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灰色猫のはいねの生活
3月
「お金を稼ぐ方法?」
まるちゃんもたまちゃんも顔を見合わせました。
例によって話の主は丸尾くんです。
何故丸尾くんの所にこんなにもいろいろな話が舞い込むのかと言うと、ひとえに学級委員長をしているだけでなく、いつもみんなの動向を探っているからでしょう。
良くも悪くも。
「そうです。」
丸尾くんは言葉少なに言いました。
「お金ねえ。」
まるちゃんはため息を吐きます。
確かに、家がお金持ちだったら。
花輪くんとは言わなくても、せめて城之内さんの家くらいお金があったら…。
あれもこれもそれもどれも何もかも欲しい…。
まるちゃんのふくらんでいく妄想をよそにたまちゃんが言いました。
「それって、誰が聞いてきたの?」
「知子さんです。どうしたら働けるだろうかと。」
確かにたまちゃんだってお金が欲しいです。
お金があれば欲しい物が買えるからです。
だから、遠くに住んでいるおばあちゃんが遊びに来てお小遣いをくれればいいななんて思います。
でも、お金を稼ぎたい、働きたいなんて思ったことは1度もありません。
なにしろ、まだ小学3年生なのですから。
「知子ちゃんは何が欲しいんだろう…。」
まるちゃんが惚けて呟きました。
「雛人形、と言っていましたけど。」
「え?だって、知子ちゃん先月、雛人形買ってもらったよ。」
たまちゃんが首を傾げて言いました。
七段飾りの立派な雛人形を、たまちゃんは見せてもらったのです。
「それは、おかしいですね。」
丸尾くんが言いました。
「こんにちわー。」
まるちゃんとたまちゃんと丸尾くんの3人は知子ちゃんの家に来ました。
知子ちゃんの家はちょっと古ぼけた木造の平屋でした。
塀がわりのトタンがはがれて、風にふかれてばたんばたんと音を立てています。
「あれ?」
思いがけない3人組に玄関に出て来た知子ちゃんが首を傾げました。
「まるちゃんも雛人形見たいんだって。丸尾くんも。見せてくれるかなあ?」
たまちゃんが言いました。
「うん…。良いけど。」
知子ちゃんは気乗りのしない返事をしました。
「うわあ…。」
まるちゃんが思わず見上げました。
「これは見事ですね。」
丸尾くんも言います。
自分の背丈よりも大きな雛壇。
新しいせいもあってぴかぴかと光っています。
「すごいでしょう。」
ちょっと照れながら知子ちゃんが言いました。
「でも、これでもうお金を稼がなくても良くなりましたよね。」
さり気なく丸尾くんが言いました。
「ううん。」
知子ちゃんは首を振ります。そうして、俯いてしましました。
「どうしてですか?雛人形が欲しいから、お金貯めたかったんでしょう?」
いつになく丸尾くんが優しくいいます。
小学3年生でお金を稼ぎたい、働きたいなんて尋常ではありません。
それに知子ちゃんがそう言って来たのは、雛人形を買ってもらった後だったのですから。
「もしかしたら、力になれるかもしれませんよ。」
「私…。」
ぽつりと知子ちゃんが言いました。
「私、悪い子なの。」
知子ちゃんは話してくれました。
「お父さんとお母さんの買い物に付いてデパートに行ったの。そしたら、最上階で雛人形の展示会をやっていたの。あんまりにも綺麗だったから、見てて良い?って聞いてずっと見ていたの。帰る時には帰るよって呼ばれると思って本当にずっと見ていたの。そしたら、次の日、学校から帰ると家にはこの七段飾りの雛人形があったの。」
「良かったじゃん。」
まるちゃんが何気に言いました。
何でそれで知子ちゃんが泣くのかまるちゃんにはてんで判りません。
「家にはお金無いのに、私が物欲しそうに見ていたから、お父さんもお母さんも無理して買ってくれたのよ。私があんな風に見ていたから。ずっと見ていたから。私が悪いの。私は悪い子なの。」
あっとまるちゃんは叫びそうになりました。
まるちゃんの家だって貧乏です。
欲しい物だってそんなに買ってもらえません。
だから、買ってもらえた時はとってもうれしくなります。
逆に、買ってもらえなかった時はお母さんはイジワルだ、なんて思ってしまします。
「知子ちゃんは悪い子なんかじゃないよ。」
ぽつりとまるちゃんは言っていました。
「本当の悪い子は私だよ。家に雛人形あるのに、あれはお姉ちゃんのだからってわがまま言ってまる子の買ってもらっちゃったんだもん。」
まるちゃんは涙が出ました。
家のことも考えないで、私は何てわがままだったんだろう。
お父さんはただのお酒飲みだと思っていたけど、一生懸命働いてくれているのに。
お母さんだって、りぼんを毎月買ってくれているのに。
「私だってだよ。」
たまちゃんも言いました。
「知子ちゃんの雛人形見た後、すっごくうらやましくなってどうしてうちのは七段飾りじゃないのって、何で七段飾り買ってくれなかったのって、そんなこと言っちゃったんだもん。」
ごめんなさい。
まるちゃんもたまちゃんも、そう思いました。
「本当に知子さんは悪い子なんかじゃありませんよ。気持ちの優しい、思いやりのある人です。」
まるちゃんもたまちゃんも自然に頷きました。
「私達はまだ、小学3年生だから、お金とか働くこととかまだ出来ないと思います。でも、知子さんが一生懸命勉強したりお手伝いしたり、元気に学校に通うことが、お父さんもお母さんも1番喜ぶことではないでしょうか。」
「うん…。うん、そうだね。」
知子ちゃんも頷きました。
「さくらさんも、ほなみさんも、自分の我が儘や間違いに気付けることが、本当に良いことだと思います。…とは言え、」
丸尾くんは続けました。
「さくらさんには本当に知子さんを見習って欲しいものです。」
「なによー。人がせっかく謙虚に反省してるのに!」
「あなたの反省は何日持ちますか。」
「ホントだ。」
たまちゃんが思わず言いました。
まるちゃんが笑い出します。たまちゃんも。丸尾くんも。
知子ちゃんも笑っています。
小学3年生らしい、笑い声でした。
知子ちゃんは小学校高学年になると新聞配達を始めました。高校ではバイトをし、大学へは奨学金をもらって、自分の力で、立派に卒業したと言います。
【あとがき】~羽衣音~
これも羽衣音の体験談(笑)
新聞配達はしておりませんが(爆)
羽衣音は本当に展示してあるひな人形の前でぴくりとも動かなかったらしい(笑)
その姿を見た両親が「これなら買えるから」と買ってくれたのが当時で3万円のヤツ。
7段飾りのひな人形はとっても嬉しかったケド、でもちょっぴり哀しくもありました。
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