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2012.09.11
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カテゴリ: 海外

2001年9月9日夕刻、私はアメリカニューヨークのWTC(ワールドトレードセンター)の屋上に居た。感慨も興奮もなく、写真も殆ど撮らず...それまでに何回も訪問した場所であり、お客様と同行中であり、出張の予定はまだ先が長く、また、このビルが1日半後に消えて無くなる事など思いも及ばず...

当時、日本で某超高層ビルが計画段階にあり、そのプランを具体化する為、アメリカ国内の超高層ビルを視察/調査するチームがオーナー会社の役員、ゼネコン、設計事務所などのメンバーで結成され、渡米。

私の前職の会社は当時プロジェクトへの参画は決まってないものの、親会社がアメリカの大企業であり、各地の超高層ビルにコネがあるので、私と部下が別途渡米し、プロジェクトチームが訪問を希望しているビルの内、我々が紹介出来る物件のみ合流/ガイドすることになった。

その初日、ニューヨークでの最後の視察がWTC。WTCビル管理のマネージャーが、列をなす観光客をしり目に我々をVIP扱いで視察は極めて効率的に進行。

初日が無事終了し、翌日、チームはボストンへ。ボストンはチーム独自のプランで回るとのことで、一旦我々はチームと別れ、米国本社のあるニューヨークの隣のコネチカット州へ。次はシカゴで合流予定。

さて、9.11の朝、ホテルから徒歩5分の本社研究所に10時に出社すべくホテルで朝食を済ませ、部屋でテレビをつけっばなしにして着替えをしていた。テレビは当然英語なので、聞き流しでは一字一句はピンと来ない...が、"パールハーバー"とか"カミカゼ"なんて単語が飛び出してくる。チラリと目に入る画像ではビルから煙が上がっている。次第に異常に気付き、ジックリ見てみると"LIVE"と書いてある。漸く事態を把握し、茫然と視ている内に2機目が衝突。更に見続け、あのWTCが物凄い噴煙と共に一気に崩れ堕ちた瞬間は、スーッと血の気が引いて座り込んだ。

つい数十時間前に自分達が居た場所が消え去ってしまったことと、これは戦争の始まりだ! と言う緊迫感。

どうしようとパニクッた頭で考える。 戦争だ! 暴動が起きないか? イスラムテロか?  、"パールハーバー"とか"カミカゼ"と言う報道が悪影響を与えないか? みさかいなく外国人を攻撃しないか? ここは、中流レベル以上の人達が主体のエリアなので治安は良い筈だが… 

同行の部下と相談し、取敢えず社内で様子を見た方が良かろうと本社研究所へ。研究所では建物内のカフェテリアに大勢がテレビに釘付け

翌日、シカゴでチームと合流の予定だったが、勿論飛行機は飛ばず。チームにMail連絡するが反応無し。 このあと確か10日あまりホテルに缶詰めとなる。 この間にやはりニューヨークでのエグゼクティブ会議に出席していた日本の社長が同じホテルに転がり込んで来て、毎食共にしなければならないという第2の悲劇が…

数日後日本からアメリカン航空による帰国便が確保できたと連絡が入るが、社長が"アホか!! 何を考えてる!!"と却下。 1週間ほどでJAL便が確保でき、社長のみ帰国。ホテルを去り際 "悪いけど先帰るわ" と言う言葉、この社長の数年間の任期で、私の聞いた唯一の労いの言葉。

我々は、この後もう暫く、成すすべもなくアメリカで過ごし、ニューヨーク経由で帰国。ニューヨークの土産店にWTC関連グッズは全く無し。売り切れたか自粛したのか? 街中のディスプレイなどはすべて星条旗。エンパイヤステートビルの展望台は閉鎖中。

後日談…WTCを案内してくれたマネージャーは行方不明のまま

チームはボストンで視察の後、事件当日朝、シカゴに向うべくボストンの空港で飛行機に乗り込んだものの中々飛ばず。 その内、物々しい制服の一隊が乗り込んで来て、トイレに立つのも制止。アナウンスはあるが何を言っているのか判らない。 要は、チームの乗った便の少し前にボストンをたった2機がWTCに激突したと云うこと。

漸く機内から解放されたものの、シカゴには行けず、ボストンにホテルを確保し、もう一日ボストン視察をすることにし、外出。ホテルに戻ると夥しい警察官。ハイジャック犯が昨夜宿泊したホテルだった!!! これはヤバいと、車をチャーターし、カナダに移動して帰国…とのこと。

9.11は世界的に忘れられない日になったが、こんな経緯で私にとっては人生の中で最もインパクトの大きい出来事の一つとなっている。 WTCはまさにアメリカの(もっと言えば自由主義の)象徴であり、しかもビル自体が最人口過密エリア。 これを破壊する側は生半可でない本気だし、これをやられた方の衝撃と怒りも半端では済まない。 既に書いたように、私はまず "戦争勃発だ!!" と思った。 その後のイラク戦争、アフガニスタン戦争は、テロと言う見えにくい敵との戦いであり、泥沼化に伴い肯定派出来ないが、事件直後の心情から言えば、充分に有り得る反応だと思う。

テロとの戦いは本当に困難で、この様なテロを想定に入れたら、原発は成立しえない。

朝顔 散歩道 P9110147.jpg






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Last updated  2012.09.11 23:46:26 コメントを書く


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