸尾くんに、布由子ちゃんのお母さんはそっと耳打ちしました。
「布由子が見たサンタクロースはね、本当はお父さんなの。」
「えっ。」
驚く3人に、お母さんは内緒ねと唇に人差し指を立てます。
「どうしてもサンタクロースの格好をして布由子にプレゼントをあげるんだって、病院を抜け出して来たのよ。」
「そうだったんですか…。」
3人はちょっと気の抜けた気分になりました。
「でもね、布由子の願いが届いたのかしら。お父さん、もうじき退院出来るのよ。」
お母さんは本当に嬉しそうに言いました。

「結局、サンタクロースはいなかったね。」
まるちゃんが言いました。
「うん、もしかしたら、本当にいるかもなんて思っちゃたけどね。」
たまちゃんも、ちょっと照れながら言いました。
「いますよ。」
丸尾くんが、空を指さしました。
「ほら、あれ。」
「えー!」
薄暗い、一番星の輝く紺色の空に、トナカイの引くそりに乗ったサンタクロースが、3人の目には確かに見えたのです。
『サンタさんはね、そんな優しい気持ちをくれる人なの。』
布由子ちゃんのお母さんの言葉が、何故か浮かんできました。



【あとがき】~羽衣音~
何となく書きたかったお話。
子供にとってサンタさんは絶対無二の憧れの存在。
でも大きくなるにつれて、プレゼントをくれる人になってしまう。
その内、プレゼントをくれる人はお父さんやお母さんや恋人で、サンタさんの存在すら忘れてしまう。
でもサンタさんは本当にいるんだよって羽衣音は今でも信じています。

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