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shibuya

189号 
Tokyo/New York/Palestina  

もし 終わり無き記憶が
終わり無き悪夢だとしたら

いつもと変わらない
透明な午後の日差しのもと
人々を不可視の戦いへと駆り立てる
聖なる言葉が
一瞬の閃光とともに
繰り返し 果ても無く降り注いでくる
この閃光と言葉との
終わり無き絆
ああ もしそれを
この私が断ち切れるのなら…

いつもと変わらない
透明な午後の日差しのもと
やがて閃光に包み込まれる街角で
俺はそんな詩を耳にした
その同じ街角で
何の変哲もない
会社員風の信者たちが
聖なるマントラを唱えながら
最終戦争/無差別テロを予告していた
私は
相変わらず 退屈だった



190号・作品1[詩篇(または状況詩篇)]
空とテロリズム

あの空の両端に張り渡された綱から
この世界の最も陳腐な解釈が
転落していくのが見える
かつて何度も見たそんな光景の中では
あらかじめ「存在」が絶対化されている
何よりも 破壊すべきものの「存在」こそが
絶対的なものとされる
したがって
あらかじめ「絶対的なもの=敵」への敗北も織り込み済みであり
正当化されているわけだ
そして今度はこの「存在」の破壊が
自らの「存在」を声高に叫び始める
ある言葉の後で
やがていつかは誰もいなくなり
すべてが終わったかに見える
だがそれでも 
この無人地帯では
絶えず何かが 
誰かによって語り続けられる
いまここで
あの空の彼方から
過ぎ去ってしまうことのない風が 
揺れ動くものを
その影とともに運んでくる



190号・作品2[状況詩篇]
やがて回帰する少年Aの傍らで  

彼が一体誰なのか 私は何も知らない
ただ私は 彼に関わる言葉の断片から
彼の喉の奥底に刺さった 微かな時間を思う
母親は 「この子を生んで…」
楽しかっただろうか
この子といるだけで幸せだと
感じるときがあったのだろうか
母親は彼に聞いた
「これ本当にあったことなん?」
彼は答えた
「いいや。違うけど、こないして書いたほうがおもしろいやろ」
彼がそんなことを 「平気な顔で答えるので」母親は驚き 「あんた、作文いうたら本当のこと書かなあかんで」 と言い聞かせた
「本当のこと書かなあかんで」という
否定の言葉だけが 
母の喉の奥底から
這い上がってくるのを見たとき 
彼の心の最も秘められた場所で
確かに 何かが壊れた 
五年後 彼は 
彼がどうしても掴み取りたかったその何か  
つまり 他者(が表現する世界のすべて)を
壊した



191号・作品1[状況詩篇]
「みずほ」でお買い物?    

休日
買い物に出かけようと思った
脳裏に最寄のキャッシュカードコーナーの
映像が浮かんだ
いつもの様にそこには
笑顔にみちた店員たちがいる
その点については
今でも疑い得ない
その明るい部屋には
いつもの様に多くの人々がいて
静かに金を出し入れしていく
そんな光景が
絶えることなく
繰り返されていたはずだった
今彼は
突然「責任」を放棄し
不気味に静まり返ってしまったシステムとの果てしない戦いの直中にいる
(彼の同僚はこの銀行の在職時に鬱病になりすでに去っていった)
生まれて初めて
自分が勤める銀行のATMから
自分で金を引き出そうとした
その日の出来事が
これである



192号・作品1[詩篇]
「風景」に関する仮説      

あの頃からそれまでの街がいつのまにか消えて何か別の風景がいたるところに生まれていった 
もう昔の面影をなくした街がそれまでの街とすっかり入れ替わっていった
それとほぼ時を同じくして円谷さんやその他の人たちが
入れ替わっていく街を舞台にしたシーンを次々に創りだしていった
(小さな森と入れ替わった剥き出しの造成地に放置されたパワーシャベルの傍らで「人造人間」が戦っているのが見える)
昨日ふとこんな考えが浮かんだ
あの新しい「風景」があったからこそ
かつての「風景」の急激な消滅を
つまり「顔」とともに人の心の芯を成すものの崩壊を私は何とか生き延びたのではないか
だがそうは言っても
思春期以後私の精神は危機に陥り
その治癒に二十数年の時間を費やすことになってしまった
だがまだ私は運のいい方だ
同じ頃に生まれ
衝撃的な事件あるいは精神の深い闇のなかへと消えていった多くの者たちがいる



192号・作品2[詩篇]
少年たちに関する仮説

あるルポで読んだことだ
少年たちが一人の少年を数時間かけて執拗になぶり殺した
角材 鉄パイプ コンクリートブロック 
その他あらゆる「凶器」で少年の頭をはじめとする全身をたたき潰した
ある少年は虫の息の少年に小便すらかけた
暴行に加わった一人の少年は
「あいつが血を吐くのを見ると楽しくなった」と言った
おそらく他の多くの少年たちも同じような快感を覚えたはずだ
私の仮説はこうである
彼らの「自己評価感覚」は
生まれてこのかたの生育歴の結果
これ以上ないほどまで落ち込んでいた
彼らはただの一度として自分自身を肯定されたと感じたことがなかったのだ
血まみれになりぼろぼろになった瀕死の少年を見たとき
彼らは生まれて初めて自分よりも惨めな存在を目にして強い快感を覚えた
極度に歪んだ形であれ
彼らの自己評価感覚は相対的に上昇したのだ
私は「被差別階級/非人」の運命を思った



193号・作品[詩篇]
『エチカ』第四部定理五に寄せて

私たちの感情Passioの力が増大すること
その感情があくまで自らに固執すること
それは私たち自身の力によってではなく
むしろ私たちの外にある何かの力よって決定される
その何かが他者だ

アジアの大地を旅するカップルがいた
一人旅の途中で男は女に出逢った
女の意識は遠い彼方のいつの日か
すでに「途切れ」ていて
家族は女を二度と帰れない旅に出した
女は沈黙の狭間で
男に切れ切れの声を贈り与えた
女の声の流れが不意に途絶え
眼差しが沈黙とともに崩れ始める
女はそっと眼を閉じる
絶えず変容し移動していく旅の時空
紺碧の波間を切り裂く船のデッキ
真夏の日差しが容赦なく照りつける
赤茶けた砂漠の海原
二人にとって
それはすべて生まれでる広場だった 
すぐそこに
すべて生まれでる他者の…



194号・作品[詩篇]
顔文字と風景          

いつものファミマの裏に棲みついている例の落書きは誰の顔にも似ていない顔文字なのだが 奇妙なことにあの浜辺の砂の上にも記されていた その顔文字を私は 何故かファミマの裏に転がっていた乳白色の貝殻の破片を透かして飽きもせず眺めていた どうやら街の子どもたちが何かのゲームに夢中になって 戯れに書き写したらしい そこでそんな顔の人が生きていて 自分の顔を文字にしていたかも知れない遥かな時空をすっ飛ばして 
―いつかどこかの あの黄昏の浜辺へ行け 
それはやがて すぐそこにやってくる
―でも一体何が? 何に出逢うの?
―もちろんお前が逢いたい 
―私何だかあの落書きを書いたのが誰だか知っているような気がする 
多分それはこの私 でもどうして… 
―眼を閉じて静かに 何もかも忘れて 
おまえの心の中に甦ってくるものは何だろう?
いつかどこかに書かれたはずのその顔文字は 遠い残響を留めた風景となって 
この私の傍らをかすめていくだけだ 
それが一体どこからやってくるのか
確かめる術はない 永遠に



195号・作品[状況詩篇]
イラク・暗視スコープ・ゲットー 

いまどきそんなものがあるとは思えないが
それはどの街にもあるゲットーだと 
私は聞いていた
その街に着いたとき
辺りの道端では
すでに多くの人々が死んでいた  
その他の者は 
すでにどこかへ収容されたらしい
保菌者として完全隔離されたとのことだった
職員が装着する暗視スコープは
私にも向けられていた 当然だろう 
私には 私が保菌者ではないことを
証明できないからだ

また別の街のことだ
赤い光線の束が 
狙撃の標的を探索し続けている
特殊部隊のコマンドたちは 
今始まろうとしている戦いに備える 
暗視スコープに包まれた彼らの眼は
自分自身だけに向けられているようだ 
そのようにして彼らは 
際限のない殺戮を
夢のなかでどこまでも追いかける
イラクで そして
私たちが住むこの街で



196号・作品[詩篇]
私のことを言葉にできた   

その少女は 実父とその遊び仲間から受け続けていた性的暴行から逃れるため保護された 当初は呼びかけにも応えなかったが 周囲の者たちの支援と 本人の努力により 自分自身のことを書き 話すことができるようになった 今は青果市場で働いている 
その市場での彼女の話だ

「ここにきて 毎日いろいろな人と話します私には初めてのことです 今までは一緒に話す人が全然いませんでしたから それから日記も書いています 初めてのこと 忘れたくないこと 忘れたいけど書かなくちゃいけないことも それから ここにいない人でまだ私が話したことのない もっとたくさんの人たちと会って話したい 今話す人が全然いない人が きっとたくさんいるから そんな人と 会って話したい すぐには話せなくてもいいんです その人のそばにいるだけでも ほんの少しの間でいいから その人が 今は何も口には出せなくても いつかはきっと いつか どこかで 会えればいいね」
「きっと会えるよ いつも君が思っていれば
今日はもう行かなくちゃならないけど きっ
とまた来る 近いうちに 元気で」 
「はい きっとまた来て下さい 約束です」



197号・作品[特集詩篇]
統合失調症の夜/顔の消失    

夜 子どもが部屋にいる その部屋の窓に 見知らぬ顔が現れる 見知らぬ顔? いや それはいつか別の日の 子どもの顔だ 知らぬ間に その傍らを通り過ぎてしまった 別の日の顔 ちょうど独り部屋にいて ふと気づくと ついさっきまでそこにあったはずの何か 例えば机の上の 一枚のスナップ写真が どうしても見つからなくなってしまったような そしていつしかそこには 見知らぬ顔を映し出した 別の写真が置かれている それから二年目の秋 ある夜の街角を 子どもは歩いていた 青い雨の中 辺りの光景が笑いながら散乱した そこには誰もいない 誰もいない? いや そこには誰かがいた はずだ 風景を消し 笑いながら消え失せた誰かが 
(子どもは 主治医のもとに移送された) 主治医は しばらく考え込んでいたようだが ふと大切なことに気づいたといった感じで かつて子どもが描いた絵を探し出してきた 
子ども部屋の窓際に 爆撃されたかのような 焼け跡の残骸のような 鉄のベッドがある そこに横たわる一人の子ども 
だが その絵に描かれた 部屋の窓には 
かつて確かに描かれていたはずの 
あの顔が なかった



198号・作品 [詩篇]
彼はなぜ息子を抹消したのか  

彼は思春期に 自分のなかの「女」に対するこだわりを持ちはじめたようだ 事件の十五年前 彼は決然として神の命令に服し子を犠牲にしたアブラハムと同じように 子どもより自分の信仰を選ぶと書いた これが彼にとっての「女性性」克服への道であり 彼はこのときすでに 十五年後を先取りしていたのだ 息子から「てめえ」呼ばわりされたとき 彼は息子の抹消を決意した 絶え間ない訓練の過程を経ることによって 彼は男性=父親であることの極限的なモデルを植え付ける「書かれたもの」の指令に屈したのだ テキストの中で予定された運命 すなわち すでに書かれ 繰り返し読まれ 語られ 聞かれ 翻訳され 転記された家族のモデルの実現として 彼は息子の抹消を決意することができた だが 彼の運命の挫折もまた あらかじめ「そこ」に記載されていたのではなかったか 自らの中の「女」の抹消を賭けた 彼の試みの挫折もまた 
抹消すべきもの(者) 彼にとってそれは 「絶対に排除すべき弱さ」であり 「そこに存在してはならない誰か」だった だがまさにそのために それは絶対的にそこに存在していた 絶対に排除できないもの 彼自身の存在を構成する 彼の中の「女」として



199号・作品[詩篇]
人間の誕生に寄せて  

ある時 ある場所で
両眼が前方を向き
高さと幅 奥行きを持った世界が立ち現れる 
やがて その両眼に引き摺られるようにして 二足歩行が開始される
まだ自分の指を見ることはない 
しかしその指は
すでに脳によって制御されている 
最古の舞踏は
指の感覚から出発した
その指が起こした偉大な革命
輪郭を描き出す線 
曲がりくねった線の舞踏
あるいは線描画
それは
あの最古のダンスと一つに結ばれ
顔や物を描くことで
人間を生み出していった
そんな思考が生まれ出る
この時と場所で
私の傍らを通り過ぎていく風と
淡い沈黙が包み込む午後の水辺
私に訪れる問いかけに
眼に見えない言葉を
誰かが
人々の沈黙の狭間で与えている



200号・作品 [詩篇]

イスラエル建国史と天才達の破滅 

ヨーロッパと旧ソビエトを横断する旅路の終わりに私はただ事実を確認したかった
1880年サラ・ベルナールがコメディ・フランセーズを去る
1887年第1回シオニスト会議開催翌1888年ニーチェ発狂ゴッホ発作により耳切断1890年自殺 
1891年ランボー右足切断その後全身癌により死亡
1900年ニーチェ没同年シュレーバー『ある神経病者の回想録』の執筆開始
1909年アングロ・ペルシアン石油会社設立1911年テルアビブ市建設同年シュレーバーライプチヒ=ドェーゼン精神病院にて死亡 1916年サイクス・ピコ協定成立翌1917年バルフォア宣言 
1923年大杉栄・伊藤野枝甘粕大尉により虐殺 同時に朝鮮人大量虐殺翌1924年カフカ没
1946年イスラエル建国同年アルトー「イブリー療養所」(精神病院)内で死亡
1981年イスラエル南レバノン侵攻=大虐殺開始 1987年イスラエル占領地でパレスチナ人によるインティファーダ(石による抵抗運動)開始 
一つの旅路の終わりは
終わりなき詩の開始となる



201号・作品 [特集詩篇]

道の系譜学―あるいは「民族浄化」の記憶
 永澤護
嘗て見たこともない村外れの道端に佇む私に  
一つの記憶が呼びかけていた やがて私はこの道を想い起こす 未だ一言も発声できなかった頃 確かに 未だ生まれてさえいなかった「私」にこの道を教えた者がいた 村外れの曲がり角で 今私が佇んでいるこの方向へと 未だ生まれてさえいなかった「私」を誘った者が 確かにそこに誰かがいたのだ この生存に初めて方向を植え付け その方向に忘れ難い或る感情を染み込ませた者 その時 一つの始まりと終わりが獲得されたのだ それにしても 私が今この道を辿ろうとするのは一体何故なのか? 或る者たちはこの探究の過程で「民族の記憶」と呼ばれるものへと巧みに誘導され 到る所で血塗れの殺戮を繰り返しながら 「国家」と呼ばれる幻想を引き裂いていく 彼らは叫ぶだろう 「この道は国家と呼ばれるものよりも古い!」と 
今は独りでこの道を歩き続けることは危険だ 
(ほら お前にも見えるはずだ すぐそこの検問所で 浄化されるおまえ自身の姿が)
だが私はあくまでもこの道を辿ろうとする 
それでも いつかどこかで 私はあなたと出逢うに違いない この永い殺戮の果てに
だがそれは (あなたは見届けるだろうか)
最早いつでも そしてどこでもないのだ…


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