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yuuの一人芝居
戯曲 老いの桜
一幕
老い桜
原作 今田 東「母の痣」より 脚色 吉馴 悠
登場人物
剛造
君恵
時 現代、櫻の花が咲いて・・・。
所 倉敷、美観地区の中の硯家の客間と庭。
情景 静かに明け行く、朝焼けの頃。
だんだんと浮かび上がって来るのは、硯家の上手の客間と下手の庭である。客間から庭に下りることが出来る。客間は畳が敷かれ、座布団が重ねられている。正面奥に障子戸があり各部屋に通じることが出来る。客間の上手よりに茶棚、欄間に書の額が掛かっている。
とにかく動ける空間があること。
庭に面して濡れ縁があり、踏み石が置かれ、庭には竹垣が囲い、雨ざらしのペンキの剥げたテーブルと数脚の椅子がある。庭は樹木が生い茂り、少し離れて古い櫻の木が葉桜である。その下に壊れかけたロッキングチェアーが見える。庭から外へ出ることの出来る木戸がある。
ホリゾント前に蔵屋敷の書き割りが見える。
幕が上がると前記の風景が段々と浮かび上がって来る。
客間中央に誰かが横たわっている。
剛造が入ってくる。私服である。髪は白いものが目立っている。
剛造は横たわる者をちらりと見て、庭に下りながら、
剛造 (独白)憎まれっ子世に憚る、だが、良い人ほど早く逝く。(庭を見渡して)君さん、どうだった・・・この世に生れてきて。苦労も身のうちと・・・よく言っていたな・・・嗤って。愚痴一つ言わなかったね。どんなに辛くても・・・・
朝焼けが静寂の深緑を溶かしていくように生きたのですか・・・何事も胸に抱いて・・・その時々に・・・ロッキングチェアーに腰を掛けて、よくここに座って・・・何を考えていたんだい・・・
横になっていた佑介が起き上がり、やおら庭を見て、剛造を見付け
佑介 小父さん、お疲れではありませんか?
9剛造気付かず、
剛造 時の流れは速かった。あっという間のように思われる。君さんと初めて逢ったのは・・・大東亜戦争たけなわの昭和十八年の事だった。私が、明治神宮外苑の学徒出陣の前に故郷へ帰った時だった。貴女は勤労学徒で水島飛行機製作所へ・・・お父上に挨拶に行った私が帰っていた君さんと・・・お下げに垂らした緑の髪、利発そうな広い額、つぶらな双眸、可愛い鼻、小さな唇、もんぺに白いブラウス。女子師範の娘だ と直ぐ分かった。私を見るとチョコンと頭を下げ・・・愛らしく見えた・・・。
佑介 剛造おじさん・・・。
剛造 終戦、私は幸か不幸か生き残って帰ってきた。世の中は変わった、変わらなくてはならなかった。明治維新によって欧米列国に追い付け追い越せと富国強兵の政策、日清日露の戦いによって一気に列国の仲間入りへ・・・。そして、大東亜圏への構想で資源のない日本は・・・。破れて総てを失った。生きる気力も、起き上がろうとする勇気も覇気もなく、絶望だけが果てしなく広がっていた。まさに、眼前に広がる膨痒とした荒野、その中に佇む影を持たない人間。だが、吸い込まれるような青空だけが救いだった。それだけが支えでみんな励まされた。 君さんは、あの時どう考えていたのだね。日本は島国だから何時まで経ってもボンボンなのね。一人っ子と同じで甘やかされているのね。だけど、これからは・・・。と・・・。君さんはその後何を言いたかったのだね・・・。聞きそびれてしまった。 私はすぐに大学へ復学・・・。勉強どころではなかった。目蓋の裏には戦友の顔が、すまぬ、すまぬと・・・。その事ばかり・・・。
佑介 僕が居ることがお邪魔でしょうか?
剛造 私は、頭の中の巡る思いを断ち切ろうとして、アメリカへ渡った。何もアメリカンドリームに憧れたわけではなかった。
佑介 アメリカへ留学というのは本当だったのですか?
剛造 地図の上だけで知っている国。・・・ちっちゃな島国の日本が大国アメリカと・・・。まるで蟻と象と。喧嘩にもなりゃしない。
佑介 実を言うと僕もアメリカへ留学したかったのです。だけど母が、非戦闘員を無差別に攻撃するような国には生かせませんと・・・。
剛造 アメリカナイズされたわけではなかったが・・・。 見方考え方は学ぶところが多かった。帰国して外務省へ入り、GHQとのやり取りが、日本の再建復興への第一歩であった。講和条約の締結。吉田首相と昼夜をたがわずの詰め。あの頃は酷かった、GHQは親書の開封、それは戦時中あの喧しかった憲兵ですらやらなかったことだ。民主主義をうたいながらその根本であるプライバシィの侵害をしていた・・・。
佑介 君伯母さんはいつも僕の味方をしてくれました・・・
剛造 君さんは、小学校の先生をしていた。教科書なんかほったらかして、校庭や、近くの山、小川へ、そこで一緒に遊びながら学ぶという・・・気が付くのを待っていたのだ。四季を通して自然を感じさせ、その中から肌で色々なものを受けとめるという・・・それが本来の教育だということを・・・。
佑介 僕は此所へ来るのが楽しみでした。君伯母さんに会うのが・・・いつもニコニコと嗤って迎えてくださいました。
剛造 あの優しい笑顔に何度救われたか・・・。
佑介 いつもやるぞという勇気を下さいました。
佑介は櫻の木のほうへ・・・。
節子が出てくる。
節子 おじさま、少し休まれてはいかがかしら。
剛造 有難う。せっちゃんの言葉のイントネーションは君さんそっくりだね。
剛造 そっくりだ、喜ぶだろうよ。君さん、二代目が出来たと。
節子 それは皮肉ですか。
剛造 僕に皮肉の一つも言えたら、もっと違った生き方が・・・
節子 おじさま、今日を一番悲しんでいるのは・・・。
剛造 せっちやんにはそう見えるかね。
節子 お義母さんが一番長く付きあった異性の人だから・・・
剛造 せっちやん・・・今君さんにその事を尋ねようと思っていたところだったのだ。
節子 お義母さんは椅子に座って何を考えていたのでしょうか?
剛造 さあ、あの人のことだ・・・この大宇宙のことかな・・・
節子 いいえ、きっとおじさまのことを・・・。
剛造 馬鹿な・・・そんな人じゃなかったよ。
節子 でも、私見ちゃったのです・・・。
剛造 なにを・・・。
節子 お義母さんが大切にしていたもの・・・。
剛造 悪い娘だね。
節子 私だけ知っている秘密・・・
剛造 おじさん、せっちゃんの秘密を知っているんだ。
節子 ええ、何、どうして・・・。
剛造 ねぇ、秘密を握られているって事は、不安で落ち着かないだろう、また、秘密を知っているて事がどんなに重荷か。
節子 まあ・・・お義母さんの為に・・・私の口を塞ごうと言うのかしら・・・。 剛造 今、君さんと話をしていたんだ。私にはねそこに、庭のロッキングチェアーに腰を落として・・・君さんの好きだったチエホフの「櫻の園」を読んでいる姿が見えるんだよ。
節子 (涙声で)見える、見えますわ。此方を見て嗤った。
剛造 どんな時にも、涙を見せる人ではなかった。
節子 それは、おじさまにだけ・・・。私が過ちを犯したときに諭すように叱った後、うっすらと目に涙を浮かべていたわ。それには、真実参ったわ。
剛造 見たかったね。君さんの涙・・・(空を見上げた)
節子 絶対におじさまには見せたくなかったでしょうね。
剛造 どうしてだい。
節子 それは・・・。
「節子さん!」と呼ぶ声が下手奥でする。
はーい。すぐ行きます。おじさまお義母さんを虐めないで下さいね。
佑介さん行きましょう・・・おじ様の邪魔になるわ・・・
佑介 ええ・・・そうですか・・・。
剛造 ああ。
節子と佑介が退場する。
剛造は庭の櫻を見入る。
その櫻にいとおしそうに手をやって、
この櫻、君さんが生まれたときに御両親が植えられた・・・。君さんはよく言っていたね・・・小野小町の歌をもじって・・・。
花の色は移りにけりにいたづらに
我が身世にふるながめせしまに を、
移りにけるに眺めせしまに
私は、その歌が小野小町の歌だとばかり思っていて、恥をかきましたよ。貴女は罪なお人だった。だが、それは私の勉強不足だったんだ。武骨な私に女の歌の一つも知っておくべきだっのですね。オリンピックの年・・・日本にとって戦後最大の世界的なイベントの年・・・。
舞台がだんだんと溶暗してゆき、庭の櫻に明かりが下りる。
そこに、葛城君恵が現われる。
君恵は七十を過ぎている。
まるで櫻の化身のように見える。
君恵 何をそんなに拘っているのです・・・何時までも過去のことに拘っていては何も生れませんわよ。悔やんだり、後悔したり、その事があなたの悪いところですわ。でも、何事もそこから生れるのかもしれないけれど・・・
剛造 何もそこまで言わなくても・・・。
君恵 あなたが学者になったって事は正しかったのですわ。
剛造 それは皮肉ですか?
君恵 そう、精一杯の・・・。よしましょう。もっと楽しいお話を・・・。
剛造 二十年八月十五日のことですか?
君恵 まあ、なんでしょう。そこまで年の巡りを遡るのですの。そう言えば・・・二十年十月二十一日・・・県北の分教場で・・・そこへ復員されたあなたが尋ねてくださいましたのですわ。
剛造 鹿児島の知覧から特別攻撃隊として・・途中でエンジントラブルが起こり・・・引き返しました。戦友の戦闘機が雲の中へ消えて行くのを、断腸の思いで見送りました。その時、あなたが下さった手紙が・・・どうか無駄死にしないでくださいとの言葉が・・・頭の隅を掠めていました。・・・今、二十年の十月二十一日と言われましたか?
君恵 ええ。
剛造 覚えていたのですか・・・私はすっかり忘れていました。
君恵 そう言う方ですわ。あなたって人は・・・。手紙は・・・私の素直な気持ち・・・素直でなくてはと子供たちへは教えてきましたの。 それぞれの思いから出る言葉でも、言葉の裏を探して理解しなくてはならない世の中・・・そんな世間がいやで無縁として生きて参りましたの。そこまで気を使わなくてはならないなんて、時代がどのように変わろうとも言葉を素直に受けとめて正直に生きたと思いますの。そのように子供たちには生きてほしいわ。
剛造 君さんらしい・・・ね、その言葉。少しも衰えていないな。 紅に染まる蒜山三座・・・白い雲がまるで綿菓子のようにぽっかりと浮かび・・・長閑に風が流れていき・・・
君恵 自然は何があろうと泰然自若としていて・・・その佇まいに何度助けられ、心を洗われた事でしょうか・・・。 あの時はね、私の心は沈みに沈んでいましたの。教え子一人も救えなくて何が教師かと・・・。そのことで、深い自責の思いに苛まれて・・・。だけど、雲が、風が、太陽が今の悔いをこれからの教育、人としての生き方へ生かせと励ましてくれましたの。
剛造 恰好なんか気にせずに夕陽の中を駆け回っていたあなたにそんな思いが・・・。忘れようとしている、いいえ、これからの助走のように見えたのは・・・。無邪気さの裏に・・・そのような思いが・・・。誰にも頼らずに生きていくんだって、一つの決断をしたのもその時だったのですね。
君恵 だけと、人間て弱い者だと思ったわ・・・職員移動があったとき、なぜか助かったと思ったわ。今だから言えるのかもしれないけど、蒜山三座を見る度に一人の少年の顔が浮かんでいたの。
剛造 この私だって・・・茜の空に消えて行った戦友の戦闘機の夢を見ますから。出撃命令が下った夜、酌み交わした酒の・・・。人間は過去を引きずりながら生きて・・・。
君恵 それぞれの人の道が・・・平坦でない過去の悔恨に彩られた道が・・・。
剛造 岡山の小学校への道が・・・そこで・・・。
君恵 戦災で家を焼かれ、独りぼっちでいる子等の・・・。
剛造 倉敷のこの家に何人の・・・。
君恵 多い時には二十人近く・・・一人一人と引き取り手が見つかり、また、何時の間にか増えて、その繰り返し・・・。最後まで残ったのは四人・・・その子等は今では成人して・・・。
剛造 あの、オリンピックの年は・・・。
君恵 どうしても、そこへ話を持っていきたいのですのね。
佑介が登場する。
剛造と君恵の明かりが消えて君恵が退場し、地明かりに戻る。
佑介 おじさん、誰と話をしているのですか?
剛造 (振り返って)そこに君さんがいて・・・。
佑介 お疲れなんでしょう、少し休まれたほうが・・・。
剛造 いや、そんな事をしたら君さんに叱られそうで・・・せめて今の時間を忍びたい。
佑介 心の中ではまだ・・・。
剛造 消えることはないでしょう。互いが認めあった人間関係、いま殺伐とした世の中にあるだろうか・・・と思ってね。
佑介 素晴らしいことです。
剛造 本当の男と女の友情、人間同士として一番深いもの・・・
佑介 僕にはまだよく分かりませんが・・・。
剛造 いずれ分かるときがきますよ。
佑介 人の世の悲しみにも花を咲かせ、人の世の悲しみにもたわわに実をつけよ・・・。と言う言葉を伯母から・・・。
剛造 君さんらしい・・・実に。
佑介 お腹の空いた子にはご飯を、心が乾いた子には夢を・・・
剛造 なんと言う・・・。
佑介 この詩と言葉をこよなく愛しておりました。
剛造 言っては自分を勇気づけていたんだろう。そんなに苦しまれたのか・・・人の命の重さを・・・。あの大戦では多くの命が無残にも散ったというのに・・・満州で、小さな蕾が咲く前に毟り取られ大地に帰り忘れられたというのに・・・そこまで思う人がいるとは・・・。辛さを味わったのか・・・重さが細い肩にかかっていたのか・・・。それ故に人の苦しみが、君さんの物として心に育ったというのですか・・・。人の為に生きるということの前提として・・・。
佑介 人の為に生きる。そんな伯母でした。満足でしょう。思うままに生きられたのですから。
剛造 だが、それだけに大変だったろうと思う。弱音を吐く事の出来る人ではなかっただけに・・・。
佑介 そうです、子供たちには一切そんな素振りを見せたことがなかっのですから。
剛造 強かったのか、弱かったのか・・・(櫻の方を見て)どうだったのだい、君さん。
佑介 なにかに縋り、誰かに愚痴りたかった事は多かったと思います・・・が・・・ぼく達はその事をおじさんに言っていると思っていましたから・・・。
剛造 そんな事は・・・。「何も言わなかったら、元気でやっていると思って頂戴い」と言われていたから・・・。
佑介 伯母らしい・・・。
剛造 ・・・佑介くんはこれからどうするのだね。
佑介 この家も人手にわたることになるかも知れませんから・・・。
剛造 ええ!
佑介 ご存じなかったのですか?
剛造 ああ・・・。
佑介 純一がやったんですよ。
剛造 純一・・・
佑介 ここに最後に来た不登校の苛められっ子です・・・
剛造 君さんは・・・。
佑介 純一には甘かったのですよ。歳だったのでしょう・・・。僕らは徹底的に躾けられましたが・・・。
剛造 この家の事は誰が一番知っているのかな。
佑介 親父が考えてくれています。その事で悩んでいましたから・・・伯母は・・・
剛造 健さんが・・・。
佑介 なにか・・・。
剛造 いや、あの櫻だけは残してほしいから。次の持ち主にお願いしょうと思って・・・。倉敷へ帰ったとき、垣根越しでもいいから・・・。
佑介 この辺りの家は皆国の建造物保存地区内ですから・・・買う人はいないでしょう。ですから、余計に親父も困っているのです。
剛造 そんなに・・・じゃあ、君さんも大変だったって事になるな。君さん!強情な人だったのだな。言ってくれればいいのに・・・。力になれたかもしれないのに・・・。
佑介 僕の子供たちも孫のように面倒をみてくれて・・・。定年を五年残して・・・。これからは好きな事をすると言って・・・。それから、この家には戦災孤児を集めていた時のように、虐められっ子、落ちこぼれの子供たちが集まって・・・。
剛造 知らなかった。そんなに帰ってなかったのだな、私は・・・。そんな、私が・・・。櫻を見たいなどと言ってはいけないのかもしれない。
佑介 浅草の煎餅美味しかったのを覚えています。中学への入学の時、頂いた本とモンブランの万年筆、今も大切に・・・ 。
剛造 官僚から大学へ・・・。学者音痴とでも言えばいいのだろうか・・・。満州からモンゴルへシルクロード、取り憑かれてしまって・・・。倉敷を忘れたわけではないのだが・・・。
佑介 おじさん・・・。この家は住んでいる僕が管理しなくてはならなくなっていますから・・・。
その時、節子が入って来る。
節子 佑介さん、おじさまの邪魔をしてはいけませんわ。
佑介 邪魔?
節子 おじさまは、お一人でお義母様の事を忍んでいらっしゃるのですもの・・・。
佑介 節ちゃんのその言い方、伯母さんにそっくりだ。
節子 おじさまにもそう言われましたわ。
剛造 永く一緒に生活をすると似るんだな・・・。
佑介 伯母のように厳しい先生らしいですよ。
節子 はい。義母譲りですから・・・。私は似ていると云われる事を誇りとしていますのよ。・・・それ位しかお義母さんに返せませんもの・・・。
剛造 その言葉、私にとって一番に嬉しい言葉です・・・。だが、一人で生きていくということだけは見習ってほしくないけれど・・・。
節子 さあ、そればっかりは・・・。どうなんでしよう・・・。
節子 この家に来たとき、庭の櫻が咲き誇っていたわ。その事だけは今も昨日のように鮮やかに覚えていますのに。・・・他の事はみんな忘れていますの。櫻の側に立っていたお義母さんのことしか・・・。
剛造 何度かお邪魔した時に・・・。君さんは、季節に関係なく櫻の木の下で椅子に座って本を読んでいた・・・。
佑介 僕も、伯母との思い出は櫻の下で勉強を教えてもらった事・・・くらいかな・・・。
節子 叱られた時によく逃げ込んできたわ。そして、櫻にしがみついていたくせに・・・。
佑介 おじさんの前で言わなくたっていいじゃないか・・・。 私が物心ついた時には・・・櫻の花びらがしぐれのように降るのを掌に受けて嬉々としていた伯母がいた・・・。
剛造 そんな事が・・・余程・・・あの君さんが・・・。君さんらしい・・・。
節子 春になると、子供達を集めて茣蓙を敷き、ご馳走を並べて・・・。
剛造 「ふるさと」を唄った・・・。
節子 そう、兎おいしあの山、こぶな釣りしかの川・・・。どうしておじさまがそれを・・・。
剛造 私が戦争から帰って、君さんを訪ねた時に・・・大きくて、真っ赤な夕陽にむかって「赤とんぼ」と「ふるさと」を何回も何回も唄っていたんだ・・・その背中が小刻みに揺れていた・・・。
佑介 そんな事が・・・。
節子 お義母さんが・・・唄っているところを見たことが・・・頬に伝う涙が・・・。
おじさま!お義母さんに何があったのですか・・・
剛造 知らなかったのかい?
節子 ええ。
剛造 ・・・君さんは何も言わずに・・・胸の中へ仕舞っていたのかね・・・。
佑介 伯母さんの心は櫻が総て吸い取って・・・この櫻、その時その時の伯母さんの心を表すように花を一杯につけて咲くときもあれば・・・枝も伸びずに花びらも疎らなときもあった・・・。
剛造 ある事件のことで、君さんはあの花のように一生光を浴びることなく地面を向いて咲いた・・・。頭を垂れて・・・散った・・・。何時の日も大地をしっかり見つめ踏んで・・・それが君さんの生き方になっていった・・・。
節子 決して背伸びせず、着実に進んで・・・。
佑介 足元を見て何が真実かを・・・。
剛造は櫻の木の下へ近寄り、見上げて。
剛造 君さん、愛と自然は壊れ易い物よと言ったがここにたしかにあなたが植えた種は見事に芽を出し、花を咲かそうとしている。あなたに似た花がこの庭を被うだろうね。あなたのこころ花が・・・。いま、私は後悔をしているんだ。もっとあなたの花を眺めたかったと・・・。四季に様々に蕾を開くあなたならではの花を・・・。 君さんは・・・絶望の時にこう言った・・・恐怖であっては何もできない・・・恐怖こそ最大の敵なのだと・・・だから絶望のときにこそ希望をもちたいと・・・希望こそ最大の力なのだと・・・。君達を育てた人は自分の罪を乗り越えるために、希望という君達の夢を育てようとして・・・。何もかも許すことが・・・あの人の罪への免罪符であったのだろう・・・。
櫻を眺める。その櫻が紫に色を変えている。まるで命が吹き込まれているように。
君恵が明かりの下へ。
剛造 君さん・・・あなたは櫻になったのかね。・・・あの、オリンピックの年・・・。
櫻の樹の下のロッキングチェアーに明かりが降りると君恵が座っている。
君恵 あなたはどうしても、そこへ話を持って行きたいのですね。少しひつこいとはお思いになりません・・・しつこい殿方は嫌われますわよ・・・。
剛造は笑っている。
たしかその年は、あなたが教授になられた・・・
剛造 嫌われたって構わない・・・そんな事を言おうとしているのではありません。話をはぐらかさないでください。君さんが東京へ・・・私を初めて訪ねてくれた日の事ですよ。
君恵 そんなことがありまして・・・。
剛造 君さんはてっきり私が結婚をしていると思って、挨拶をするといって・・・。私が独り身のだと分かるとソワソワしだして・・・
君恵 どうしてもその話を持ち出して・・・そんなに面白かったのですか・・・。
あの時は・・・。
剛造 その話が聴きたいから言っているんですよ。あの時は尋常ではなかったから・・・。何時も冷静な君さんらしくなかったから・・・。
君恵 いまになってそんな言い掛りを付けられるのだったら、行かなければ良かったわ・・・。
剛造 私は思うんだ今になって・・・。あの時、君さんにとっても私にとってもなにか大きな人生の転換期だったのではないかって・・・。
君恵 どうすればいいか・・・あの時程悩んだことはなかったわ・・・・でも、貴方の顔を見ると言えなかった・・・言えなかった・・・。新幹線に乗って・・・宮城へ、国立競技場へ東京タワーに上がって・・・まるでお登りさんのように鳩バスに乗って・・・。
剛造 何も言わずに・・・黙り扱くって・・・。
君恵 帰りの寝台車の堅いシートに身体を横たえていると・・・何も言わなかったほうが良かったと・・・。あの日の事はもう二度と思うまい口に出すまいと・・・この私とともに老いた櫻は衰えていても、春には蕾をつけ花弁を開き・・・そのてん私は春には深い思いい故に心悩ます・・・何度、いいえ、何度も夜空を眺めながら頬に流れる涙の雫を指で・・・。
剛造 君さん・・・どうして言ってくれなかったのです・・・
君恵 意地です。一度頼るとその後何度でもあてにしてしまう・・・。
剛造 当てにして欲しかった。
君恵 そんな惨めな生き方を許しては呉ないと思ったのです。友情は対等でなくてはなりませんから・・・それに・・・私には・・・。壊したくなかったの・・・。どんなに辛くても、苦しくても貴方にだけは甘えてはいけないと・・・。そのことが、私に科せた生き方だったのですわ。
剛造 君さんのその考えをもっと早く知っていれば・・・なにもかも捨てて、倉敷へ帰り側にいて見守って・・・。
君恵 もう辞めましょう。私の人生の幕が下りてからでは・・・この家を佑介に託したのは、あの子にとっては大きな負担になるでしょうが・・・あの子ならなんとか良い方向へ進めてくれるのではないかという・・・あの子は、一度枯れそうになった櫻を、地を掘り起こし根を洗い堆肥を入れ蘇らせてくれたのですわ。そんな子なのです、だから・・・。優しさ故に不器用で・・・そんな処もあの子の大切な宝物、今の世の中が無くしたその大切なものをあの子には引き継いでもらいたくて・・・。
剛造 何か私に出来る事はないだろうか・・・。
君恵 高くつきますわよ。(笑って)本当なら私と一緒にこの家も無くなればいいと思うけれど・・・。
剛造 それは困ります。櫻を見ることが出来なくなりますから・・・。
君恵 それは、貴方の我侭・・・。
節子が出てきて・・・。
下手の櫻の明かりは容暗して君恵が消える。
庭に一人佇む剛造。
節子 おじさま、少しお休みになられたほうが・・・
剛造 ・・・。
節子 あら、まだ、お義母さんと・・・だったらどうして引っ張ってでも・・・。
剛造 いま考えるとどうしてそうしなかったかと、だけど、恐かった・・・。だから、思い出は綺麗なほうがいいと・・・何時までも大切にと・・・。友情は対等の上に成り立っている。それを壊したくはなかった・・・。
節子 それって、おじさまのエゴですわ。理性で制御出来ないのが恋ではないのしょうか・・・奪うのが愛ではないのでしょうか?
剛造 恋か、愛か・・・制御出来ないのが恋で、奪うのが愛か・・・という事は臆病者だったって事になるのか・・・
節子 おくびょう・・・逃げていたのですわ・・・何もかも過去のことがなくなってしまうって事に耐えられなくて・・・それより、これからの生きがいが・・・。
剛造 私のように不粋な男は・・・。今ならはっきり言えるのですが・・・側に居て欲しかった・・・いや、側に居たかったと・・・。
節子 おじさまの心はよく分かりますわ。私、真剣に人を愛したことがあるのです・・・そのことでお義母さんを泣かしましたけれど・・・。
剛造 あの人が泣いたのですか・・・。
節子 妻子のある方を・・・。
剛造 制御出来ないのが恋で、奪うのが愛・・・。
節子 お義母さんは本当の恋は臆病になるもんだって泣いて諭してくれました。恋しいとか愛していますなんて言えるものではないのだって・・・。お義母さん一つだけの恋と大きな愛を心にしまって生きてきたのですわ。そのことを思うと・・・。 お義母さんはおじさんのことが好きなのだって、その時知りましたの。それって、切なくて・・・美しくて・・・お義母さんの心を知った時、泣いてしまって・・・。私も勇気を仕舞って・・・臆病者になろうて決めたのですわ。
剛造 せっちゃんも、親子なんだね・・・。 オリンピックのあった年・・・君さんが東京の私を尋ねてくれたことがありました。
節子 知っています。あれは、昨年でしたか・・・季節もちょうど今頃・・・花びらはすっかり落ちて葉桜が・・・。お義母さんがそこのロッキングチェアーに背をもたらせて転寝をしていましたの。今思うとあの頃病気が・・・。風邪でもひかれたら大変だと思い、私のスーツの上着を掛けようとして近寄りましたの。お義母さんは一通の手紙を大切に胸に抱いていましたの。上着を掛けようとしたとき、目を覚まされて・・・。
剛造 もしかしたら私が出した・・・。
節子 お義母さんはぼろぼろになった手紙を・・・今まで何十回いいえ、何百回、何千回も読んだのでしょうね。・・・それを何か悪いものでも見られたように着物の胸に隠しましたの。はにかんで・・・まるで、真っ白で何も知らない乙女のような仕草でしたわ・・・。そんなお義母さんを見てドキリしましたの。綺麗な美しい恋をしてきたお義母さんを羨ましいって思いましたの。お義母さんは、手紙のことには触れずに、オリンピックの年に初めて東京へ行ったこと、その時のことをまるで就学旅行の思い出を語る少女のように楽しそうに語って下さいましたわ。
剛造 君さんは、なにが目的だったのか今だに分かりません・・・ただの東京見物だったとは思えませんし・・・。
節子 おじさんのご意見を伺いたかったのですわ。いいえ、顔が見たかったのですわ。一つの区切りとして・・・。
剛造 何かあったのですね・・・。
剛造 君さん、あなたはもう少し長生きをしなければならなかったのではないかな。
節子 おじさま・・・。
剛造 羨ましいょ・・・こんなに慕ってくれる、惜しんでくれる、悲しんでくれる・・・自分の幸せそんなことを考えたことのない人だったから。君達が幸せになることだけを考えていた人だから・・・。悲しんではいけないと思うんだ。今何もかも、やっと、いま・・・悲しみを、苦しみを忘れる事の出来るところへ・・・そんな人は・・・。あれは、大東亜戦争たけなわ昭和十八年の初夏だった。教え子が・・・。満蒙開拓青少年義勇軍へ・・・その相談を受けた君さんは引き止めることが出来なくて殺してしまった。教え子一人救えないで何が教師なの・・・。その事件で契機となって君さんの人生は・・・。何があっても泣くまいと涙を捨てて生きる生き方をして来たのだよ。
「母と女教師の会」つくり、
「教え子を再び戦場にやらない」
「二度と餓えさせない」
「お母さんの身体を守りましょう」
と全国へ訴えかける運動へと・・・。そして、不幸で悲しい子供を一人でもなくそうとして・・・
節子 みんなを引き取った・・・
剛造 君さんの背中には、あの細い背には大きな背負いきれない荷物が・・・。 君達はそんな人に育てられたのだ。そのことだけは忘れないでください・・。
節子 おじさま、何故お義母さんが東京へ行ったか・・・。お義母さんの教え子が中国で生きていることが分かったの。親切な人に助けられ生きていることが・・・。
剛造 それは・・・。
節子 言わなかったのでしょうね、そのこと・・・言えなかったのですわ。私は思うんでけれど、一度だけご自分の幸せを考えたときがあったと思うんです・・・それが、東京のおじさまとの・・・。本当に愛していると何も言えない、臆病になって・・・何もかも捨てて・・・いいえ、捨てられるお義母さんではなかった。教え子への偽りは生きていても変わらないと・・・生活を変えなかったのですわ・・・。それよりもまして入り込んだのですわ。預かっている子供達のために・・・。芯の強い、心の広い、優しい、お義母さんだった。そんなお義母さんに育てられたことを誇りに思わなくてはいけないのよ。
剛造 君さん、あなたと逢えて本当によかった・・・あなたが居たから色々なことが出来たように思う。あなたには甘えてばかりだったように思う・・・あなたのことをほったらかして・・・男のわたしがはっきりとあなたを幸せに導かなかった事を後悔している。だが、これで良かったようにも思えます。君さん、あなたはどう思われるかな。今つくづく思います、離れていても心は一つだったと・・・。ありがとう。
櫻の辺りに明かりが下り、外は消え。
君恵がロッキングチェアーに座っている。
君恵 みんな、色々の思い出をありがとう。楽しかったよ。 みんな楽しい美しい思い出になっているわ。剛造先生、今、節子さんが言ったことが本当かどうか・・・だけどこれだけは言えますわ。離れていたけれど、あなたはいつも私の側に居てくれました。どんなときにも心の支えになってくださいましたわ。 ありがとう・・・お元気で・・・。
君恵のロッキングチェアーが浮かび上がっていく。
容暗して行く中を、
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