THE FORCE FLIGHT

THE FORCE FLIGHT

ずっと求める結果は



昔の自分は「大きな何か」をやってこそ、人に喜んでもらえるものだと思っていた。
でもそれは上辺だけのことであり、偽りの自己満足だった。
昔の自分は「完璧な結果」を残してこそ、人に認めてもらえるものだと思っていた。
でもそれは上辺だけのことであり、偽りの自己表現だった。


今、これらを思えば悲しくなってくる。


自分自身を犠牲にしてまで、こんなことやる必要があるのかと思うこともあった。
それは時に辛く、時に自分を苦め、そんなことで自分に何度も疑問を投げかけた。
それも「不安」を作り出しておいて。
最後までその「不安」と戦い続ける必要があった。
歯車はかみ合わない、空回りを続ける。
よく見れば歯車は削られていて意味がなくなっていた。
それは自分の正直な想いに嘘をついていたからか…。
どこかに疑問を感じていたのか…。
人に喜んでもらっても何か疑問が残るような後味の悪い結果に終わる事が多かった。


しかし今は…。


自分のような小さな人間でも「たった1人の人間」に喜んでもらえることができることを知った。
それが、ほんの小さなことでも、他人が見ればくだらない事であっても、
自分自身を捨てることなく。そう考えると苦しい事は何もないんだ…と。
他人が少し喜んでくれるだけでも、とても嬉しくなった。
その小さな嬉しさを得るために、今日もまた人間は一生懸命頑張ろうとするのだろう。


ひとつのことに無我夢中になれる、これほど楽しい事は他には無い。
ほっといてもそれに打ち込める、他人からどう批判されようと貶されようとも。
理由なんて要らない、頑張れるならば妄想でも理屈でもなんでもいいじゃない。
「結果が全て」ではない、どれほど自分が楽しくそして打ち込めたかが大事。
そうすれば、それを見ている他人だって少しは楽しい気分になるんじゃないか。
「疲れた、飽きた」
膨大な時間と労力をかけたところで、充実していたならば、この言葉が出てくる事は無い。
結果を求めるのではない、とりあえず無心に打ち込めるだけ打ち込んどけ。
それだけなんだ、と。
その際、結果は三の次ぐらいでいい。
こんなものは、ほっといてもついてくるものなんだから。


だが、現実は「結果を出した」人間が世の中で認められる。
僕の考えは世間一般の人間が聞けば、狂言以外の何物でもあるまい。
だが世の中を見れば「偽りだけの結果」だって、いくらでもあるじゃないか。
世の中は綺麗ごとばかりではもはや成り立たなくなっている。
非情になる勇気も時に必要になる。
そんなことは分かっている。だが人間、非情になりきることは難しい。
非情になるということは誰かを傷つけて陥れて
良心の自分を殺さなければなければならないということを指す。
できれば自分はそこから避けて通りたい。
難しいことだが出来ない事ではないから。
自分の手を染める事をしてまで生き抜かなければならないなら
一生頭をかかえてしまうような原因を作るかもな。


ヒトを楽しませる結果……それは人間が永久に求め続けるものだろうね。
たった一人でも楽しませられることができればいいな。





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