銀の鬣●ginnotategami

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●駅そば




翌日、二人で新幹線に飛び乗ったのはもう、午後5時前になっていた。
知亜紀は朝早くから起きて、段取良く、荷物や身支度を整えていたが、
僕の方に友人から電話が入り、レポート用に授業のノートの写しを頼まれた。
渡す日が結局今日しかないという事で、昼前に大学に出たのがこの始末だ。

知亜紀としては、バタバタとせず、余裕を持って、気持ちを落ち着けて、
僕と一緒に、新幹線に乗る予定にしていたらしく、
慌てて東京駅に向かう京浜東北線の車内では、知亜紀は普段に無くイライラしていた。
自分の責任でもあるし、辛抱はするものの、
何度も同じことをぐずぐずと言うしつこさには閉口した。

平日の午後でラッシュ前という半端な時間だけに、
新幹線も余裕で二人掛けの指定席がとれた。
しかし、東京発の自由席は相変わらず一杯だった。
指定の席に腰掛け、発車のベルを聞きながら、二人はさっき鉄道弘済会(現キオスク)で買った缶ビールを開け、とりあえず乾杯をした。

僕は、これまで何度も新幹線に乗って、この東海道を上り下りした。
そのほとんどが単独行であり、こうやって知亜紀と二人並んで新幹線の乗客となるのは初めてだ。それも、目指すは僕の故郷だ。 
僕たちは互いに感染し始めている。
堅い殻を持つ知亜紀も、少しは殻に穴を開け僕的な陽気さを垣間見せる。
僕は僕で、ハンドタオルをきちんと持っていたり、百円玉とその他の小銭を財布の中できちんと分けていたりする。
それは、人がより近くなった存在の証しなのか、それとも仕方の無い打算の産物なのか、どうせならいい方に考えたいものだが。

乗客となった二人の時間はあっと言う間に過ぎる。
今日の知亜紀は、普段にまして快活におしゃべりをした。
新幹線はおしゃべりの続く二人を乗せたまま静かに故郷のホームに滑り込んだ。
懐かしい土地の香を感じさせるアナウンスが響いた。

 「お腹空いたね」
 「だから、車内で弁当買おうって言ったじゃないか」 
 「だめだめ、ワゴンサービスは高いから」
 「しっかりしてるな知亜紀は」
 「名物ある?」
 「うーん、駅ソバぐらいかなあ」
 「やだ、蕎麦アレルギーだし、どうしよう」
 「信州出身なのに蕎麦アレルギーかあ」
 「そうなの、でも厳密に言うと富士吉田は信州?」
 「ま、ともかく日本蕎麦じゃないから、和風なんだけど黄色い中華そばだから」

かくして二人は在来線のホームで駅ソバをほお張った。
一杯120円と言う値段には、知亜紀はいたく感動し、
「絶対に東京に進出すべきよ」と、楽しそうに自論の経営ノウハウを展開した。
高校の時は、一杯70円だったんだ。たった3年間だけど、時の変遷を痛感した。
 僕らは生きているんだ。それこそ一時も止まらず。大ざっぱな僕が少しぐらい几帳面になっても不思議な事は無い。



私小説「HO・TA・RU」
第10章 欲張りな小悪魔たちの時間 から
(ショート&ショート小物語Vol.5)

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