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(2008年12月17日 at大阪フェスティバルホール)
SALT&SUGAR
登場"こんばんは SALT&SUGARです"
"カメラマンも連れてきました"「 レディー・マドンナ
」
" SALT&SUGARというだけあってSALT―塩谷―とSUGAR―佐藤→さとう―です
"
「 ありがとうフェスティバルホール
」3日間のイベント。
2人ともこのホールと縁が深い以上にこのホールに育てられたと言っていい
。
初めて佐藤竹善がフェスのステージに立ったのは 山下達郎
のコーラス。
そしていつか SING LIKE TALKING
でもステージに立ちたいと思ってきた。
SALTは オルケスタ・デ・ラ・ルス
で20年前に出たことがある。そして竹善の Cross Your Fingers
でも。
"今日はトークの素晴らしさも一級品"
14年前SLTでフェスに出て2年後にSALT&SUGAR、そしてCross Your Fingers―
SALT&SUGARで数少ないオリジナル「 Diary
」
今日はスペシャルセットということでステージ後方にピアノがずらり。
フェスには世界一級品のピアノがあるのは有名。
一台一台音が違うのを"(SALTは)女性にたとえてくれます"―ピアノは持って歩けないだけに、行く先々で弾き方も変わるという。
アップライトピアノが2台あるが、これは元々楽屋にあったもの。
" コンサートの裏を支えていたが、最後ということで初めてお目見え
"
" 一台一台思い出がある
"―が、それなりのプレイヤーでないといいピアノはなかなか出してもらえないという。
"ちょっと切ない別れの歌だが今日にぴったり"「 Just Once
」
"僕が喋るときはいつも照明を明るくしてもらう"
このフェスで出会った人は多い
―特にCYFでは。
SALTとヤイコこと 矢井田瞳
はCYFで出会って以来の付き合い。
絢香
もCYFに出たが、彼女はSLTがデビューした年に生まれた。" 6?歳から18歳
"
また竹善はフェスにコンサートも観に来ている。特に思い出深いのは パット・メセニー
。
このホールは生きているのではないかという空気を感じることがよくある
。
よく彼らがお世話になる舞台監督は" 音楽の神様が降りてくる
"とよく言う。
→SALT&SUGAR結成のきっかけとなった「 Let Love Lead Me
」
"1日1回歌えばいい曲が2回続きました"
ツアーでフェスに来るのが楽しみで、フェスでプレイできる、またフェスに人を呼ぶ価値のある音楽を続けていこうというのが一つの基準になってきた
。
SLTは 1994年7月22・23日
が初、SALTは96年にSLTに合流。ソロも含め31回、のべ7万人の前でフェスで演奏している。
"次の1曲で歌い納めです"" フェスと皆さんに捧げます
" 吉田美奈子
作詞「 もみの木
」
暗転―突然 大友康平
登場、どよめきの中「 (?)
」
"シークレットゲストってことで―フェスが一つの歴史を閉じるということで"
1980年
のデビュー以来、ひたすらライブをやってきた。
1984年
、初めてフェスで。
"一番好きなバラード"「 涙のバースデー
」―当時、ゆうせんではよくかかっていた。
バラードコンサートをやったとき、初めてフェスの大きさを実感した話。
またある日、リハーサルの後インデアンカレーを食べに行ったら、ルーをダブルにして食べ過ぎて本番で声が出なくなった話"いい勉強させてもらいました"
あと新幹線で 藤田まこと
と2回連続乗り合わせた話
メンバー紹介。ギター: ひじかたたかゆき
ピアノ: さとうたつや
「 ff
(フォルティシモ)
」
" スターダストレビュー
でございます" 「 Amazing Grace
」「 (?)
」
"本日はお招き誠にありがとうございます"
スタレビはフェスでは69回演奏。 フェスが閉鎖になるのは淋しいが、始まりがあれば終わりがある
、次は何が待っているか・・・
「 今夜だけきっと
」
1986年
に初めてフェスに出て以来69回ライブをやっているが、大阪でライブ (1981年、 エリック・クラプトン
の前座だったのが初めて)
をやるようになって以来フェスが目標だった。
" 思い残すことなく色んなスターダストレビューをお見せできたら
" 「 木蘭の涙
」
"(竹善も大友も)しんみりと歌う人が多かったが飽きてませんか?―ちょっと派手な曲やっていい?"
"せっかく大阪に育ててもらったのですから―埼玉のバンドなのに―"「 フェスティバルホールブギウギ
」
大阪には育ててもらっただけでなく思い出も多い
。
"ここで科学の実験を" 根本要
いきなりハンドベルを取り出し、全員サンタのコスチュームを着て・・・
「 きよしこの夜
」、6人マイク1つに集まりアカペラで「 ホワイトクリスマス
」
鈴木雅之
登場「 (?)
」
"初めまして私は・・・鈴木雅之です!"
フェスに育てられたミュージシャンは多く、彼もその一人
。
今回話をいただいて"はい、行きます!"
―で、顔ぶれを見て、竹善と根本は話が長いのに気付き・・・―先程までのステージを面白おかしく振り返る。
"私は短めにいこうと思ったんですけど、喋ります"
初フェスは 1981年
、いわゆるドゥー・ワップフェスティバル(鈴木は1980年、 シャネルズ
でデビュー)
ドリフターズ
のステージを舞台袖から食い入るように見ていた話。
以来色んなラブソングを歌ってきたが、ただ一つ残念なのは、今は亡き 阿久悠
のオリジナルのラブソングを歌えなかったこと。
そして阿久悠トリビュートアルバムを作るとき指名を受けたのが、 ペドロ&カプリシャス
の「 ジョニー
」
―この曲の後「 五番街のマリー
」が続けてリリース。
ひょっとしてマリーの伝言を託したのはジョニー?―究極のアンサーソング―で、マリーとは高橋真理子?
今となっては知る由もない―が、阿久は作詞家を通り越して脚本家だった!
「 ジョニー
」
ボーカリストにとって―鈴木はボーカリストという肩書きでラブソングを歌っていきたいと考えている―
いい曲・いいフォームに出会うことは大変なことでありつつ、大切にしてきた想いであり、このホールで背中を押されて歌ってきた
。
デビュー2年前、 山下達郎
に出会ったときの話。
"お前達、いいね"と言われた―なぜなら"皆でハモれるから"
当時はピンとこなかったが、先程スタレビを観ていて、ハーモニーっていいなと思った。「 (?)
」
→全員登場。大友( ハウンド・ドッグ
)も鈴木( シャネルズ
)も 1980年
デビュー。
"このメンバーでやることは滅多にない"― 最後の最後のフェスが引き合わせてくれたのかもしれない
―という話
スタレビのアカペラで始まる「 夢で逢えたら
」
"せっかくなのでみんなとお客さんと写真撮影"
全員退場後、後ろのスクリーンが開き、バックステージが現れる・・・

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