2011年03月22日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
今日の読売新聞に、「山古志から福島へ恩返し 当時中3の男性救援物資贈る」という記事が
載りました。

この記事に私は本当に特別な思いがわきあがります。

このブログでもずっと書いてきました、中越地震で被災し全村避難となった、
新潟県山古志村(現長岡市山古志)。
私たち福島のメンバーは、中越地震以来ずっと山古志の人たちが避難する、
長岡市の大手高校体育館にボランティアとして通いました。
100名を超えるスタッフと若いメンバーたちは、ときに物資の仕分けに没頭し、
ときに、小学生と遊び、受験を控えた中高生には夜の教室で勉強を教えました。


そう思う一念でした。
全壊家屋も多く、手塩にかけて育てた大切な牛や鯉たちをなくした山古志のひとたち。
断腸の思いだったに違いない。
でもあのとき、山古志の人たちの涙を見たことはありませんでした。

山古志の再生を祈りつつ、山々が崩落した現場を目にした時、再建はむずかしいのでは
ないかという思いが正直ありました。
その後、大きな研究資金をえて、30名のメンバーで二年間にわたって仮設住宅で
生活するみなさんから話を伺い、再建を目指す、山古志にもたびたび通いました。
あれからもう。7年になります。

読売新聞の記事には、こうあります。

「山古志から福島に恩返しをーー2004年中越地震で被災した新潟県長岡市山古志地区、

 ボランティア学生を訪ね、東日本巨大地震で被災した福島県の避難所で暮らす人たちに
 役立ててほしいと、ガソリンや食料品などの支援物資を贈った。
 中越地震で、当時中学生だった坂牧さんは自宅が半壊する被害に遭った。高校受験を控えて
 いた坂牧さんは、同大の『ボランティア教師』として、派遣されていた清水祐平さん(25)
 らから英語や数学を教わった。『不安でさみしい思いをしていた自分たちと一緒に


雪の磐越道、大きな余震、自分たちのやっていることが本当に、被災地の支援となっている
のかどうかという不安。

でも、私たちがやったことは間違っていなかった。
本当にそう思います。
被災時に中学生だった彼に、私も「夜間学校」で英語を教えたはずです。
なによりも、そのことを忘れず福島の地に憧れを抱いていてくれた。
うれしさに言葉になりません。

坂牧さんは、同大に4月から入学するといいます。
若い世代が、震災を乗り越え、つながっていきます。

坂牧さんの言葉に、いま、福島に住む私たちが励まされる番です。
美しい山古志がみごとによみがえったように、美しい福島もかならずよみがえらせたい。

「中越地震の時は、自分ももう終わりだと思ったが、みんなに支えられて頑張れた。
 今回の被災者も大変だけど、山古志が復活したように福島もいつか必ず復興してくれる」





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011年03月23日 07時08分08秒
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

mini pochi

mini pochi

コメント新着

あんさんよ@ Re:ハギスに捧ぐ!(01/25) 日本スコットランド協会でも明日、これを…
ご質問。@ Re:ハギスに捧ぐ!(01/25) 「ハギスに捧げる詩」こちらの訳を使いた…
airlie hyndland@ Re:「さよなら」とはいわないで。Cheerio !(チリオ!)(03/17) グラスゴー在住中、年配のご婦人2人が道…
くーる31 @ 相互リンク 突然のコメント、失礼いたします。 私は…
mini pochi @ Re:同感です(04/02) 上村 修さま コメントありがとうござい…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: