||15||<十二国＞
||15|| 眠れぬ夜は傍に居て。あのひとの所にいくのよ。
そういって、姉はとても幸せそうに微笑った。
一目会ったときから心は奪われていたと。
あのひとが自分を選んでくれたのは最早運命だと。
これから互いに手を取り合って
末永く一緒に過ごすのよ。
そう言って、本当に本当に幸せそうに微笑った姉。
そんなに昔のことではないのに、
あまりにも遠く感じるあの日の出来事。
なのに、なぜその姉がいないのに。
なぜあなたは命を永らえて。
糾弾する女の瞳が、涙に濡れて心に突き刺さった。
小さく身じろぎをして、景麒は目をあけた。
はっと息を詰めて、自分の体を確かめる。
獣形ではなく、人の姿をとった自分の体を触って確かめ。
ほお、とため息が漏れた。
あの日の夢を、見た。
自らが戴いた二人目の王。
名前も聞かぬうちに、二度と会えないと覚悟したあの日の夢を。
自分を憎しみで満ちた瞳で見た女を
景麒は忘れることができない。
あの日語られた悲しい思いとともに。
忘れてはいけないのだと、思って、いる。
「景麒」
密やかな声が聞こえて、景麒は体をこわばらせた。
恋慕の情を隠そうともしなかった先王。
まさか、とこわばった顔のまま、薄い帳の向こうを見ると
緋色の髪が鮮やかに月に照らされているのが見えた。
そばに感じる王気と、かの人にはなかった色合いに
ゆっくりと体の緊張が解けていく……。
「主上」
思ったより掠れた声が出た。
どうしてここに、と聞きたかったのに
何かが喉を塞いでいるようで、声にならない。
しかし、彼の主はそれすら見越したように
小さく笑い声を漏らすと、歌うように言葉を紡いだ。
「おまえが、ここのところ毎晩うなされていると
実は芥瑚が教えてくれた。
声をかけても目を覚まさず、ただ苦しそうにしていると。
だから、心配になって見に来てみた」
密やかな、本当に密やかな声とともに衣擦れの音が聞こえ、
帳越しに心配そうなまなざしが届いた。
「どうした？」
どこまでも染みいるような優しい声が体に染み渡る。
ああ。
この人が、王だ。
強く思ったらため息が漏れた。
「怖い夢を見ていました」
小さくつぶやくと、翠の瞳が僅かに細くなる。
何も言わない、けれど先を促す動作。
初めて出会った時と比べて、随分と逞しくなった己の主を感じる。
きっとその思いが顔に出たのだろう。
おまえ笑ってるぞ、と主に言われ、帳越し軽くつつかれた。
主をからかうとはとんだ麒麟もいたものだ、と。
その気配がとてもとても優しくて、暖かくて。
戻りかけた主の袖を捕まえてしまったのは多分。
「主上……」
「安心しろ」
笑みを浮かべて、主がもう片方の手で袖を捕らえた手を
優しくあやすようになでてくれる。
帳を少しだけあけて上半身をいれて、手を握る。
暖かなその温もりを握りかえすと
「おまえが眠りにつくまでこうしててやるから」
そう、言われた。
己の心の声が聞こえたのだろうか。
そう思いながら眠りに陥る。
柔らかな暖かさが心を満たしていた。
その寝顔からはもう、辛そうな色はなく。
いつの間にか寝入った主にそっと頭を下げる女怪がいたことも、
上掛けを銜えて起こさないように掛けた獣も。
静かに月が照らしていた。
＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<了>
『夢三章』の中の一つを聞いていたら、なんだか切なくなりました。
景麒もきっと忘れていない。あの日々を。
陽子も忘れられないのと同じように。そんな気がします。
う～ん、未熟すぎる自分が情けない。
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