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記憶の淵に沈みゆくもの
||1||<十二国>
||1|| いやはや、参った。
驚くほど高くなった青い空を
東に向かって飛ぶ鳥を見送りながら
楽俊は小さくため息をついた。
「随分長く会ってねえなあ」
声のやりとりは鳥を使って随分しているが、
実際の陽子を目にしたのはどのくらい前のことになるだろう。
元気でやっている、官とは喧嘩もせずうまくやっている。
そう言ってはいるが、
何一つ困っていないことなどないだろう。
彼女の半身の景麒も、弁の立つようには見えなかった。
先回りをしてとか、気を回してとかできる御仁では
どう考えてもなさそうだったのだ。
一見冷たそうに見える、白金に近い金の鬣を思い出す。
人となり、否、麒麟なりは悪くないはずだ。
だが。
「やっぱり様子を見てくるかなぁ」
「どこへだ?」
「へ?」
するはずのない問いかけに、間の抜けたような声を上げて
思わず窓から飛び退くと
ひょいと二人分の顔が後を追うようにのぞき込んできた。
「やあ、楽俊」
「で、どこに様子を見に行くんだと?」
日だまりのような鬣を持つ少年が、明るい笑みで手を振っている。
その主である黒い髪の男は興味津々の顔。
この国の王と麒麟である。
驚きのあまり、全身の毛が逆立ってしまったのをなでつけながら
楽俊はあわてて供手をした。
その姿を見て二人が淡く笑う。
「そんなことはせんでもよい」
「楽俊もまじめだよな~」
そんなことを言われても……、と口ごもっていると
それよりほら、と
身軽に窓枠を越えてきた延麒に小さな袋を投げて寄越された。
「そろそろなくなってきた頃だろ?
結構頻繁に飛んできてるもんな~、鸞」
もう姿が見えなくなってしまった鳥の姿を見るように
遠くを見つめた延麒の頭を
あとから窓枠を越えてきた延王がこつりと小突く。
「おまえなぁ……もしかしてそうやっていつも監視してたのか?」
「んなことしねぇよ!」
いつものじゃれあいをしている姿を見て、ため息が漏れる。
どうやらまた、上の方々の目をくらませていらしたようだ。
「なんだよ、そんなため息ついてると、陽子に嫌われるぞ?」
陽子、の一言にはじかれたように顔を上げた楽俊に
延麒は下からのぞき込むようにしてからかった。
「だいぶ顔見てないもんな~。会いたくなったか?」
「こら、しょっちゅう王宮を抜け出して
陽子のところに入り浸ってるおまえが言う
な」 「尚隆の方こそいえる口もってねーだろ!!」
今度は喧嘩になりそうな気配だ。
おろおろとしっぽを上げ下げしていたら
ようやく延麒がその様子に気づいてくれた。
「ああ、ごめん楽俊。
ここにきてこんなやりとりされても困るよな」
うんうん、とうなずかれて、困ってしまった。
どう返事をしていいかわからず、ひげをそよがせていたら
今度は延王が口を開いた。
「それはともかく。
楽俊、おまえ、陽子の顔を見てきたいか?」
直裁的すぎおまえ! と騒ぐ延麒の頭を押さえつけて
しっぽの先まで固まってしまった楽俊のひげを引っ張る。
「会いたいなら会いたいと素直にいえ?
おまえたちは二人とも、我慢しすぎる。
もう少し素直になれば、お膳立てくらいはしてやれるのに」
おいらは一介の大学生で、と言いかけた言葉はすぐに遮られてしまった。
雁と慶の間で近く、荒民救済措置の話し合いが行われる。
その両国間の金銭的な取り決めをしなければならないのだが
前もって慶が示せる金額がわかっていれば、話が楽に進むのだという。
その大役を楽俊に頼みたい、と。
「でも、そんなことをしたら、雁の官吏の……」
「よけいな心配はしなくていい。ほら、急げ」
大きな手のひらが頭を数回軽くたたく。
そして、目の前に小さな手が落としてくれた、小さな木片。
そう、旌券。
裏書きはいつものように、冢宰の名で。
「あちらには既に話を通してある。行ってこい」
「たまもかしてやるから」
優しい二対の瞳にせかされるように、荷物をまとめる。
「陽子が待ってるぞー」
楽しそうなはしゃいだような声が背中を押す。
先ほどの彼らと逆に、窓枠からたまに乗ることになった。
「では、行ってきます」
慌ただしく準備を終えて、騎乗の人となって。
失礼だろうと思いながらも、挨拶をした。
「1週間ほどの滞在と話してあるから、ゆっくりしてこい」
そういって趨虞の背を叩かれた。
「少ししたらおれも様子見に行くからー」
ぐん、と速度を上げた趨虞の背中に、わずかにそんな声が聞こえた気がした。
何度も借りて、なんども乗っているたまの背中で
ようやく笑いがこぼれたのは、だいぶ関弓をすぎてから。
なんだか振り回されてしまった気がするが
ああやって気を遣ってくれる人が、陽子の周りにはいるのだ。
そして、少し離れたところからだが、自分だって。
「いやはや、参った」
かの二人には、自分の気持ちはバレバレで。
だからこその後押しなのだとわかっていて。
かなわないなぁと苦笑が漏れてしまう。
「おいらもまだまだ、いろんなもんがたんねえらしい」
かなうわけがない、なにしろ500年以上もあちらは年を重ねている。
だが、負けたくないと妙なところで思った。
もう少し、いや、まだまだ精進しなければ。
慶に向かう趨虞の背中で、楽俊は密かに心中で拳を握りしめた。
end
後書き
しばらく二次創作から離れてました。
しかし、面白そうなものを発見。
つい、手を伸ばしてしまいました。
まだまだリハビリ最中ですが、おつきあい頂ければ幸いです。
ネタバレですが
『赫々たる王道 紅緑の羽化』
内で、 楽俊は陽子が好きなのだろうとからかわれるシーンがあります。
これを少し拝借させて頂きました。
それにしても、本当にまだまだなのは柚木崎の文才……(T-T)
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