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先週、職場の人達(日本人)に「ダビンチコード、面白いよ。はまるから」と言われて、次の日に近くの本屋さんに寄った時に思わずすぐ買ってしまった。周りの人達は日本語版を読んでいて、持っている人に借りれば、と薦められたのだが、買ってしまった方が早いと思って、英語版を買ってしまった。その日の晩、ぱらっとどんな感じが見ようとページを寝る前に開いて見たら、oh my god、もう止まりません!ちょっと読み出したら次の展開を知りたくて、結局全部を一晩で読み上げてしまった。夜始めたので、読み終わったのは朝4時位。(次の日仕事なのに!)内容は、読んでない人がこれを読む場合のために、あまり触れませんが、キリスト教の背景のいろいろな解釈がある中(カソリック、プロテスタント、ユダヤ教、女神信仰(かな?))ダビンチの絵などから、ルーブル博物館で起きた殺人事件の謎解きをしていくような感じだ。基本的にはミステリーだけど歴史が好きな人や、芸術が好きな人には舞台がパリのルーブル博物館などが出てくるので面白いと思う。あとは私はあまり知らなかった秘密結社、シンボリズムのことなども出てきて、ふーん、そういう世界もあるのかという感じだった。この本に書いていることがどこまで本当にある事なのか、本当に存在する思想などを反映しているか分からないけど、読んでいると本当のことに思えてくる感じだった。敬虔なカソリックの人が読んだらショックを受けるような内容かもしれないが、作者は一体どんなバックグラウンドなのかな、と思ったりして。しかし一気に読んでしまったので、もう一度じっくりと検証しながら読み直した方が理解を深められるかも。またこの本を読んだ人たちと感想を話し合うのも楽しみだ。来年映画化されるらしいし、そちらも見てみたくなる。
2005/01/30
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今日は、昨年末クローズして、案件第一貸し出しが終わった投資会社の人に久しぶりに次のステップの相談と近況を聞く為に電話をした。彼らの会社はそのローンを得る為にものすごい事細かな融資条件を満たさなくてはならなかったので、年末の貸し出しが無事終わった直後はさぞかし喜んでいるかと思いきや、投資先に貸し出された資金を急いで運用する作業に追われて全く余裕ないという感じだったので、暫くそっとしておいたのだった。ところが、年も明けた今日は無事南米諸国に資金を全部無事投資し終えられたらしく、「あー元気?こっちも電話しようと思ってたとこだったんだよ」と親しいお兄ちゃんか旧知の友人か何かのようなリラックスした様子の返答だった。この人がこの会社のCOOなのだが、年末の第一貸し出しの終了後、上司を含む関係者皆宛てに「Dear Y, We appreciate very much your dedication and persistence in pushing the entire deal to conclusion. We are very happy to have concluded this and look forward to working with XXX and YYY for the next several years. We believe very strongly in what we are doing to serve our target market and are gratified that the XXX and YYY are behind us in our mission.」という風に書いてくれた(XXXは我が機関のことで、YYYはCo-lenderだった機関の事)。特に最後の熾烈な交渉中には丁丁発止でお互い火花を散らすこともあったクライアント会社が、最終的には案件がまとまったことに満足して、こう言ってくれた事が何より嬉しかった。普通融資先は資金が提供される事には嬉しいと思っても、当たり前としていてわざわざ感謝を書いて送ってくれる事は稀だからだ。同じ年末に理事会で承認を受けたウルグアイ案件の南米カウンターパートは以下のように書いてくれた:Dear Y, I have been away from my desk for a couple of days but before any more time passes I wish to extend to you my most hearfelt thanks and congratulations on your superb work, enthusiam and dedication to this project. And if you allow me to say this , I would like to add I have met many outstanding professionals in my life ; you are certainly up there with the very best. With my best personal regards〇〇 この人もその会社の社長で、私なんかと比べたらかなりシニアなとても立派な方で、重要なコンタクトを一杯持っている人でもある。もし日本のような上下関係の厳しい社会だったらシニアな人が自分より20年も若いものにここまで明快に感謝の意を示すだろうか。私はこの言葉は額に飾っておきたい位、案件発掘から苦節2年の努力が最も報いられた励まされる言葉だ。公的な開発機関とは言え、民間のクライアントに喜ばれなければ何の意味もない仕事な訳で、民間の尺度で、satisfactionがあったか、というのが我が機関の成績表に相当すると常々思っているからだ。開発機関が思い込みの開発効果を押し着せても、およそ民間の感覚からはずれた必要とされないプロダクトを提供しても、そもそも活用されなければ開発効果を発揮できないからだ。公的機関の性格の強い組織で、民間のスピードとマーケットでも競争力のあるプロダクトを提供するのは結構大変だ。ましてや、顧客が金融機関の場合はなお更competitiveな価格、条件でないと元々要らない、と言われてしまう。でも、こちらの公的機関としての条件も飲んでもらわないと出せないし、そのラインの鬩ぎ合いと熾烈な交渉になるのだ。プロダクトも万年同じご馳走を出していたら飽きられるのと一緒で、その時のニーズに合わせて新規プロダクトのスキームを顧客の需要に合わせて開発していかないとならないのだ。巨大な公的組織で前例のない新規プロダクトを出すと内部で説得する作業がまず大変で時間がかかる。でも、民間マーケットのスピードで対応しないともう市場が変化してもう必要ない、と言われてしまうというジレンマが常にある。それ分かってて内部の人は意味不明の反対意見出してるのかーっと叫びたくなることもしばしばだが、大分忍耐力が鍛えられて動じなくなった今日この頃。そんな苦労と喜びを同じ案件で分かち合ってきた顧客のカウンターパートとも、クローズして第一貸し出しが終わると、ポートフォリオ管理のオフィサーに日々の担当責任が移転されるので、ある意味お別れだ。これからはコミュニケーションを取る機会が少なくなると思うと、少しだけ淋しい気がする。でも、いろいろな出来事を通して築かれた信頼関係は永続的なもので、また、次の機会に実を結ぶ、と信じている。(実際、案件発掘は前に一緒に働いた人達からの口コミもよくある)だから、これからもCS(customer satisfaction)を大事に、やって行こうと思う。
2005/01/27
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つまんない事だが、年末年始2回目の風邪を引いてしまった。一回目も治るの時間かかったけど、また知らないうちに引いてしまうとは。。。ちょっと喉がからっとすると思っていたら、コホッと言う咳がゴホっと段々大げさな咳になって、だんだん熱っぽくなってだるくて。。今日は午前中仕事を休んでしまった。でも、午後は仕事メールが飛び交っていたし、ミーティングもあったので行かざるを得なかった。仕事をなんとか終えて帰りはふらふらになりながら、ビタミンCのフルーツを食べねば、とホールフーズに寄って買い物した。体によさそうなもの、栄養になりそうなもの、と思いながら野菜などを見ていくうちに、思ったより買い込んでしまって、こんな力のない風邪の体で運びたくない量の買い物になってしまった。こんな時、一人暮らしは不便。自分の体がつらいのに、自分が動かないと、状況が改善できないし。薬を飲んでいても、治る早さには限界がある。仕事も休みたいけど、完全に寝込む程でないから、やるべき事の量とまたミーティングをリスケする面倒を考えると、つい出勤してしまう。こうしているうちにダラダラと風邪が長引いてしまう。鼻がつまると息も苦しくなるのがとてもうっとうしい。はあはあ、と苦しそうな息になってしまうし。こんなに鼻をかんでばかりで、だるくしてると、さぞかしゾンビのような顔になってるのでは、と鏡を見る気もしなくなる。(そんなに言うなら休めばいいのに、という感じだけど)薬を飲んでもあまり効かないので、堪り兼ねてネットで風邪を治す方法を調べようと思い立った。世の中にはたくさん同じ質問を持った人達がいるらしい事が分かった。結論としては質問をする人の方が多くて、答えが載っているサイトの方が少ない。でも大体たくさん寝る、ネギを食べる(買ってきて正解!)、汗をかく、病院で注射を打つ、食欲がなければアイスクリームを食べる、などだ。早速明日ネギを食べようと思うが、こんな時、子供の頃は半信半疑でやらされていた祖母の知恵「ネギをハンカチで巻いて首に巻きなさい」と言っていたのを思い出したりする。本当に効いていたのか謎だが、ひどくなってくると試してみたくもなる(でも食べる分がなくなるからやめときます)何かすぐに、絶対治る方法ってないものだろうか。あー早く治りたい。元気な時に怠けて運動を続けていなかったのを反省。毎日運動していれば、もっと抵抗力があったかも。それか週末に「ダビンチコード」を徹夜で一気読みしたのが体に響いたのかな。。
2005/01/24
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風邪気味で、昨晩寝たのも遅かったので週末の今日はお昼近くまでぐっすり寝ていた。普段だったら運動に行くのだが、雪が昨晩から振り続けているので今日は車を出すのは無理、という事もあり幸せに?ゆっくり寝ていた。夢うつつで目を覚ました時に変なリン、リン、という音が玄関付近で鳴っているのに気が付いた。もしや私のアパート設備の何かが壊れて音をたてていて、ご近所にご迷惑をかけているのでは、と音の出所を確かめようとしたが、中からではないらしい。そこで、ドアを開けてみたらもっと大きい音が鳴り響いていた。その割には誰も廊下にいなくて静か。そこで、フロントに電話をかけてみたら、「ファイアーがあるから、早く降りてきて下さい。」と慌てた様子で言われた。私は寝ていたから気がつかなかっただけで、もうずっと前から鳴っていて他の人達はもう避難済みなのかも?!寝起き状態から、とりあえずトレーナーを着てコート、帽子、ブーツを履いてバックだけ持って下に降りた。ロビーには人間も犬も一杯(コンドミニアムはペットOKなのでワンちゃんが一杯住んでいる)集まっていてがやがやしていた。消防車も目の前に止まっていた。どうやら3階から煙が出たらしい。降りてすぐに自分が中途半端な用意で出てきてしまったことに気が付いた。素足に靴をはいていて寒いし、携帯電話も置いてきたし、行き場がないからこれからジムに行こうにも運動着も持ってきていない。でも、戻ると危険が待ち受けているといけないし。。。(大丈夫そうとはいえ、逆戻りするのもためらわれる)暫く何も起こる様子もなく、ただ消防士さん達が上がっていくのを待つばかりでロビーにいてもする事もなかったので、私は近くのカフェに歩いて行く事にした。家から2ブロック位の所で、週末に付近の人達がブランチに集まる小さなカフェだ。雪の中を傘なしで歩いて行くのは寒かった。でもこんな事でもなければ私は家の中から一歩も出なかったかもしれないので、真っ白の雪景色を楽しむことが出来た。カフェオレとクロワッサンを食べながら、ローカルCity Paperを読んだ。周りは一人で新聞を読んでいる人、友達同士で政治の議論をしている人、ただ寛いでいる人、と落ち着いて長居できる雰囲気だった。普段ローカル新聞に目を通す事もないが、結構ローカルイベント情報も充実しているのだと見直した。こんなに求人情報もある、とぱらぱら見ていたら、目に入ったのが「自分は過去6年間毎日欠かさず酒を飲んでいる。一日一食のみ。でも食べる時はチキンを全部丸ごと食べる。そして全てを無駄にしない。食べれない部分ではネックレスを作ることにしている(続く)」という訳の分からない怪しい宣伝があって何かと思って表題を見たらMan seeks womanという欄だった。こんな事読んで連絡取る人いるのか?!変なの、と思った。受けを狙っているのか。。。世の中にはいろいろな人がいるのね。もちろんこんなのばかりでなく、まともな就職情報やハウジング情報などもたくさん載っている。帰りは近くのサイバーカフェに入ってみた。今まで一度も入った事がなくて興味が引かれたから。比較的若い人達が皆ラップトップを持って仕事したり、勉強したりしている。たまに集中したい時に来るのもいいかも、と思った。雪の中をまた歩いて帰ったら、コンドのロビーの人だかりもなくなっていて、無事家が焼失している!とかいう事もなかった。フロントの人によるとストーブから煙が出ただけらしい。私のUNITの中はrenovateされて新しいが、建物は古いので火事などは気をつけないといけないと思った。とはいえ、このボヤ騒ぎのお陰で雪の中を歩いてみる事ができて新鮮だった。という訳で、今日感じたのは:1.行動パターンを変えると身近な所からも新しい発見などがあって新鮮。2.いつでも非常事態にぱっと準備万端に避難できるように常備セットを作って置くといいかも。3.ご近所もまだ未開拓なところがいろいろあると再発見したのでもっと探索の余地あり。それにしても、寒い中歩くと流石の私もシャキッと目が覚めた。折角だから雪でも一日有効に使わなきゃ。
2005/01/22
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連休中、知り合いのお家のお好み焼きの会に呼ばれ、本場仕込みの関西風お好み焼きを味わった。集まった人たちの殆どがたまたま公的機関か国際機関だった。ここで食事の後、アルゼンチンから購入してきたというモノポリーのゲームをやる事になった。このゲームはもちろんルールブックがスペイン語で書いてあるので、チリの帰国子女のYさんとスペイン語基礎レベルの私とで、ルール解読をするところから始まった。普通のモノポリーと違うのは、先進国と発展途上国とにボードが南北エリアに分かれており、コマがとまったところで、土地や産業を買う代わりに、まずコーヒー、穀物、砂糖の一次産品を取得、一次産業があって初めて先進国エリアにある加工産業(砂糖があったら砂糖を使った食品産業とか、家畜があったら靴の販売とか)も取得できる仕組み。ただし、Golpeという戦争の所に泊まると、折角積み上げたキャッシュは一切IMFが没収(これぞカントリーリスク?!)。最初に3本金塊をもらって、換金レートはふったダイスの数で決まり、最初の資金が少ないとイキナリ債務国になりやすい状況に。債務がある程度増えてくると、ふるサイコロの数も増えて、加速度的に雪だるま式に債務がふくれる。一ターン毎にIMFに10%の金利を払っていかなくてはならない。一方で、一次産品と産業を買い占めたコンツェルンや財閥は、どんどんキャッシュフローが入ってくるので、更にもうかっていく仕組み。とても資本主義を感じさせるゲームだ。面白かったのは、Ayuda del BIDという、米州開銀の支援の箇所ではイキナリ大金10万ドルのグラントをもらえるので、どうしようもなくなった小国にはすごくラッキーで有難い存在になっていた。IMFルールらしく、Conditionalityというカードがあってひくと大体何か払わされるという仕組み。しかもスペイン語なので、良く読まないといい事なのか、悪い事なのか一瞬では分からないので、スリルがある。国際機関で働く当事者のメンバーも多かったこともあり、中南米諸国の気持ちが分かる、一ひねりあるルールで、面白かった。誰かが儲けて勝つ、のではなく誰かがIMFに対して借金が払えなくなって終わり、みたいな少し後ろ向きな感じもあるけど。。。アルゼンチンの債務が膨れ上がって、最後にもうどうやっても返せないのだからどうでもいいや、というようなヤケになっていく気持ちが理解できるゲームであった。(アルゼンチン人が作っただけある?)それにしてもこのゲームのようにBIDは中南米で有難い存在として本当に思われているとしたら、ちゃんとこのような期待に応えていかなくてはなりませんね。。。
2005/01/17
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年末年始、もっと大きく言えばクリスマスからずっとパーティー、忘年会、新年会、鍋、会食・飲み会イベントがここアメリカでも日本と同じく私の周りで繰り広げられてきた。言わばずっと「毎日フェスティバル」状態が続いていた。結構社交生活が忙しいと楽しいのだが運動を普段通りするヒマもなく、こんなに本能のままに美味しいものを食べたり飲んだりしていて、エクササイズしていなくて良いのか、と自分を責める日々が続いていた(ちょっと大げさ?)。年末は前回日記の通り、案件が二つ急ぎでクローズしたり、理事会承認に持っていかないといけなかったので、究極に忙しいから時間がない、という自己正当化できる理由があった。でも、今週末は連休。いよいよ言い訳がなくなって、今日は久しぶりに以前の習慣に戻る努力をした。習っているカンフーの学校に久しぶりに行ってみたら、先生達に前から「最近来ないけどどうしたのか」と心配されていたので、少し遅れていったにも関わらず、「よく来た」と言われ、特別に忘れかけの連続技の型を個別に見てくれた。めったに普段のクラスには出ていらっしゃらない一番偉い香港人の「Sifu」(中国語で師匠のこと)までが「久しぶりじゃないか」と声をかけて下さった。この先生方の親切さ、寛容さが実は大きな魅力の一つで、私はこの学校のユニフォームのダサさには目をつぶって(?!)でも通っているのである。ユニフォームは蛍光黄色のTシャツに学校名が漢字で書いてあって、下はブルースリーみたいな黒いダボパン。靴もカンフー用の布靴で、その中は白い靴下を履いてしまう。それに等級別の色の帯を腰に巻く。私は今のところゴールドベルト。この色彩感覚はお洒落コンシャス(笑)な私には許せない。こんな格好は普段の知り合いには絶対に見せられない。でも、ジムに行くよりもずっといい汗が書けるのと、先生方が初心者にもとても親切で、活気のある学校なので行くことにしたのだ。今日は練習以外でも、中国正月パフォーマンスに向け、有志の生徒達が太鼓を手作りで作っていた(作れるものとは知らなかった)。久しぶりに運動したら気持ちがよくなって、調子に乗って、付近にある以前クラスに通っていたゴルフセンターに寄り、100球位練習ボールを打った。こちらもブランクのせいで最初どうしようもない位駄目で嫌になりそうだったが、根性で続けてみたら、最後の方は一応アタリが良くなってきた。最初はボコッとか周りの人に恥ずかしい位の打ち方だった一番ウッドも最後になんとか普通に飛ぶようになって嬉しかった。きっとこれも継続しないとコースに出て発揮できるようにならないだろうなーと思う。帰りはContainer Storeに寄り、いろいろな大きさ、形のハコなどオーガナイズ・グッズを一杯買った。私は家の中の整理に役立つグッズが一杯のこの店が結構気に入っていて、行くと必ず予想よりたくさん買ってしまう。その他2-3箇所買い物などの寄り道をした。という訳で運動すると元気が出てエネルギーが増して行動力が増す、ということが実証された日だった。これからまた普段の運動ルーティーンに戻ろうと誓うゆったんだった。(突然一人称を昔のニックネームにしてみたくなった)
2005/01/16
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金曜日は職場の機関の日本人の為の新年会があった。ワシントンにいると、日本人同士の親睦会が余計に大事になるのと、美味しい日本食が出る新年会は喜ばれる。特にお寿司が大人気。同僚のKさん(お隣のオフィス)は私より先に職場から出発する時に張り切っていたのか「先に行ってウニのお寿司を全部食べちゃうぞ」と言いながら出て行った。それを聞いてのんびり仕事を続けていた私も、少しだけ急いだ方がいいのかしら、と思った。でも大分開始時間より遅れて到着。幸いまだウニも残っていた。ひとしきりご馳走を食べたり、いろいろな人とお話をした後、毎年恒例のビンゴ大会。リーチがかかると「リーチ!」と叫んで皆の前に出るルール。私はトリプルリーチになった後、なんと一番でビンゴに!去年はツイテいなかったので、今年は「どうせ何もあたらないから」と無欲で全く期待せず望んだのが功を奏したらしい。ビンゴになった最初の10人位には商品がある。私は一等でシャンペンだった!しかも理事会承認の時にマネジャーにご褒美にもらうのと同じものだった!(以前の日記にも書いた)その場にいらっしゃった部署の方達から去年からシャンペンを取りまくっているね、よっぽどお酒好きなんじゃないの、とからかわれた。でも、案件でもらったのは全部部署のパーティーに寄付したので、上司の方から今度は自分で味わって家で飲んだらと言われた。何か特別なお祝いの時のためにでも取っておこうっと。でも年始からツイているのは嬉しいことだった。この調子で行きたいものです。
2005/01/14
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年末は忙しくてあまり計画をたてられなかった(というか直前になるまで決められない私)。でも大晦日直前になって友人のMさんと相談し、やっぱりカウントダウンはNYで!ということになり、NYの知り合いと合流することになった。DCの親切な知り合いの方からNYのことは何でも知っているという単身赴任中の商社マンのHさんを紹介してもらった。Hさんは偶然大学の一個上の先輩で、しかも同じ指導教官のゼミ出身で、共通の知り合いも何人かいると知り、世の中は狭いと驚いた。今回NYで合流したHさんは噂通りの豪快、気さくで親切な楽しい方、Sさんは前回NY訪問から知っていたが、落ち着いた理知的な雰囲気でありながら、時々ぽろっと言う発言がとても面白く、好感の持てる大手証券会社に勤める女の子だ。二人ともマンハッタンに住んでいる。31日はMさん、Hさん、Sさん、私、Hさんの同僚とその彼の6人でマンハッタンの人気クラブのニューイヤーカウントダウン・パーティーに参加。タイムスクエアほどではないにしろ、チケットを持っていても入る前から長蛇の列で、ようやく中に入れたのは11時過ぎ。カウントダウンに間に合って良かった。という訳で混み合う中をなんとか皆で一緒に踊りながら年始を迎えた。おかしかったのは、Sさんが途中で知らないアジア系の女の子!に連れて行かれたので、皆何かと思っていたら、その人がSさんに「あなたの踊りにあまりにパッションがなかったから教えてあげたかった」と言われたそうだ。一瞬、その人に誘われたのではと思って心配したが違っていてよかった。クラブから出てからタイムズスクエア方面でお茶をしようと歩いたが、数時間踊っていたのと、DCで普段車生活を送っている私がマンハッタンをヒールで大分歩いたので、足どりはかなりおぼつかなくなっていた。歩きの限界に達し、その後はHさんの提案で知り合いの日本人鍋パーティーに合流することになった。銀行に勤めるOさんのお宅はマンハッタン超高層マンションで、夜景が一望できるところだった。日本人らしくお餅やおうどんを食べながら、初日の出が出る直前位まで皆で新年を祝った。Hさんのお陰で初対面の方のお家で初対面の方々たくさんと新年の初日の出まで祝う不思議な、でも楽しいひと時だった。日本の銀行やNYの銀行に勤める人達とお話するのは分野も近いだけに興味深かった。カウントダウンの前は洒落な創作和食レストランでお任せコースも味わえた。俳優のディカプリオもパーティーで使ったというだけあって、雰囲気がお洒落で料理も凝っていた。という訳でとても盛りだくさんの2004年大晦日だった。
2005/01/01
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