記憶の淵に沈みゆくもの

記憶の淵に沈みゆくもの

第四夜



こんな夢を見た。

気がつくとぼんやりと空を眺めていた。
移り変わる雲の形、空の色、光の踊る様子を
ただぼんやりと眺めていた。
ひんやりとした水が踝のあたりで流れを変える。
優しい風にささやくような音を立てる、所々に生える草。
どこからか仄かに花の香りが漂う。

ああ、ここはなんと気持ちが良いのだろう。
穏やかな気持ちで周囲を見渡せば
見たことがあるような、ないような不思議な景色。
ここはどこだろう?
記憶を探るが思い当たる景色はどこにもない。
しかし、不思議な懐かしさを感じる場所である。
試しに歩いてみた。
小さな飛沫が水晶のように輝いて元の流れに戻る。
厭な感じの残らない水である。

どこからか流れてきて、どこへ行く流れなのだろう?
歩き始めたら、歩くことが当たり前になった。
雲を追うようにのんびりと歩く。
明け方の色、朝の色、昼の色、夕方の色、夜の色。
様々に色を変える空。
色をうつして形を変える雲。
寒くもなく、暑くもなく、
蒸してるわけでもなく、乾燥しているわけでもない。
ちょうど良い季候なのだろうか?
そんなことまで嬉しくなるような、そんな陽気である。

あてもなく目的もなく、のんびりと歩きながら
ふと気がついた。
なぜここには人がいないのだろう?
人の気配というものがどこにもないのだろう?
人だけではない。
生きとし生けるものの気配が、どこにも感じられないのだ。
それに気づいてしまったら
今までの楽しさが一瞬にして不安に変わった。
どこにも居ない。どこにもない。
一人で「ここ」にいる恐怖が徐々に大きくなっていく。
このままでは恐慌状態に陥ってしまいそうである。
誰か、人を。
なにか、命の気配を。

そう思ったところでぽかりと目が醒めた。
そんな夢を見た。


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